第100話 マシンガントーク
「と、ところで……八色さんのお母さんはなんで東京にいらしているんですか……?」
水上さんと別れ、井野さんと一緒に待つ快速のホーム。やはり気になるようで、おずおずと僕の横から顔を覗かせるように尋ねる。
「あら、それわねえ──」
お母さんはそれ見たことか、喜ぶように答えを言おうとする。……この母親、人と話すのが大好きだから、口は綿より軽く、手にした情報をマシンガンのように吐き出す。……うちの家族、そんな人ばっかり。
「あ、ほら、そろそろ電車来るってさ、荷物持って荷物持って」
あと数秒もすればお見合いの「お」を口にするところだったから、話の腰を折るようにして僕は母親にスーツケースを持つよう促す。
「──まあ、やっぱり東京は電車来るの早いわねえ、こんな遅い時間なのに。でね」
「はい、人続くから、止まらないで、座席の前まで進んで」
「凄いわね、こんな時間なのにたくさん人がいるわ」
……おのぼりさんか。おのぼりさんですね。そうでしたね。入学式のときもすぐ実家帰ったもんね。こんな深い時間に外出なかったもんね。
内心めちゃくちゃ焦りつつもなんとか母親の口を割らせることなく車内に乗り込むも、すぐに、
「それでね、今度太地が──」
「はいそしたらスーツケースを網棚にのせるから貸して。邪魔になるから」
その脆い牙城を崩して喋ろうとするから話題を逸らそうと必死に声を掛け続ける。
「あらら、すみません、こんなに混んでいるなんて、はい太地、お願い」
僕は母親からぎっしりと中身の入ったスーツケースを受け取って網棚にあげる。
「軽々と持ち上げて、たくましくなったわねえ、小さいときはあんなに細かったのに。で、何の話だったかしら、あ、そうそう──」
「お母さん晩ご飯はどうする? もう食べたの?」
……一度話を切るとすぐにお見合いのことを口にしようとする。もう話したくて話したくて仕方ないんだな。……絶対に言わせないけど。
「そうねえ、家出る前にサンドイッチ食べてきたけど、やっぱりちょっとお腹空いちゃったわねえ」
「だったら駅前で適当に何か食べていく?」
「太地の奢りで?」
ペロッと下を出しておどけてみせる五十代の母親。……それが許されるのは百歩譲って学生まででしょ……。
「でね、次の休みの日になんだけど──」
「いいよ僕の奢りでいいからご飯食べて帰ろう」
夕飯一回で僕と津久田家の安全が買えるなら安いものだ。っていうかまだ中野に着かないのかよ。今どこ? 東中野通過した? 早く、早く高円寺駅に着いてくれ。普段は一瞬で着くのにどうして今日はこんなに遅く感じるんだ。名ばかり快速という印象をここぞとばかりに感じさせないでくれ。
「とうとう太地にご飯をご馳走してもらえる日が来るなんてね……私も年を取るわ」
そんな僕と母親の様子を見て、井野さんは半ば口をあんぐりと開けて物珍しそうな表情をしている。
「……八色さん、大変そうですね」
「そうなのよ、この子実家でもこんな感じで口うるさくてねえ、ほんと、よく疲れないわねえ」
疲れてるよ現在進行形で、べつにやりたくてやっているわけじゃないんだよ気づいてくれよ。
「でね、太地なんだけど、今度お見合いをするのよ」
「「…………」」
そして、母親はとうとうその一言を口にした。ちょうど、電車は中野駅に到着した。井野さんが降りる高円寺駅まであと一駅。……長い。
「……お、お見合い……ですか?」
「ぁぁ……なんてことを……」
チラチラと僕と母親のことを交互に見比べて、オウム返しのようにそう呟く。
終わりだ。おしまいだ。きっと翌朝には僕の家か津久田グループの社屋に砲弾が飛んでくることだろう。実弾なのか比喩なのかは推して量るべし。
「も、もしかして……つ、津久田さんのお見合いって……」
ですよね、当然そういう発想になりますよね。僕らみたいな庶民の知り合いで二組もお見合いがあるはずないよね。
「あらあ、どうして津久田さんの名前がそこに出てくるの?」
「……うちのバイト先の常連さんなんだよ……」
「あらあらまあまあまあ。もしかしてもう知り合いだったりする?」
「……知り合いどころかまあまあ話すよ……」
「あらそうなの、凄いわねえ、まさかそんなところに繋がりがあるなんて」
……ええ、僕もまさかこんな形で繋がるなんて思いもしなかったよ。
「や、八色さん……津久田さんと……け、結婚しちゃうんですか……?」
「いやっ、そっ、それはっ……そ、そんなことはっ……」
絶対にありえない。双方にその気がないんだから、絶対上手くいくはずがないこの組み合わせ。
「まあまあ、こんなに可愛らしい子のお友達がいるんだったら、何も無理することもないと思うわよ? ただ、お父さんの顔もあるから、会うだけはして欲しいけどね。あ、太地のハーレムに入れたいのなら好きにしていいわよ?」
……だからどうしてそういう発想になる。息子に二股三股を勧める母親って何だよ……。お母さんは僕を一体なんだと思っているんだよ。
「なんかわくわくしちゃわね、自分の息子が可愛い子をたくさんはべらせていると思うと。そこらへんお父さんと似ているあたり、親子ねえ」
聞きたくなかった。自分の父親のそんな話聞きたくなかった。
「もう凄かったのよ? お父さんの家にはたくさん──」
「ああほらもう高円寺だ、井野さん降りないとね。お疲れ様―」
たくさんの先に言いそうになったものに僕は不安を覚え、慌てて切った。これ以上好き勝手させてたまるか。
「え、え? あっ……は、はい、お、お疲れ様……でした?」
ちょうとよくドアが開いてくれたので、追い出すような形で悪いけどそうさせてもらう。
「うんお疲れー、気をつけて帰るんだよー」
「は、はい……」
「さよならー井野さん。今度一緒にお茶しましょー」
ぺこりと頭を小さく下げた井野さんを置いて、快速電車はまた動き始めた。ドア窓から映る井野さんの影はどんどん小さくなって、やがてその姿は完全に見えなくなった。
「……でね、お父さんの家にもうコンドームが常に二箱常備してたのよ」
「その話まだするんかい」
で予想通りだよ、井野さんに聞かせなくて大正解だったよ。……常に二箱って……。絶倫かよあの親父。どうりで八歳差の兄妹作ることになるんだな。
……まさか、二十二歳差の末っ子は……ないよな? ないよね? なんか怖くなってきたよ?
「で? で? どっちの子が本命なの? 一緒に電車乗った子は大人しそうでふんわりしてたし、駅で別れた子も凛としていて綺麗な子だったわよね。どっちの子となの?」
「……どっちでもない」
「えー? はやく私も娘見たいし孫も見たいわよ」
「……十年後にもう一度言って」
……そのときは素直に受けいれるから。
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