挿話 浦佐18の誕生日(……今日が何日だって?)

「……ふう、誕生日の生配信も終わったっすね……。視聴者数も四桁超えたし……このまま増やしていけば……」

 薄暗い部屋に映るパソコンの右隅の時計を見て、自分はそろそろ寝ないと危ないことを把握した。


 二十七時ちょうど。……ふつうの人だったら午前三時って言うかもしれないっすけど、自分にとっては誕生日の二十七時っす。


 パソコンのUSBポートに接続したキャプチャーボードを取り外して、勉強机の下の棚に片づける。かれこれ長い間続けてきた相棒で、自分が実況を始めてから愛用している友達っす。ボタンの文字が掠れかけている実況用の携帯ゲーム機もケースにしまって、ポリポリと頬を掻きながら、これまた小学生のときから変わらないままの子供用のベッドにバタンと倒れ込む。


 身長が伸びなかったんで、勉強机もベッドといった家具も、基本的にそのまんま。自分的にはちょっとどころかかなり悔しい気もするっすけど、買い替えるだけの説得材料が見つからないのも事実。普段ゲームで好き勝手やっている手前、なかなか言い出すことができないまま。


「誕生日プレゼントも、プリペイドカード一万円分っすもんね……」

 倒れ込んだ先のベッドから、首だけを捻って自分は勉強机に置いた、ゲーム内の課金に使えるギフトカードをふと眺める。


「まあ、それでもありがたいんすけど」

 あれで有料コンテンツのBGMとか衣装買って、実況の幅が広がるっすから。


「これで自分も十八歳っすか……実感湧かないっすね……」

 円ちゃんの誕生日は十二月。その間だけ自分は円ちゃんより年上になる。……身長は余裕で円ちゃんのほうが大きいのに。太地センパイの妹ちゃんの身長は異常っすけど、円ちゃんもまあまあ女子にしては高身長だと思う。ただ……スラっとというよりかは、どちらかと言うと大きい、みたいな印象を受けるっすけど。……円ちゃん、服着ると目立たないっすけど地味に大きいっすから……。それもそれでなんか悔しい。


「太地センパイが持ってるビデオも基本大きい女の子ばっかりだったっすしねえ……やっぱり大きい子のほうが好きなのかなあ」

 机から視線を自分の寂しいお山……ここだけは譲らないっす、微妙に標高は変わっているからこれは山っす……に移して、ここもまた十八年ほとんど成長しないものを恨めし気に触る。


「……夜更かしする生活が三年続いているのが原因っすかねえ……寝ない子は育たないってよく言うし……はぁ……」

 そうこううだうだ考えているうちに、時刻は二十七時半。いくらなんでもそろそろ寝ないと明日(というか今日)に響くっす。


「とは言っても……目がパッチリして眠れないっすよ……うーん……」

 しかも夏だから気温も下がらない……ネッタイヤって言うんでしたっけ。それのせいでなかなか気持ち悪い……。長い時間ゲームをしてはいたんで目は疲れてるっすけど、体はさほど疲れてないっすし……。


 ……疲れる、といえば……。

 この間、どさくさに紛れて円ちゃんに……あれ、が……そんなにいいのか聞いてみたっけ……。


 円ちゃん曰く、程よく疲れてよく眠れるよ……って。

「…………」

 そういえば、もう自分、十八歳なんすよね……。


 ということは、CEROでZ区分のゲームも堂々と購入できるっすし、十八歳未満閲覧禁止のサイトにも……堂々とアクセスができる……っすね。

「……ごくり」


 だ、大丈夫……自分の部屋と両親の部屋は離れているっす。だから、こんな深夜までゲーム配信していても怒られないんすけど……。

 多少変な音がしても気づかれない……はずっす。


「……い、イヤホンイヤホンっと……」

 し、思春期っすからね、仕方ないっすよ。た、たまにはそういうのも見たくなるときがあったり……なかったり?


 両耳にイヤホンを装着して、少し震える指でポチポチとスマホを操作する。何かを操作するのに指が震えるなんて、ゲームで大事な場面迎えてミスりたくないときみたいっすね……。


 「あなたは十八歳以上ですか?」のダイアログメッセージに「YES」をタップし、肌色で溢れるサイトのトップページに。


「……こ、これは……いざ自分で見るとなると……なかなかに恥ずかしいっすね……」

 そのなかでも女性向けの適当なものを選んで、自分は体を右に傾けて画面がドアから見えないようにして動画を見始めた。


「……な、なるほど……ま、円ちゃんの言ったことがなんとなく……わかった気が……するっす……」

 パジャマのズボンをきちんと上げて、タオルケット一枚に身をくるませて体を丸める。少しだけまだ感覚がおぼつかないところもあって、油断すると意識が溶けそう。


 それに、かれこれ一時間くらい動画を見てしまったこともあって、かなり疲れた。

「……こ、これなら……眠れそうっすね……」

 もう時間は二十八時をとうに回っている。夏だしもう一時間ちょっとで日が出る時間っすけど……。

「……とりあえず……ひと休みっすね……すう……すう……」


 翌朝、というか正午過ぎに、自分はけたたましく鳴り響くスマホの着信音で目を覚ましたっす。

「……むにゃ……誰っすかあ……ふぁあ……円ちゃんっすか──ふぁあい、もひもひ」


 ベッドに寝転がったまま、電話に出ると、自分とは対照的にシャキッとした声の円ちゃんが少し困惑しながらそれに応える。


「う、浦佐さん……? もしかして、まだ寝てた……?」

「ちょうど今起きたところっすよお……二十八時まで起きててようやく一日が始まったすねえ……」

「に、にじゅうはちじって……それって四時じゃ……」


 円ちゃんも普通のときは常識人っすから、ちらほらとこういうツッコミも入る。まあ、普通のときじゃないほうが長いから太地センパイのツッコミの量が増えるんすけど。


「細かいことは気にしたら負けっすよお……ところで、何か用っすか……?」

「い、いや……昨日浦佐さん誕生日だったけど、色々忙しくてラインしか送れなかったから、それで……」

「あー、じぇんじぇん気にしてないっすから大丈夫っすよー。夏休み中に誕生日が来る人あるあるっすからあ……」


「今の眠気は大丈夫じゃなさそうだけど……」

「顔洗えば覚めるっすからへーきっす」

「そ、それでだけど……今度、お休み揃う日に、どこか遊びに行かない……? 浦佐さんの行きたいところでいいから」


「そうなるともう自分の家でゲーム一択になるっすけどー」

「……べ、別にそれでもいいよ?」

「いいんすか? なら、次の休み揃う日で……じゃあ、自分は顔洗って撮りためた動画の編集するんで、シフト頑張ってくださいっすねえ……」


 やっぱり円ちゃんはいい子っすねえ。普段はおどおどしていることが多いっすけど、こういうときは気を使ってくれるっすし……。


 ……今度会ったときに、円ちゃんのオススメとか聞いてみようかな……。それで太地センパイって答えられたら、さすがの自分も閉口する自信があるっすけど。

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