第99話 エロ三銃士withY

 というわけで、レジのお金の回収が全部終わると同時に僕は物凄い勢いでスタッフルームに駆け戻り、更衣室に入る暇も惜しんで制服から私服に着替えた。その所要時間十秒。


「ふぅ……」

 我ながら早着替えを達成してしまった。いや、感慨にふけっている場合ではない、早くお店を出なければ水上さんに捕まってしまう。文字通り。


 早足で通用口に向かってエレベーターホールに出ようとしたけど、

「あれ? 早いな八色、もう帰るんだ」

 遅れて戻ってきた小千谷さんたちと鉢合わせてしまう。そこには勿論水上さんと井野さんの姿も。


「……え、ええ。ちょっと用事がこれからあるので」

「風俗でも行くのかー?」

 最低かつ下品なガヤありがとうございます。まったくもって感謝はしませんが。


「……そこはせめて映画とかにしましょうよ……」

「ふ、ふ、ひゅうじょく……? ひゃ、ひゃいろさん、これからひとひゃわむふぇちゃうんでしゅか……?」


 ほら、井野さんがまた茹で上がっちゃった。あと井野さん。それどういう意味かな。人によっては気にしている人もいるんだから。……実際はどうかっていう話は置いておこう。


「……ど、どうして井野さんが八色さんの皮のことを把握しているんですか……? 私もまだ知らないのに……まさか」

「んなわけないでしょナチュラルに下の話を展開するんじゃないこのエロ三銃士め」


 何気に小千谷・井野・水上の三人が揃うと下ネタが広がる可能性高いの何なんですか? おバカかつ下品な小千谷さん。むっつりで暴走すると止まらない井野さん。そもそも思想が過激な水上さん。……っていうか、まだ知らないのにって、これから知る予定なんですね、僕はそんな予定知りませんけども。


「……じゃあ僕は行きますね、お疲れ様でした」

 そう言い残して僕はエレベーターホールに出て、下ボタンを押す。……降りたらダッシュで新宿駅向かおう。できるだけ早く。その一秒を削り出す感じで。


 なかなか来ないな……モタモタしていると中高陸上部だった俊足ランナー水上さんに追われてしまう。

 全然来ないエレベーターにややイライラしつつ、ようやく一階に降りる。そこからは運動不足の体に鞭打って駆け足で地下街を動き回る。


 何回か十字路を折れて、JRの改札を通過したところまでは……よかったのだけど、人でごった返すJRと京王線の連絡通路を進むのに手間取っている間に、

「……一体どちらへ急いでいらっしゃるんですか? 八色さん」

 僕の背中に悪魔がご到着されていた。


「な、なんで……もうここに」

 後ろを振り向くと、すました顔で僕に追いついた水上さんと、ぜえぜえと肩で息をしている井野さんのふたりが。


「はぁ……はぁ……み、水上さんが八色さんのことを追うって言って……エレベーターを待つ間も惜しんで階段を飛び降りていって……」

 ……階段でせめてにしろ駆け降りるものじゃないんですか? 飛び降りるものではないと思うのですが。


「……あ、足速すぎです水上さん……わ、私、もう口のなかが……うっぷ……」

 ここで吐かないでよ。間違えても吐かないでよ。

 ……結局水上さんに捕まる最悪の展開に。これ、僕が行くところに確実についていくよねもう。それに追い打ちをかけるように、母親からラインが来て「今着いたー」と。


「はぁ……わかったよ、わかったから……」

 諦めて僕はいつもの快速のホームではなく、特急のホームに上がる。

「あ、あれ……? 帰らないんですか? 八色さん……?」

 ついでと言わんばかりに井野さんもぜいぜいのままひっついているし。


「……いや、まあ色々とあって……ね」

 コンコースからホーム階に上がり、キョロキョロと首を振って母親の姿を探すと、


「あっ、太地―久しぶりじゃないのー。入学式以来かしらー」

 スーツケースを携えた母親が年甲斐もなくブルンブルン手を振って僕のもとに近づいてくる。


「あ、あれ……え? こ、今度は八色さんの……お母さん……ですか?」

 状況を理解した井野さんも、僕の背中に立って確認を求めるように呟く。

「あらあ? 太地、その隣にいるのは?」

 母親は当然だけどすぐにふたりの姿に気づいた。


「え、えっと……ふたりはバイトの後輩で……」

「……初めまして、水上愛唯と言います。八色さんにはいつもお世話になっています」

 ……基本的に普段はしっかりしているから、こういう場面でもちゃんと挨拶をする水上さん。それに触発されて井野さんも続けて、


「いっ、井野円でしゅ……はぅ……」

 噛んだ。

「あらあらまあまあまあ。太地も隅に置けないわねえ。こんな可愛らしい子と綺麗な子と仲良くしちゃってー」

 ……頼むから余計なこと言ってくれるなよ。


「これなら、別に断ってもよかったかもしれないわねえ」

 ……初っ端からギリギリを攻めていくスタイルですね。ストライクゾーンの枠をかすめるような。あれですね、球審のアンパイアがめっちゃ格好よく見逃し三振をコールするような絶好のコース。


「……何がですか? ……八色さん?」

「いや……別に……何も……」

「あらあら、耳元で囁いてー、お父さんが太地がいつまで経っても彼女できないって嘆いていたけど、全然そんな心配なさそうじゃない。やっぱり美穂のこと溺愛しすぎなのよねえお父さんって」


 早く帰ろうよ。今すぐ帰ろうよ。僕は今すぐ特急から快速のホームに移動しようと体重をエスカレーターに傾けているのだけど、母親は完全に長話モードに突入している。

 ……長話をすればするほどバレるリスクが増すんだよねえ……。


「もしかして、ふたりのうちどっちかはいい感じだったりするの? それともそれとも、太地東京ではモテモテだったりする? 高校生のときまでは女っ気一切なかったのにねえ。はっ、もしかして、太地のひとり暮らし先って太地のハーレムが形成されてたり……キャー、美穂にはバレないようにしないとわねー、でないと美穂が泣いちゃうわあ」

「は、ハーレム……ひゃうん……」

「……八色さんに他の女なんて……必要ないですよね……?」


 だーかーらー、僕にしか聞こえないくらいの大きさで囁くのやめない? あとおい母さん。息子を勝手にハーレムを形成するチャラ男に仕立て上げるな。仮にもあなたお見合いの付き添いに上京したんでしょ?


「八色さんには……私がいればいいんですよね……?」

 僕のシャツの背中部分をぎゅっとつまんで、耳元でぼそっと口にする。

 うん、なんか僕は水上さんがいればいい、みたいな前提で話をしているけどそんなこと一切合切ないからね。事実を勝手に改変するのはやめてもらっていいですかね。水上さん然り、母親然り。


「……も、もう……とりあえず帰ろうよ。まあまあ深い時間だし」

 せっかく美穂が帰って安心したところに、また胃痛の種が。

「わっ、私っ、今日は快速で帰りますっ」


 ……おう、また胃が軋む。水上さんが僕と井野さんを睨んでいるし。

 まあね? 特急のホームまで来て各駅停車のホームまで戻るの面倒だもんね? わかるよ? わかるけどさあ……。

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