第92話 お風呂ふたたび

「……ただいま……って」

 家に帰ると、ぐでーっとした美穂が床に寝そべっていた。よほど遊び疲れたのだろうか、何も羽織らずに眠っていて、Tシャツがめくれてへそが見えている状態だ。


 テーブルに視線をずらすと、それはそれはたくさんの半券が。

「この一日でどれだけ遊んだのか……」

 見た目も中身も子供と、中身だけ子供のふたり同士、馬が合うのかもなあ。


「よし、マットレスもオッケーだな。これで今日も安眠ができる……」

 シーツを敷いて、夏になると使う冷却効果のある敷布団もかけて、セッティングが完了。その音で美穂は目を覚ましたようで、

「んん……お兄ちゃん……? おかえりー……」

 目をごしごしとこすってあくびを漏らしながら僕のほうを向いた。


「ああ、ベッドもとに戻ってるー。どうして洗濯してたのー……? ふわぁ……」

「え、そ、それは……」

 まさか井野さんのことを言うわけにはあるまい。しかも、美穂も僕のAVを見つけたんだ。何か変な勘繰りを入れて、美穂まで真似しだしたらエラいことになる。……妹のおむつを替えるのは幼少期でお腹いっぱいだ。


「ほ、ほら夏だし? 汗かくし? 一度丸洗いしたいなーって思ってたから、さ」

「ふーん、そっかぁ……そうだー、私お風呂入りたいなぁ……」

 未だ横たわったまま、顔だけこちらに向けた美穂はうつ伏せにひっくり返ってそう要求する。


「……追い焚きでもする? それとも張りなおす?」

 お風呂立てたの今日の朝だから、ギリギリなんとかなら……ないか。井野さん、浦佐、美穂、僕と四人入ったし……。水道代がかさむけど……もう仕方ないね。


「いや、いいや。もう一度入れるから、ちょっと待って」

「んんーりょうかーい……ありがとうーお兄ちゃん……」

 駄目だ、完全に疲れてグダっている。……この流れ、実家でも何回かあったけど嫌な予感がします。そして、最近僕の嫌な予感は嫌になるくらい的中しているものなわけで。


 三十分ほどで、お風呂に入る準備が整った。恒例のメロディが流れると同時に、倒れたままの美穂は両手をフラフラっと上げて、

「お兄ちゃん……脱がしてー」


 ほら来た。こうなったよ。母親から聞いたけど、実家にいるときはどんなに疲れていてもちゃんとひとりでお風呂に入るらしい。ちゃんとって。中学二年生に使う言葉か?


 つまりまあ、今美穂が行っているのは、僕に対してだけしているということだ。

「……いや、自分で脱ごうよ……」

「お兄ちゃんが脱がしてくれなかったら服着たままお風呂入るー」

 やめて、なんか色々と面倒くさそうだからそれはやめて。具体的に何が面倒かはわからないけどやめて。


「お風呂―……」

 宣言通り美穂はフラフラと立ち上がってお風呂場へと進みだす。……やばい、本当にする気だ。


「ああもう、わかった、わかったからはい、止まって、止まって」

 僕は美穂のもとに寄って、服に手をかける。……二十二にもなって僕は何をしているんだ。

「はい……バンザイして……」


 まずTシャツ、次に膝丈のデニム。それで下着姿になった。もう裸すら見慣れているので、この程度では動じない。

 次に薄桃色のブラジャーに……。はぁ……彼女もできる前にブラ外しを経験してしまったよ。


「……これ、ここでいいの?」

 しかしまあ初めてのことなので、うまく外せない。二十秒くらい格闘していると、

「お兄ちゃん……ここを、こうだよー」

 美穂が背中に手を回して、ホックを外した。……はい、覚えました。どうしよう、童貞なのにブラ外せる男って大丈夫かな……。


 最後にパンツも脱がして、無事(ではないが)美穂を裸にした。

「はい、じゃあお風呂入ってください……」

「ふぇえー? お兄ちゃんも入るのー」

「……マジですか、またですか」

「じゃあお兄ちゃんの服は私が脱がしてあげるねー」

「もう自分で脱ぐから先入っててお願いだから」

「はあい」


 一分で支度をして、美穂のいる浴室へ。美穂はもう体を洗う余力もなかったみたいで、先に湯船に入ってふにゃふにゃしている。ま、家のお風呂だしね。

「あ、お兄ちゃん、いらっしゃーい」

 湯船いっぱいに足を伸ばしていた美穂は、体を畳んで僕が入る隙間を作った。無言で僕もお湯に浸かると、それに美穂はすり寄ってくる。


「……今日は楽しかった?」

 僕の上に乗っかるように座っている美穂は、その質問に対して表情を緩め、

「浦佐お姉さんと一緒にクレーンゲームとかカラオケとか行ったよー」

 嬉しそうに話す。


 それはよかった。東京来てもあまり遊んであげられてないから、どうかなとは思っていたけど。このときばかりはあのお店でバイトしていてよかったかもしれない、って一瞬だけ思っておく。弊害のほうが強すぎたからね。


「……ところで、お兄ちゃん。いっつもあの三人のお姉さんたち、家に来ているの?」

 なんてほっこりした気分も一転。すぐに僕の肝が冷える一言が放たれた。

「浦佐お姉さんも、井野さんも、あとちょっと大人っぽい最後のお姉さんも、みんなお兄ちゃんのことになると少しムキになっているような気がしたけど」


 ……この妹、観察眼強いな。ん? 浦佐も?

「い、いつもってわけじゃないけど」

「たまには来るんだー、へー」

 ちゃぽんとお湯が跳ねる音が響く。


「……好きなの? 三人のうち誰か」

「……は? な、何言ってるの、美穂。あの三人はただのバイトの後輩だって、別にそういう関係じゃ」


 ……うちひとりにはあわや子供を作らされるところまでいきましたし、もうひとりにはキスをせがまれましたけど。退職まで保留してますけど。浦佐に関してはもう近所のちびっ子程度にしか思っていないけど。


「ふーん。そうだよね、お兄ちゃんには私がいれば十分だもんねー。お兄ちゃんは将来ずーっと私と暮らすんだー」

 ……未来永劫永遠に美穂の面倒見続けるのも嫌だなあ。ん? これって聞きようによっては仮に僕が誰かと結婚してもそれに美穂がくっついてくるってこと? 小姑みたいに?


「ところで、お兄ちゃんはあのえっちなビデオ見て何しているのー?」

 ……父さん、妹が性に目覚めそうです。僕のせいかもしれません。もし実家に帰ってから何か変化が起きても僕を怒らないでください。無理です。中二の妹相手に上手い誤魔化しかたが思い浮かびません。


「浦佐お姉さんからは、赤ちゃん作る練習って教えてもらったけど」

 ……浦佐おい。美穂になんてこと吹き込んでくれやがった。

「井野さんに聞いても教えてくれなかったんですけど、私も練習ってできるの?」

 お母さん、助けて。どこまで教えていいんですか? 僕にはわからない、わからないよ。


 頭を悩ませ続けながら必死に適当にその場を凌ぐ方便を紡いで、なんとかやり過ごした。

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