第89話 監視カメラも置かないと
それから、とりあえず湿ったシーツを洗濯機に放り込み、泣きじゃくったままの井野さんに洗濯機の乾燥機能の使いかたについてだけ簡単に説明する。
「……じゃ、じゃあ、とりあえずゆっくり使ってね……」
無言で頷いた井野さんを置いて、僕は部屋に戻る。結局美穂は起こしても起きず、ベッドから引きずり下ろして、浦佐の隣に雑に置いた。
「……それで、どうして水上さんが家にいるの?」
そして、怖い表情をしたまま床に座っている水上さんに尋ねる。
マットレスにも染みが行き渡ってしまったので、僕はタオルで濡れたところを押しあてて、水分を吸い取る。……マットレスも高いものだから、駄目にしたくない。実家で母親が、美穂のおねしょの片づけをしていたのを見た知識で、とりあえずどうにかしようとする。……あと、必要なのはクエン酸の入ったスプレー。
「そんなことはどうだっていいんです。それより、まず、どうして井野さんと浦佐さんが八色さんの家に泊まっているんですか?」
「そ、それは……えっと……昨日あれから美穂の面倒を見てくれるってことになって、ふたりが家に残ってくれたんだけど……その後、夜、駅着いてからの記憶がなくて……一体どうしてこうなったのか……」
僕の説明を聞いた水上さんは、テーブルの上に乱雑に置かれた空き缶の入ったビニール袋を見て嘆息する。
「……やけ酒したことすら覚えていないんですね……。八色さんって、酔っ払うと記憶なくなるタイプですか?」
「えっと……普段潰れるほど飲まないからわからなくて……」
「はぁ……。一体何があったんですか? そんな一気に500を三本も空けるような飲みかたして。……そんなに嫌なことでもあったんですか?」
……これ、言わないと許してもらえなさそうだけど、僕の性癖を掴みたがっている水上さんに果たして言っていいのだろうか。
どこか遠い目をしつつ、マットレスに置いたタオルを一旦外し、濡れた部分にクエン酸のスプレーを噴射する。そこから五分置いて、またタオルで拭いてスプレーしての繰り返し。匂いがなくなるまで続ける。
「い、言いたくないなあって言ったら、どうするの……?」
「この場ですんごいことします」
襲いますって意思表示ですね。衆目の前で僕は襲われるんですね。もうここの家引っ越すまでしないといけなくなりそうなので正直に話しましょう。
「……そ、その……井野さんたちに、僕が持ってるAVを見られて……」
「へぇ……やっぱり八色さんも持ってたんですね、AV。私が探したときは見つからなかったのに」
ただでさえ引きつった怖い表情をしているのに、僕が口にした「AV」という単語を聞くと、一段と顔色を暗くさせ、今にも懐から包丁を取り出すのではないか、という勢いで座ったままマットレスの後始末をしている僕に近づく。な、何その移動の仕方……?
「……私も気になります。どこにあるんですか? 教えて欲しいなあ、八色さん……」
「いっ、いやっ、それは……さ、さすがに……」
この状況で、井野さんがやっちゃったこの状況で教えたら誤解されること必至だ。
「……実物がないなら、あのパソコンですか? ……なるほど、そうでしたか……」
水上さんは凍った顔のまま勉強机について、僕のノートパソコンを起動する。すぐにロック画面が表示されては、
「……八色さん、開けてください」
「で、でも……」
「
「……わ、わかりました……」
開き直った水上さん怖い。……もう色仕掛けはしたら駄目だよって言ったのに、ごり押してくるし。
こうなったらやむを得ないので、僕はパスワードを入力して、ブラウザを開く。……なるほど、ちゃんと昨日三人が到達した証拠ですね。ブラウザを開いた瞬間、普段お世話になっているサイトのマイページが出た。
「……八色さん。……結構マニアっぽいご趣味をお持ちだったんですね。言ってくだされば」
「絶対言わないから言えるはずないでしょこんな性癖。あと、言ってくださればって何、どういうこと水上さん身体張り過ぎだよ」
画面を覗いてから、くるっと振り返って僕の顔を窺ってくる。少し、水上さんは両手を体の前に合わせてくねくねさせて……、
「も、もういいでしょ。だから嫌だったんだ……」
「……なるほど、それで八色さんは壊れていたんですね。あと、突っ込みがもとの切れ味に戻っているのでとりあえずは大丈夫そうですね」
「……僕の心の傷は取れないと思いますけど」
パソコンをそっと閉じて、再度マットレスにタオルを当てる。……まだクエン酸噴射したほうがよさそうだな……。
「……大丈夫です。八色さんがどんな性癖を持っていても、私、気にしませんから。女の子のおもらしを見て興奮するような性癖だとしても、私、受け入れますから」
「わざわざ読み上げないでほんとに致命傷の上にオーバーキルだからっ」
「……いいんですよ? 井野さんは泣いちゃいましたけど、私だったら八色さんがご満足するまで」
「……僕が言うのもなんだけど、水上さんもっと自分を大切にしたほうがいいよ。ほんとに……。僕だって現実と虚構の区別はつくからね、現実の子にそんなこと要求しないからねほんとに」
「……二次元の子にだったら要求するんですか?」
「そういう問題じゃねえ」
一体いつの近未来の道具だよ。そのうち開発されそうだけどね、性癖ピッタリにエロいことしてくれる二次元のなんちゃらとか。VRがあるんだったら、ねえ?
で、ほら、こうなる。水上さんに僕の性癖ばらすとこうなる。……そのうち僕の家に宅配で尿検査のキットが届くんじゃないだろうか。使用済みの。水上さんならやりかねない。着信拒否の要領で宅配拒否とかってできないのかな。水上さんからの荷物は事務所通してからで、でもいい。事務所ってどこだよ……。
「それで……井野さんのことを抱きしめていて眠っていたのは?」
「そ、それはほんとに何も覚えていないんだって、け、決してわざととかじゃなくて、事故なんだって」
「……今度から監視カメラも設置すべきでしょうか」
「も、って何、も、って」
「いえこっちの話ですー」
……やっぱり家のどこかにまだ盗聴器があるんだな。ひとりのときに徹底的に洗わないと。隅から隅まで掃除する勢いでいこう。
気が遠くなりつつも再びクエン酸をマットに撒く。だいぶ匂いも取れてきた。
「……八色さん、そんなに鼻近づけて匂い嗅ぐなんてやっぱり」
「違うから、単に掃除しているだけだからっ」
もう嫌だ。このネタでいじられるの嫌だ。
「……とりあえず、一連の流れは理解しました。井野さんが落ち着いたら、また続きを話しましょう」
続きって? まだ僕のメンタルブレイクしてくるんですか? 井野さんなんてもう家帰ったほうがいいんじゃ……。
「……わ、わかりました……」
でも、拒否すると面倒なことになりそうなので、受け入れることに。
……とりあえず、マットレスの後処理は終わってもいいかな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます