第98話 バッタリ鉢合わせ
み、水上さんが盗み聞きしている……。どうしよう、一番バレたらまずいんだよなあ……。
「太地―? 太地―? どうかした? 急に黙り込んじゃって」
しばらくフリーズしてしまった僕を訝しんだ母親が、何回か呼びかける。
「あ、うん、いやなんでも」
「それじゃあ、よろしくねーバイバーイ」
バイバーイって……。先に電話掛けておきながら、勝手に切るって。
そして、電話が終わったのを見て、ひょこりと頭を覗かせていた水上さんがすたすたとエレベーターホールに。
「……どなたと電話されていたんですか? 八色さん……」
「え、えーっと、母親から」
「へぇ……お義母様から……」
……お母様だよね? お義母様ではないよね? 同音異義語だから耳では区別つかないけど。
「何を話したんですか……?」
「……いや、えっと、最近元気? ってくらいで」
「……今日来るの? 新宿に何時くらいって聞こえた気がするんですけど……」
もうほとんど聞こえているじゃないですか。耳いいんですね。
「あー、ちょっとコーヒー飲みたくなってきたなあ」
すかさずその場を離れてスタッフルームに戻ろうとするけど、にこやかな笑みとともに、右手を伸ばして僕を壁際に追い込む。
「……妹さんの次はお義母様が来られるんですね。一体何の用事なんですか?」
うーん、これお義母様って呼んでいる気がするなあ。あと、捕まったし。春先のときみたいに壁ドンされてるし。
「え、えっと……。友達と会いに来るからって」
嘘ではない。嘘はついていない。
「そうなんですね……へぇ……」
近い近い近い最近水上さん忙しかったからあまり絡むことなかったけど、久しぶりにこんな接近している気がするよ鼻と鼻がくっつきそうだよ。
目鼻立ちが整った水上さんの綺麗な顔が間近になり、一瞬で心拍数が上がる。
「あ、あの……水上さん、ここ、職場……」
渋い表情で抵抗しかけたその瞬間、通用口の扉がバタンと開いた。
「──はい、お電話ありがとうございます、ブックターミナル新宿店井野が承りま……しゅ」
最悪だ。仕事中の井野さんに鉢合わせた。……僕らの姿を見つけた井野さんはPHSを手にしたままあわあわと慌ててしまい、テンパってしまう。
「え、えっと、き、昨日買ったゲーム機本体が動かない……んでしゅね」
さすがの水上さんもこれはまずいと判断して、すぐに腕を離して僕から距離を取り、スタッフルームに戻っていく。
「ひゃい、ひゃい、えっと……購入したときのレシートってお持ちでしゅか……? あ、持ってない、えとえと……えーっと……」
井野さんは井野さんで電話対応にまで困ってしまうし。……いつもの井野さんだったら全然対応できる電話内容なんだけど。
「いっ、いえっ、そ、そんにゃことはっ……ひゃ、ひゃい」
……ああもう仕方ない。休憩こま切れになるけど半分僕の責任みたいなところあるし。
エレベーターホールに残った僕は、井野さんのもとに近づいて、手の動きで電話を替わるよう促す。
それを確認した井野さんは飼い主を見つけた子犬のような目をして僕に電話を渡す。腕時計を確認して、後で打刻の修正依頼書かないとなあ……。
「お電話替わりました、八色と申します。本体購入時のレシートはお持ちでない、ということでよろしいでしょうか?」
すぐに電話を持ったまま売り場に戻って空いているレジに向かう。
「はい、では恐れ入ります、ご購入された時間で何時くらいか覚えていらっしゃいますか?」
右耳に電話を挟んだまま、左手でレジの画面を操作。
「昨日の正午くらい。はい、かしこまりました。ただいま購入履歴があるかどうかお調べいたしますので、恐れ入りますがお客様のお名前とお電話番号頂戴してもよろしいでしょうか?」
僕についてくるような形で井野さんもレジに入って、申し訳なさそうに横につく。
「ありがとうございます、確認済み次第こちらから折り返し電話差し上げますので、五分ほどお待ちいただいてもよろしいでしょうか、はい、はい、では失礼します」
電話を切ると、同じくカウンターにいた小千谷さんが不思議そうに僕を見て、
「ん? 八色、どしたー? まだ十分くらい休憩だろ?」
「……まあ、かくかくしかじかありまして急遽フォローに入ることになって」
レジ画面をタッチしていき、該当のレシートを検索する。……あ、あったあった。確かにうちで購入していますね。ついでに加工スペースにあるパソコンで同じ商品の在庫もあることを把握。
さっき教えてもらった電話番号にすぐにかけ直す。お客さんも待機してくれていたようで、すぐに出てくれた。
「あ、私ブックターミナル新宿店の八色と申します、沼田様のお電話でお間違いないでしょうか? はい、ありがとうございます、お待たせしました、レシートの確認が取れました。この度はご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。こちらといたしましては、返金か、交換での対応をさせていただきたいのですが、いかがしましょうか」
加工台に電話用のメモを置いて、お客さんの反応を伺って、
「返金ですね、かしこまりました。ちなみになんですが、当店までご来店いただくことは可能でしょうか……なるほど、ちょっと都合がつきそうにない、かしこまりました、でしたら、ご購入いただいたゲーム機を当店まで着払いで送っていただいてもよろしいでしょうか──」
「──はい、はい、では、届き次第、現金書留で今回の代金をお返しさせていただきます。ご迷惑をおかけしました。はい、では、到着お待ちしております、失礼します……。……ふぅ」
僕はずっと持っていた電話を井野さんに返し、再度腕時計を確認する。
「す、すみません、八色さん。休憩中だったのに」
「そうだぞー八色。言えば俺が替わったのに。もう後休の時間も終わるし、どうすんだー?」
「……仕方ないんでもう一回休憩入って八分休みますよ。それまで頼んますね」
「そうですよ……八色さん。せっかくの休憩なのに……」
すると、水上さんが休憩からあがって売り場に復帰してきた。少しだけ悲しそうな顔で僕を見つめている。
「……せっかく久し振りの一緒の休憩だったのに……」
「みっ、水上しゃん……壁ドン……ひゃうう……」
水上さんの顔を見るなり、茹でたタコみたいになった井野さんが顔を真っ赤にしてその場にしゃがみ込んだ。
「……? 井野ちゃん? どしたー? 水上ちゃんの顔を見るなり。百合っぷるでも出来上がりそうになったかー?」
……この人はほんと適当なことを。
「じゃ、じゃあ僕は休憩入りなおしまーす」
井野さんの処置は売り場に任せるとして……あーあ。水上さんに母親が来るのバレちゃったよ。水上さんのことだから、会いたいとか言い出すんだろうなあ。
今日退勤したら、秒でお店出て秒で新宿駅向かって秒で迎えに行くか……。
そうしないと、全部諸々バレそう。
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