第104話 自分の()は自分で守ります
この日の休憩後の営業時間はそれなりに立て込んだ。買取がひっきりなしにやってくるし、それなりにレジも込む。常にカウンターに全員が入るような展開になっていた。
レジに井野さんを基本に、行列ができるようだと水上さんも入り、買取は僕と水上さんのふたりで回すような形になった。
査定待ちも常に一件あるような状態で、てきぱきと僕は積まれている本やCDやゲームの査定を行っていく。そんななか、
「……で、ひとまず最後がこのかご四つにも渡る大口の買取か……」
僕と水上さんは買取カウンターに並べたかごをゲッソリとして見つめてから顔を見合わせる。
「漫画に文庫がかごふたつ、DVDとゲームがかごふたつ……ちょうど綺麗に分かれてますね……」
「じゃあ、今のところ買取待ちはこれしかないから、水上さんはソフトの検盤をお願い。僕はその間に本の査定を終わらせちゃうから。レジもその間は並んだら僕が入るから」
「わ、わかりました」
買取で時間がかかるのはソフト類の検盤。それさえ済んでしまえばあとは本と同じ要領でほぼ進められるから、楽なものだ。
そうして、水上さんは黙々とソフト類の確認を、僕はレジの様子をチラチラと確認しながら本の査定を始めた。
「…………」
「…………」
「あ、ありがとうございましたー。お待たせしました、お次お待ちのお客様どうぞー」
井野さんの声がするなか、着々と仕事を進める。幸い、レジもイレギュラーな対応も起きなかったので、どんどん査定済みのものが積み重なっていくのだけど……、
「水上さん。その……どうしてそういう分けかたをしているの?」
僕はおずおずと隣でケースを開けて盤面を確認しては閉じを機械的に繰り返している水上さんに尋ねた。
「……? どうかしましたか? 八色さん」
彼女は何事もなかったように小首を傾げて、再び品物に目を向ける。……このお客さん、持ってきたもののほとんど成人向けの商材で、AVや成年コミック、全年齢向けもあったとしてもエロ系のものがほとんどだったのだけど……。
水上さんの手前には、これ見よがしに僕が好きそうなAVとそうでないものに分けて積まれていた。
いや、ね? 確かにAVとそうでないものを分けて置く、っていうのはオペレーションとして効率がいい。
でも、今水上さんの目の前にはソフトの山が四つくらいできている。全年齢向けのDVD、ゲームソフト、僕があまり見ない類いのAV、僕が見そうなAV、この四つだ。
……この場合、最後のふたつはひとまとめにして問題ないのだけど、水上さんはそうはしていない。むしろ、最後の山は僕に強調するように扇形にして積んでいるし。
「このほうが八色さんにとって都合がいいかと思ったんですけど……駄目でした?」
悪気がないのかそれとも狙っているのか、はたまた両方なのか知らないけど、扇形に置くのは勘弁していただきたい。
「……普通に置いていいから」
「八色さんの夜のお供になるのかなあって思って」
「……余計なお世話だし、ネタは自分で探すわ。勤務時間外に」
「よければ今度いいものご紹介しましょうか?」
……それ、もう絶対に自撮りする気満々じゃないですか。僕のこと信用しすぎじゃないですかね……? 最近怖いよ? リベンジポルノとか。
「いや、遠慮しておきます」
「……そうですか、残念です」
水上さんはそう言って最後のAVを扇形の一番上に置く。そのタイトルは……おもらし系だった。……僕と同じ性癖の持ち主かな。
「じゃあ、じゃあ後は僕がやるから、水上さんは加工に戻っていいよ……?」
「AV女優さんのお名前、覚えるつもりですか……?」
「……それは職業病みたいなものだから勘弁してよ……」
「ふぅん、覚えちゃうんですね……八色さん」
少し意味ありげな表情を軽く浮かべて、水上さんは井野さんの立つ加工カウンターについた。
「……じゃあどうしろと。こほん。──店内でお待ちの──」
僕と同じ性癖を持った若い男性はほくほくとした表情でお店を後にしていった。結構新しいものもあったし、人気の女優さんのものもあったから、買取価格はそこそこいい値段だった。家のなかのリスクを回避してお金を得られるんだから一石二鳥だろう。
……まあ、査定を全部僕がやったって思っているからこその表情だろうね。実際は僕の奥に立っている女性スタッフも査定に参加しているのだけどね。そういうこともあり、男のスタッフが対応しているからって、安心はしないほうがいい。まあ、言わないほうがお客さんにとっては幸せだろうから言わないでおくけど。
まあ、そんなこともいつもの仕事の日常風景みたいなもので、特に騒ぎ立てることもなく営業時間を過ごしていき、閉店となった。……井野さんが時折興味津々に買い取った成年向け商材をチラ見していたのが印象的だったけど。
お店の鍵もかけて、新宿駅へと向かいだす。
「……八色さんのお義父様はどんなお仕事されているんですか?」
右に水上さん、左に井野さんが歩くなか、右側からそんな透き通った声が飛んでくる。
「津久田グループの関連企業。不動産部門みたいだけど、そこの部長……」
「へ、へえ、八色さんのお父さんって部長さんなんですね……凄いですね、私のお父さんとは大違い……」
井野さんのお父さんは別の意味で凄いと思いますよ? この間新刊出版されてましたよね? 見ましたよ買取で? 奥付のところで担当編集者の名前も見たけどばっちり塩沢さんの名前も見つけましたからね?
「……まあ、部長って言っても社員が多くない支社だからそんなにらしいけど……」
「では、今回のお見合いもその繋がりでなんですか?」
水上さんは追撃をかけてくる。
「う、うん。津久田さんのお父さんが僕の父親が勤める支社に視察に行ったときにたまたま話す機会があったみたいで……それで」
「……なるほど……」
あれ? これくらいなら大丈夫だよね? 水上砲飛ばない?
「……けど、これだけ年下の女性に囲まれても動じない八色さんのことだし……年上の津久田さんに万が一、ってこともあるから警戒はしておかないと……」
警戒って? 警戒ってなんですか?
「じゃ、じゃあ八色さん、次の週末はどっちもお休みなんですか?」
「みたい、だね……。どっちもシフト入れていたはずなんだけど、いつの間にか休みになってたし。代わりに浦佐が出勤することになっているあたりどこの仕業かは想像つくけど」
浦佐が本格的に津久田家の犬になっている件について。あいつ、津久田さんに三周回ってワンと鳴けって言われたらワンって鳴くんじゃないか?
「つ、津久田さんも小千谷さんのこと好きですし、八色さんもその気がないですから、だ、大丈夫ですよね? そ、そんな望まない婚約とかには至らないですよね?」
井野さんは再度心配そうな眼差しを僕に向ける。
「……念には念をいれて、八色さんには貞操帯をつけてもらったほうが……予算はかさむけど仕方ないよね……」
……水上さんの心配のベクトルは少しずれているようですけど。貞操は自分で守るよ。
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