第102話 いつでも見てますよ……

 ……いやね? なんかもうここ最近色々あってさ? 水上さんに襲われて全裸をお目にすることもあったし? 美穂とは毎日一緒にお風呂にいれさせられてもうあれがあれでああだったし? 浦佐の下の毛事情も把握してしまったし? なんですけど。


「……不意打ちにもほどっていうもんがあるでしょ井野さん……」

 入浴剤のおかげだよ? それがなかったらお湯が透けてとんでもないことなっていたからね?


「……にしても」

 水上さんより大きいんじゃ……あれ。普段は着痩せしているらしいからそんなに目立ってないけど。……水上さんはどっちかって言うとスラっとした身体つきなんだけど、井野さんはなんか……ね? 全体的にほわほわしてそうというか。


「はぁ……いいや、見なかったことにしておこう」

 しばらく頭から離れそうにないけど……。


 いや、だって……さ。絶対に反応させてはいけない美穂の身体を見てもピクリとさせない精神をちょうど緩めた矢先にこれですよ? 相手高校生とは言え倫理的にはアウトではないからさ、無理な話ですよ。ばっちり瞼の裏に残ってます。……これも水上さんにバレると色々面倒そうだなあ。


 なんて悶々と頭をブルブルと振っていると、今度は電話ではなくメッセージの通知音が立て続けに四回鳴った。


いの まどか:あ、あの……み、見えました、か?

いの まどか:す、すみません、スマホをお風呂のなかに落としそうになって

いの まどか:慌てて色々したら変なところをタッチしちゃったみたいで

いの まどか:そ、その……(>_<)


 井野さんはかなり慌てているようで、文字だけなのにあわあわとしている様子が目に見えて浮かんでくる。


八色 太地:いや、何も見えてないよ


 とりあえず予定通り場を丸く収めるために、そういう嘘をついておく。


いの まどか:ほ、ほんとですか……?

いの まどか:に、乳白色の入浴剤の奥とか見えてませんか?


「……井野さん、僕を嵌めようとするならもう少し上手にやろうよ」

 入浴剤の色、乳白色じゃなくてラベンダーっぽい薄紫色だったよね、とは返さないでおく。でないと、僕がばっちりビデオ通話の映像を視認したことの証明になってしまうから。


八色 太地:うん、何も見えてないよ。すぐだったし


いの まどか:な、なら安心です……

いの まどか:そ、その、でしたら忘れてください、なんでもないので


 うん……忘れるよ。忘れたいことでいっぱいだよ、ここ最近。


八色 太地:わかった、じゃあおやすみ


いの まどか:おやすみです……


 そうしてついさっき発生したラッキースケベの後処理も終わらせて、僕は押し入れからこれからしばらくの寝床となる寝袋を引っ張り出した。

「固い床に寝袋……腰悪くしそうだな……」


「太地―、お風呂いただきましたー、あがったわよー」

 一種の感慨を覚えつつ寝袋に向かいそう呟くと、歯ブラシを片手に持った母親が台所から部屋に戻ってきた。


「じゃあすぐ入るから歯磨き終わったら教えて」

「オッケー」

 何もかも脱衣所がないのが原因ですから。ひとり暮らしなら気にしなくていいけど、ふたりとなるとこういう制限も出てきたりする。……美穂のときは一切出なかったけど。


 シャコシャコという心地よい音が終わったのを聞いて、僕は着替えを持って台所に。母親とすれ違うと「じゃあ私はもう寝るから。明日は十時に出かけるからよろしくー」と言い残し、僕が普段使っているベッドに入った。


「うん、おやすみー」

 ……本来、こういう感じになるのが普通なんだよなあ。とりあえず、ゆっくりお風呂を味わおう。今まで……それどころじゃなかったから。


 翌朝。目が覚めるともう既に母親の姿はなく、それを見てもう十時を回っていることを把握した。

「……こんなにぐっすり寝たのいつぶりだ?」

 十時間くらい睡眠をしたことになる。寝袋なのに。


「……けど、腰はやっぱり痛むな……何か下に敷いたほうがいい……よ、な?」

 すりすりと腰をさすりながら起き上がって、部屋のテーブルに目を移すと、僕はひとりごとを止めてしまう。


「……『昨日の綺麗なほうの女の子が家に来たので、話しこんじゃいました。合鍵渡すくらい仲がいいのね。追伸 テーブルの上のサンドイッチは水上さんが作ってくれたものです』……って……は、はぁ⁉」


 え、待って待って。僕が眠っている間に水上さんまた家に来たの? え? 待って? しかも、話し込んじゃいました?

 話し込んじゃいました? 話し込んじゃいましたって?


 書き置きに残された母親の文字を見て、僕はブルブルと体を震えさせる。……あれ、なんだろう、背中側から視線を感じるけど、気のせいかな……。

 恐怖を抱きつつ後ろを振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた水上さんはいないけど、代わりにタイミングよく電話が鳴り始めた。


「……ひぃ」

 画面には、水上愛唯の文字が。

 しばらく、出るかどうか、出たあと何を話すべきかを考え僕はスマホを手に取った。


「も、もしもし」

「随分出るのに時間かかったんですね、八色さん……。何か考えないといけないことでもありましたか……?」

 ははは……。なんてこった。


「いっ、いやっ……」

「ああ、お見合いのことで悩んでいたんですね。そういえばそうでしたね八色さん。お見合い、行かれるんですね、お見合い」


 や、やっぱり聞いているし……! しかもめっちゃ怒っているし……これ!

「みっ、水上さん、別にこれは隠していたとかそういうわけじゃなくて、むしろ事故みたいなところが──」


「……聞きましたよ? 八色さんのお義父様が勝手に取りつけたって。八色さんにそのつもりはないらしいってことも」

 あれ……? 意外とそんなでもない……?


「八色さんにそのつもりがないのなら私は全然構わないんですけど、それよりも……八色さん、ハーレムを形成するつもりって聞いたんですけど、それは本当なんですか……?」

「待ってそれ誰から聞いた」

 聞かなくてもわかるけどさ。


「お義母様からですけど? ……八色さん。ショックです。八色さんが複数の女性に同時におもらしをさせたがるような性癖を持っているなんて……。私はいいんですけど……複数っていうのがちょっと……」

「そことそこ掛け合わせるのやめてもらっていいですか。とんだド変態じゃないか僕」


「……違うんですか?」

「違うよ」

「……それならそれでいいんですが……。……でも、いいなあ……八色さんとお見合い。私も八色さんのお義父様に立候補すればセッティングしてくれるのでしょうか……」

 あの父親だったら猫でも杓子でもセットしそうだからやめて。それだけはやめて。

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