第81話 イエスブラコン、ノータッチ

「あ、お兄ちゃん来た来たー。じゃあ、そこ座ってねー。身体洗ってあげるー」

 すりガラスの浴室の扉を開けると、美穂が両手にボディソープをつけて泡立てていた。顔の方向は椅子を指している。


「……あの、えっと」

「ほらー、早く早くー」

「わ、わかったよ……」

 言われるがままに僕は椅子に座る。すると、美穂の柔らかい手が僕の肌を優しく擦り始める。……最初は背中だ。


「こうやって洗ってあげるのもお兄ちゃんが家出る前以来だねー。どう? かゆいところあるー?」

 無邪気な笑みを作りながら、美穂は背中から肩、腕に足と隅々まで泡を回していく。

「……だ、大丈夫かな……」


 実家でお風呂に入っていたときも、こうやって洗ってもらうことはあった。でも、そのときはまだ美穂は小学生だったし、ギリギリ許容範囲みたいなところは……ないよね。なんかもうこれいけないお店のいけないサービスみたいになっているし。

「そうー? ならいいんだけどー」

「…………」


 美穂の手つきに悶々としつつ下半身に力を込めて決して反応させないように努める僕。……お兄ちゃんの威厳としてね。

「はーい、じゃあ背中側は終わりだよー。次反対向いてねー」

「……反対?」

 数分して、ひと通り背中を洗ってから放った美穂の言葉を、間抜けにも僕は繰り返してしまった。


「そうだよー。ちゃんと反対も洗わないとー」

「……いや、さすがにそっちは自分で──」

「昔は反対側も洗ってあげてたよー? はい、ぐるーっと」

 僕の抵抗むなしく、美穂は椅子を時計回りに回転させて、目と目が合うように正対する。浴槽に溜まったお湯の湯気があるものの、もろ美穂の全裸が目前に映ってもう毒だ。


「ふんふふんふふー♪」

 妹は楽しそうにリズムを取りながら、引き続き僕の胸とかを泡の混じった手で擦ってくる。

「あ、あの……まさかとは思うけど、学校でもこんな感じじゃ……ないよね?」

「まさかー、お兄ちゃん以外にこんなことするわけないよー」

 ……一緒にお風呂とかは絶対にないって信じているけど、学校でもこんなテンションなのかとふと心配になって聞いたみたけど、どうやらそういうわけでもないみたいだ。


「はい、お兄ちゃん。そこのタオル取るねー」

 流れるように美穂は右手を僕の股間にあてがっているタオルに伸ばし、それを取ろうとする。

「ちょ、ちょ待って待ってストップ」

「どうかした? ちゃんとここも洗わないとばっちいよ?」

 きょとん顔で顔を傾ける妹に、僕は説得を試みる。……さすがにこれ以上は倫理的にアウトだ。アウト過ぎてアウトになる。


「そ、それはそうだけど、ここは自分で洗うから、ねっ?」

「そう? なら仕方ないかなあ」

「うん、うん。それがいいと思うなお兄ちゃん」

 急いで僕は反対を向いて、タオルにボディソープをかけてそこを洗う。……断っておくけど、僕のを美穂に洗わせたことは一度たりともない。断じてだ。そんなことする兄がいてみろ。一瞬で通報してやる。


「それじゃあ次はシャンプーだねー。ごしごしするよー」

「……は、はい……」

 結局、妹の甘々空間に抗うことはできないまま、なんとか大事なところだけは死守してシャンプーまで終わった。

「はい、それじゃあ、次は私の番だねー」

 シャワーで僕に残った泡を落とし、僕が椅子から立ち上がると、すぐに美穂は空いた椅子に座って僕にボディソープのボトルを手向けた。


「……へ?」

「言ったでしょー? 洗いっこだって」

「……やらないとだめですか?」

 湯船に伸ばしかけた足を止め、ぎこちない口調で確認するけど、


「……私はお兄ちゃんのこと洗ってあげたのに、お兄ちゃんは私のことごしごししてくれないの……?」

 美穂が半ば涙目になりつつ(どうせ嘘泣きなんだろうけど)そう訴えるものだから、

「……ああもう、仕方ないなあ」

 結果、こうなる。


 速報。八色太地二十二歳。八つ年下の妹の身体を洗うことになりました。内容はさっき美穂が僕にしたものとほぼ同じです。妹の膨らみかけの胸もがっつり触ることになりました。危うくそれ以上のところも洗わさせられたので、必死に抵抗しました。それは本当にプレイの一種になるから駄目です。まる。

 ……実家帰りたいよ。二週間だけ。水上さん以上に身が持つ気がしない。


「あっ、サイダーあるー。飲んでいいー?」

「うん……いいよ、なんでも飲んでいいよ……もう……」

 お風呂上がり、気が飛びそうな僕は適当に美穂の言葉に相槌を打つ。……もうこのままいっそ妹じゃなかったらどんなに楽だっただろうか。とんだ生き地獄だよ。……これなら水上さんのほうがまだマシだ。


「わーい」

 台所のほうから炭酸の気が抜ける心地よい音が響く。それとは対照的に、僕は気がめちゃくちゃ重い。


 最悪水上さんだったら繋がっちゃっても法的に問題はない。血が繋がっていないから。水上さんのご希望通り僕の子供を妊娠しても倫理的にはセーフだ。

 でも美穂はそうもいかない。がっつり近親相姦だ。そんな歴史の世界じゃないし、それこそ総理大臣に法改正でもしてもらわないといけない。どっかのブラコンライトノベルに出てきそうな台詞だな。ちゃんと読んだことはないけど。


 ベッドに横たわって、置いていたスマホを見る。すると、

「げ……」


不在着信:水上 愛唯 58件

水上 愛唯:新着メッセージがあります。その他50件の通知


 ……僕がお風呂に入っている間に鬼のような着信履歴が。

 おっかなびっくりまずラインの中身を確認すると。


水上 愛唯:妹さんとお風呂入るとかなんとか言っていたみたいですけど

水上 愛唯:まさか本当に入ってないですよね?

水上 愛唯:八色さん、既読つきませんし電話も出ませんけど

水上 愛唯:だめですよ、井野さんや浦佐さんもですけど、妹さんは

水上 愛唯:もっと駄目ですよ

水上 愛唯:倫理的にえっちできない相手ですからね八色さん


「………」

 前言撤回する。

 どっちもどっちだ。

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