第95話 ラッパータイチ誕生(タイトル修正しました)
お昼の時間は、僕と小千谷さんがカウンターに入った。まだ明るい時間だから、客層は比較的ご年配の人が多い。あと、夏休み期間ということもあり、高校生や中学生の姿もちらほら。
「……それで、本当にお見合い見送るんですか? 小千谷さん」
「んー? 見送るもなにも、そもそも俺は打席立ってねーぞ?」
僕はカートに大量に乗せた本の仕分けを、小千谷さんはラベル発行から貼り付けまでをスラスラと行っている。ベテランが揃うとこういう単純作業の速度がえげつないほど速くなる。バーコードを読み取るときになる「ピッ」という音が隙間なく十から十五くらい連続で鳴るのはある意味快感だ。逆に、他店に行ってこの音の速度を聞くだけで、あらかたどれくらいのキャリアを持った人がカウンターに入っているかは大体わかる。まあ、急いでいないときはゆっくりすることもあるから、一概には言えないのだけど。
「……いいんですか? 行かせちゃって」
僕が言うのもほんと変な話だけど、頼むから止めてくれ小千谷さん。僕か津久田さんの会社の運命がかかっているんだ。
「珍しいな、八色が俺と佳織のことに口出すなんて。普段は外野からニコニコ傍観しているだけなのに」
ついさっき外野から内野に強引に守備位置の変更があったから焦っているんですよ。
「いやあ、まあ、あれですよ。普段津久田さんにはお世話になってますから、色々」
「ふーん……」
小千谷さんは面白いと鼻で返事をして、手早くラベルを発行し続けている。
「……なんで小千谷さんは津久田さんと付き合わないんですか?」
「いやお前、理由聞く?」
聞きますわ、こちとら自分の命が懸かっているんだ。別に長生きに興味はないけど無駄死にする趣味もない。
「いや、むしろ今まで聞かなかった私の尊大な対応に感謝して欲しいくらいですよ」
わざとらしく音を立てて本をカートに置いていく。あ、本は傷つかないようにね。そこは古本屋アルバイトとしての安いプライドがあるから。
「八色、そんなキャラだったか? 私の尊大って。あれか? 明治の文豪の作品でも読んで口調が伝染ったか?」
そんなキャラにだってなるよだって命の危険が差し迫っているんだから。よく生物が死に瀕すると本能的に子孫を残したくなるって言うじゃないですか、それみたいなものですよ。別に大きくはなっていない。それやると本格的に井野さんが鼻血出して気絶する。
「幼馴染じゃないですか。最近リアルでは絶滅危惧種に認定されそうな勢いの幼馴染ですよ? 人が持っていないもの持っておいてそりゃないですよ」
「……あれ? 八色、実は幼馴染萌えだった?」
「ちがわい」
「……今度はアニメのキャラと来たかい。どうしたどうした。キャラは固定したほうがいいぞ」
「それとも本当に男性を好きになるクチだったりしますか?」
「井野ちゃんかよ。……いや、今まで飲みで燃えるシチュについて語ったりもしただろ?」
「それすらも騙りかと」
「誰が上手いこと言えって言った。っていうかなんで俺が突っ込んでいるんだよ、役割逆だろ」
必死です。僕はとにかく必死です。どうにかして自分がお見合いに行くことはばらさずに小千谷さんをどうにかしないと。……本当のこと話せば多分小千谷さんは動いてくれると思うけど、口がプランクトンより軽いおぢさんだから、それをすると万が一にも水上さんにバレたときのリスクが高過ぎる。
小千谷さんとそんな雑談をしていると、お客さんがひとりレジにやって来たので、僕がレジに入る。ラベル出しをしているスタッフはギリギリまでレジや買取に入らない、それが基本だから。
「ありがとうございましたー」
時代小説の文庫本を大量に買っていったおじいさんを見送り、僕は作業に戻る。
「……八色、お前とんでもないスピードでレジ打たなかったか? 爺さん、めっちゃドン引いていたぞ?」
「普段スタッフルームに引きこもっている小千谷さんと違って、僕は常日頃から地獄の売り場にいますからね。その気になればあれくらいのレジ秒で打てますよ」
「うん、ごめん八色。もう二度と太地お兄ちゃんって言わないから俺に突っ込みをさせないでくれ。俺はボケているほうが気分いいんだ」
「Yo,Yo,おぢさんのコイバナ、たくさん聞きたいぞまだまだ、本心隠して示すの無関心? そりゃ無理筋」
「……ほんっとーにごめん、だからDJ盤回す要領で本分けながら韻を踏まないでくれ。あと、そのとりあえずヨーって言っておけばいいって風潮俺は嫌いだ。卓球選手じゃないんだから」
「……ふぅ、ボケるのも楽じゃないですね。よくみんなはこんなスムーズにボケがすらすら出てきますよ。心を無にしないとやってられません」
なんだったらラップの部分は今聞き返すと恥ずかしいし。なんだこれ? よくやれたな。
「……やっぱり八色は突っ込みしているほうが安心できるわ」
「だからってマシンガンのようにボケかまさなくてもいいんですからね? そんなにボケたいんだったら、突っ込み要員の増員をお願いします」
「それは俺に言うな、宮ちゃんに言え」
「……僕の後に入るであろう新人さん、突っ込み役だといいなあ……」
でないと店が崩壊する。突っ込みがいない空間なんて、着地点のないスカイダイビングみたいなものだ。
「それはそれでその新人さん、大変だと思うけどな……。ボケ四人を突っ込みひとりで捌くなんて、そうそうできることじゃないぜ?」
……井野さん、浦佐、小千谷さん、宮内さんで四人かな。確かに水上さんはボケという概念には収まらないか。かといって突っ込みでもないけど。
「……で? どうして津久田さんとくっつかないんですか?」
「粘るなあ」
「粘りますとも。どうせこの時間あまりお客さん来ないですし」
「……って言ったってなあ。別に八色に話すようなことなんて何もないぜ?」
「色々あるじゃないですか。学生のころとか、学生のころとか」
「学生のことだけかい」
……じゃあそれ以外何かあるんですか? 学生じゃなかったら今でしょ。
「はぁ……幼馴染って言うんだったら、家とか近所にあったんじゃないですか?」
僕はため息をつきながら、仕方ないので話のとっつきをひとつ作り出して小千谷さんに尋ねた。
「あー、まあ……隣同士とかではなかったけど……。ほら、佳織の家って豪邸でさ。学校一個まるまる収まりそうな敷地面積なのよ。ちょくちょく俺、ガキんときは佳織の庭に勝手に入りこんではその辺にできているもの食ってたりしたわ」
……なんだろう、ありありとその様が想像できる。葉や枝で顔を切ったやんちゃしている小千谷さんの姿が。
「それを佳織に見つかったのが始まり?」
「なんでそこ疑問形なんですか」
「いやー、俺にしたら恥ずかしい以外の何物でもないぜ? 出会って一言目、何言ったかわかるか? 『知ってる? アリって酸っぱいんだよ』だぜ?」
……あんたアリ食ってたのか。どんな時代でも生き延びられそうで何よりだよ。
「今は食ってないからな、八色」
「逆に今も食べていたら心配しますよ」
あ、段々ボケと突っ込みが初期配置に戻った。……戻らなくてもいいんだけど。
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