第83話 桃色の思考回路

 それから、とりあえず顔を洗ったり着替えをしたり、言っていた美穂の荷物が届いたのを受け取ったりして、することがなくなったので先日浦佐が宅配テロで持ってきたゲーム機で遊ぶことに。……ソフトはゲーム愛が強い浦佐がいつも肌身離さず持っているため問題なく、コントローラーの数も同様の理由で四つ揃った。……プロコン何個持っているんだ浦佐……。持ち歩きに一個、僕の家に置いていった一個、自宅に……?


 細長くて小さいのを僕と井野さん、大きくて持ちやすいプロコンを浦佐と美穂が使って、遊んだのはこの間遊びそびれたパーティゲーム。


 最初、ゲームハードを目にした瞬間、

「わぁ……お兄ちゃんこれ持っていたんだあ、いいなあ」

 と僕のすぐ隣で感動の眼差しを向けていた。……ああ、うちの親、ゲームはなかなか買ってくれなかったからね。


「……いや、これ僕のじゃないんだ」

 しかし、それとこれとは話が別だ。事実は事実として伝えないといけない。僕がそう言うと美穂は不思議そうに顔を呆けさせ、

「じゃあ、誰のなの……?」


「今我が物顔で人の家でくつろいでいる見た目小学生の高校三年生のこいつのだ」

 精一杯の皮肉をこめて、ベッドの上でごろごろしている浦佐をそう形容してやった。ほっんと、遠慮がないなお前は。

「ちょっ、どういうことっすか太地センパイっ。見た目小学生って」

 反応よくベッドの上に飛び跳ねるように正座してわーぎゃー騒ぐ。


「……そういうところが小学生なんだよ……」

 僕が浦佐に冷めた目を向けると、同じように美穂が僕にジト目を差し向けてくる。

「でも、どうして浦佐さんのゲームがお兄ちゃんの家にあるの?」

「た、確かにそうですね……前お家にお邪魔したときはなかったのに……」

 美穂に限らず、床にちょこんと座っている井野さんまで疑問を口にする。


「そ、それはたまたまこれの三台目が懸賞で当たっちゃって、置く場所がないから太地センパイの家に置かせてもらってるっすよ」

「……自分のゲームを他所の家に置くなんて、よっぽど仲が良いんだね、お兄ちゃん?」

 どうしてそれで僕がそんな目をされないといけないんだ。僕は被害者だぞ。


「も、もういいだろ? とりあえずゲームしようよ、うん」

 これ以上の追及は身が持つ気がしない。と、いうことで、ゲームを始めたのはいいのだけど。


「……むう」「……えっと……えっと……」

「あ、6出た、ラッキー、これでお兄ちゃんも☆の数で追い抜けるねー」

「…………」

 美穂が嬉しそうに言うなか、座っているのは、僕の膝の上。……膝枕の次は、膝椅子ですかね。あぐらをかいている僕の足と足の間に美穂の身体がすっぽり収まっている。


 それを複雑な面持ちで見ている高校生ふたり。

「……あ、あの、八色さんと妹さんって、いつもそんな感じで仲が良いんですか?」

「そ、そんな感じって……?」

「……ひ、膝枕とか、こういうふうに足の間に座ったりとか……お、同じ布団で寝たりとか……い、一緒にお風呂に入るとか……」

「…………」

「うん、そうだよー。昨日も一緒にお風呂入って洗いっこしたんだー」

「ひ、ひゃう……。あ、洗いっこって……もしかして、や、八色さんの八色さんも」


 顔真っ赤にして何聞いているんだこのむっつりスケベは。ベッドの上の浦佐がドン引きしているぞ。

「……円ちゃん、四つ年下の子になんてこと聞いてるっすか」

「……絶対にそこだけは洗わせてないから安心していいよ」

 なんで僕はこうも下の話をしないといけないんだ。


「いっ、いえ、この間読んだ漫画にそういうシーンがあったので聞いてみただけです……」

 だから普段からどんな漫画読んでいるんだ。それR指定かけなくていいんですか?

「……ま、円ちゃん……?」


「うーん、でも、お兄ちゃんのシャンプーとか、身体洗う手、結構気持ちいいんだよー?」

 膝上に座る美穂は、井野さんのほうを振り向いてそう話す。「気持ちいい」の単語に反応してしまった井野さんは、持っていたコントローラーを落としてしまう。


「きっ、気持ちいい……って、や、八色さんもしかして……」

「……サイテーっす、太地センパイ」

「何を考えているかは想像したくないけど、井野さんが思っているようなことは絶対にしていないからね」


 それは普段あなたがひとりでやっていることでしょうが、という雑な突っ込みも入れそうになるけど、それは美穂の前だから言わないでおく。……中二って結構ギリギリなラインだと思うけどね。男ならもう覚えている頃だろうけど。

「?」

 美穂はなんのことかわからないようで、小首を傾げている。……いや、いい。どうかそのまま健全に育っておくれ。


 というようにしばらくの間胃に悪い会話をして、ゲームを続けた。途中、美穂が僕の足の上でもぞもぞとお尻を動かしたりするものだから、否応にもなんか反応しそうになるのを、井野さんと浦佐にばれないように必死に堪えるのが大変だった。格好だけ見れば、……背面座位みたいなものだし。


 時計を見ると、いつの間にか午後になっていたようで、そろそろバイトに出かけないといけない時間になっていた。

「……ごめん、そろそろ僕バイトに行かないと」

 おもむろに切り出すと、美穂は不満そうに顔に風船を作る。


「ええ、お兄ちゃん今日もバイトなのー?」

「……うん、いや、僕今週五でシフト入っているから……」

「私と仕事、どっちが大切なの?」

 ……まさか定番のこの言葉を妹の口から聞くとは思わなかった。


「……いや、比べられませんってそのふたつ……」

「えー、でもまだ私このゲームしてたいし……」

 名残惜しそうにテレビに映るゲームの画面を眺めている美穂。かなり気に入ったようだ。普段家ではゲームできないからこそだろう。そんな妹の様子を見た浦佐が、名案を思いついたと手をパチンと叩き、


「じゃ、じゃあっ、自分が一緒に留守番するっす、それでいいっすよね?」

「えっ。あ、だ、だったらわっ、私もっ」

 井野さんもそれに続く。


「でも、僕が帰るの十一時とかになるよ」

「だ、大丈夫っす、親に連絡すれば多少遅くなっても平気っす」

「わ、私も……お母さんに言えば……きっと」

 井野さんの場合あのお母様ならむしろ「鍵閉めて家入れないようにするわー」とか言いかねない。


「……なら、まあ構わないけど……」

 僕は勉強机に置いていた普段使いのカバンを肩にかけて、ふたりに言う。

「僕の部屋を勝手にあちこち漁ったりしないでよ……?」

「そ、そんなことするはずないじゃないっすかー」「…………」

 棒読みの浦佐と、ひたすら首を縦に振る井野さん。

 ……不安しかない。これ。

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