第79話 ブラコンとヤンデレ、混ぜるな危険

 どうしよう……。今は八時過ぎだ。閉店までまだ一時間半はある。高校生ならまだ外にいても気にならないけど、美穂はまだ中学生だ(見た目が高校生でも通じるのがまた問題)。ましてやここは新宿だ。何かあったらとんでもないことになる。


「……九時半閉店で、何もなければ十時にはお店出られるから、それまで近くのファミレスで待ってて、迎えに行くから」

「はーい。わかったー」

 そう言うと、恐らく少女漫画一冊入ったレジ袋を片手に、素直に美穂はレジから立ち去ろうとしたのだけど、

「あっ、そうだお兄ちゃん。帰ったら昔みたいに一緒にお風呂入ろ―ねー」


 したり顔で問題発言をかました美穂は、それだけ言っては僕の追撃を待たずして逃げるようにエスカレーターを駆け下りていった。……エスカレーター駆け下りると壊れるからやめて……。割と本当に。すぐ変な音出して止まるんだから。

 そんなことより。


「……妹と、一緒に、お風呂……っすか」「……八つも年下の妹さんと……お風呂……」

 最後に投下しやがった美穂の爆弾にあてられた井野さんと浦佐が変なテンションになっている。


「ちっ、ちがっ。実家出たときはまだ小学生だったし、別にそんなつもりはっ」

「小学生って言っても五年生とかじゃないですか。……もう思春期入ってもおかしくない時期ですよね、太地先輩」

 ……その敬語やめて。なんか刺さる。


「じっ、実妹ですよね? 実は義妹でしたとかそんな事情はないですよね? 八色さん」

「れっきとした実妹だよっ、血は繋がってるって」

「……じ、実妹との禁断の恋……? だ、だから彼女作らないのかも……?」

「どうしてそっちの方向に考えが至るんだよあるわけないでしょ」

「あっ、もしかして八色さんが国文学を専攻しているのって……近親相姦を題材とした古文を読むことで妹さんへの」

「だからそこから離れて」


 ……美穂のせいで一気にボケがマシンガンのように発射されてしまう。突っ込み担当僕しかいないんだからやめてくれ、復帰後そうそう酷使するなあ……。

「……で、でもあの妹さん……ものすごく八色さんに懐いていましたよ……? 中学二年生とは思えないくらい」

 その疑問はもっともだと思います。


 というか、そもそも八歳差の妹ってなかなか珍しいと思う。……少々あれな話だけど、両親頑張り過ぎでは。

 ふたり兄妹で育った僕と美穂だけど、八つも離れていると、子供特有の妹・弟に対する嫉妬という感情はさほど生まれず、美穂が零歳の頃からそれなりに可愛がってきた。僕が中学生になるころにようやく美穂が幼稚園に通う時期になった。……幼稚園や保育園、もしくは小学校低学年に学生のうちに職場体験とか行く人はわかると思うのだけど、五歳くらいの子供って「お兄ちゃんお姉ちゃん」が大好きなんだ。基本的に。色々な遊びに付き合ってくれるし、面白いこともしてくれる。


 そんな時期に僕がちょうどいい「お兄ちゃん」の年齢だったのが影響して、美穂はとても僕を気に入った。「将来はお兄ちゃんのお嫁さんになるー」というようなある種定番のお言葉も聞くことができた。それはよかったのだけど、おかしいとなんとなく気づき始めたのは美穂が十歳になるくらいのときから。


 友達の話を聞く限り、一般的な兄妹というものは年が深くなるにつれて仲が険悪になるらしい。二、三歳差なら尚更。

 八歳差にそれが適用されるかどうかは知らないけど、十歳にもなれば反抗期が始まって多少なりとも生意気になるはずだった。


 ……ただ、それでも美穂は僕にべったりしたままで、むしろエスカレートするようになった。お風呂なんてほぼ毎日一緒に入らされたし、週に数日は同じ布団に潜り込んで来たり。

 実家出るって決まったときは物凄い勢いで泣きつかれたし。中学入ってから買ってもらったスマホで、定期的にラインが来るし。


 それでも、数年間会わなかったことで、美穂も兄離れできたのではと期待したのだけど……それは叶わなかったようだ。

「……まああれだよ。美穂は……少しブラコンなんだ」

「……太地センパイも大概ギャルゲーの主人公ポジっすよね」

 浦佐はするとすーっと僕から距離を一歩離して、猛烈な勢いでラベルを本に貼っていく。


「……意外でした……八色さんがシスコンだったなんて」

 井野さんも同様に、浦佐がラベルを貼った本をてきぱきと箱に詰めては、数量を記載していく。

「ちょっと待って。いつから僕がシスコンになった」

「「だって、八色さん(太地センパイ)、すっごく優しい表情してたので(してたっす)」」

「…………」


 ぐうの音もでなかった。いや、妹は可愛いよ。そう思って何が悪い。……それがシスコンってことなのかね……。

「さ、仕事に戻るっすよー円ちゃん」

「う、うん……そうだね……」

 ……お前らほんとに仲良いんだな。結構なことで。


「な、なんとか閉店までに全部終わった……手首痛い……」

 営業時間も終了するタイミングで、ノルマの10オリ加工は完了した。これだけやれば文句は言われまい。

 ひいひい言いつつ消化した仕事に一定の達成感を抱きながら、閉店作業を進め、それも終了。


「そ、それじゃあ僕美穂迎えに行かないとだからっ、先っ──」

 お店の通用口の鍵も閉めて、僕は井野さんと浦佐にそう告げて先に階段で降りようとしたのだけど。

「わっ、私も……つ、ついていっていいですか……?」

「えっ? あっ、な、なら自分も行くっす、センパイ」

 右腕を井野さん、左腕を浦佐が掴んで、僕を引き留める。


「で、でもファミレス行って美穂を回収して家帰るだけだよ?」

「え、えとえと、ちょ、ちょっと妹さんとお話してみたいなーって……思いまして……」

「そ、そうっす、あんなべったりさせるわけ……んん、気になるっすしね妹さんのこと」


 薄暗い従業員専用の廊下で女子ふたりに囲まれる僕。そこでスマホが着信を知らせる。画面を見ると、水上さんだ。…………。

「もしも──」

「や、八色さんっ、私がいない間に妹さんが東京にいらしたって聞いたんですが、本当なんですかっ?」

 もしもしを言い切るより先に水上さん怒涛の追及が放たれる。


 ……一体どうやって知った。誰から聞いた。このふたりからか? それとも聞きたくもない方法でか? ……聞きたくないからいいや。

「……本当だよ」

「まっ、まさかしばらくの間お泊りするんじゃ」


「……二週間、東京で過ごすってさ」

「……く、くっ、ど、どうにかしたいけど……今テスト期間だし……うーん、うーん……」

「それじゃあ切るね、おやすみー」

「ああ、八色さん待っ」

 ……大人しく勉強して単位確保してください、水上さんは。じゃないと面倒なことになりそうだ。美穂と水上さんが会うと……アウトになりそう。何かと。

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