第77話 いじりネタはほどほどに

 二週間も休むと色々お店の状況は変わっているもので、棚の中身は大分入れ替わっていた。本はさすがに種類と量が多すぎて全部は把握できないけど、ゲームソフトは簡単に変化するからわかりやすい。……超人気ゲームとか発売一週間で在庫量えげつないことになるんだよね。二週間もかかれば火を見るよりも明らかだ。……みんながみんな「飽きて・プレイし終わって」売っているなら問題ないんですけどね。まあ、そこは置いておいて。


 久しぶりの出勤も何事もなく終えることができた。僕には、何事もなく、ね。こう言うだけで小千谷さんには何かあったんだろうなって想像がつくだろうからもう便利だ。……住所漏洩の恨みをたった一度で晴らせると思うなよ。


「はぁ……今日も佳織来たよ……ここ最近俺がいる日毎日来ているんだけど、何か知らないか八色」

 閉店後、浦佐が更衣室で着替え終わるのを待つ間に、僕と小千谷さんは外で着替えてしまっている。まあ、浦佐だしいっか、的なノリで。水上さん、井野さんの場合は怖くてそうもいかないけど。


「さすがに僕は知らないですよ、ひとりのお客さんの来店理由なんて」

 僕が呼んでいるんですけどね。ええ。

「まさかとは思うけど、お前が呼んでいる、とかそういうオチはないよな? この間みたいに」

「…………」

 その問いに対して着替える手を止めて敢えて無言の間を作る。


「おまっ、その沈黙はなんだよっ、やっぱり八色の仕業なのか? そうなのか?」

「人の家の住所勝手に教えておいてよく言いますよ。おぢさん」

「なろっ、やっぱり八色だったのか……! こんちくしょう……! 今日という今日は飲みに付き合ってもらうからな……! 一杯奢れよ!」

「はいはい、約束でしたからね、奢りはしませんが」

 どうせ明日は普通に休みだ。酒を入れても問題はないだろう。


 そうしているうちに、浦佐が着替え終わって高校の制服姿で出てきた、が。

「出ましたっすよーって……な、なんでおぢさんと太地センパイ裸なんすかっ」

 着替えの途中だった僕と小千谷さんから目をしっかり逸らしつつ指をさして抗議している。……どこぞのむっつりさんと違ってちゃんと逸らしている。


「なんでって、今日暑いしさっさと着替えたかったし、お前いつも外で着替えていても無反応だったからいっかなーって」

 小千谷さんは悪びれもせずそう言い、構わず汗拭きシートで体を拭いている。


 実際、今まで浦佐はこういう場面に出くわしても反応しなかった。せいぜい「さっさと着替えてくださいっすよー」が関の山だ。だと言うのに……、

「そんな珍しい話でもないし、お前こそどうした、急にそういうらしい反応し始めて」

「そっ、そそそれは、べっ、別になななんでもないっすよ」


「噛み噛みじゃねーか。そういうキャラは井野ちゃんの担当じゃなかったか?」

「じ、自分だって噛むときくらいあるっすよっ」

 ……なんやかんやでゲーム以外に対しては何かと冷めた反応が多い浦佐がこのリアクションだからなあ。


「……ふーん。ふーん。ふぅぅーん」

「な、なんすかおぢさん。その反応は……」

 小千谷さん……楽しんでやがるな。

「いやあ、毛も生えてない子供が急に色気づいてきたなあって思ってさ」

「…………」


 なんだろう、とてつもなく嫌な予感がする。空気が止まったよ。

「え?」

 小千谷さんの、きっとこれはジョークのつもりだったのだろう。いつもの浦佐なら「何言ってるんすか、セクハラっすよおぢさん」と返してくれると予想していたのだろう。でも、どうやら今日の彼女はいつも通りではなかったようで、浦佐はわなわなとぶら下げた右手を震えさせて急に走り出してしまう。


「そ、そんなこと言わなくてもいいじゃないっすかあああ!」

 スクールバッグを肩にかけて、お店を後にする。残された僕と小千谷さんは、何度目の見つめ合いを挟んで、まじまじと浦佐の後ろ姿を目で追う。


「……もしかして、マジだった?」

「……みたいですね」

 なんだよこの会話。エロに目覚めた男子中学生かよ。小千谷さんの思考レベルはそうかもしれないけどさ。


「嘘だろ? あいつそろそろ十八の誕生日来るよな? へ?」

「というか、その台詞って娘との交際の許しを請いにきた男に言うやつですよね? 『お前みたいな毛も生えそろってない奴に娘はやらん』みたいな。……年頃の女の子に使う言葉じゃないですよさすがに……」

「……なんて言うか、あの身長で生えてないって、ほんとにマニアには需要ありそうな奴だよな……浦佐って」


 私服の黒シャツに着替えた小千谷さんが、わざとらしく低いいい声で呟く。やめろ、イケボでそんな卑猥なこと口にするな。イケボは中身もイケメンでないといけないんだ。多分。……って井野さんとか言いそう。


「それ、絶対本人の前で言っちゃだめですからね。いつか刺されますよ」

「さすがに言えんわ……。身長以上にコンプレックスになるぞそんなの」

「津久田さんに言ってやろうかな。小千谷さんが浦佐泣かせたって」

「それは絶対にやめろ。佳織、浦佐のこと気に入っているんだから」

「じゃあもうあんな発言はしないことですね」


 僕も制服から私服のTシャツに着替え終えて、帰り支度を終える。

「はいはい……今度何かジュースでも奢って謝っておくよ……そんじゃ、飲みいこーぜ。いつもの店でいいよな?」

 嘆息とともに荷物を背負って、小千谷さんはエレベーターに向かいだす。

「大丈夫ですよ、それで」

 僕もそれについていくようにして、お店から出ていった。


 小千谷さんとの飲みはそれなりに長くなった。まあ、長い間勤めていればそれなりに店に対して思うこともあるわけで。それを吐き出すような形で長々と話をするわけだ。……吐き出せる相手、僕しかいないからね。まさか入りたての水上さんに愚痴るわけにはいかないだろうし。


 グラスを三杯くらい空けたところで、お互い酔って来たので解散することにした。酔いつぶれた男を介抱する趣味は持ち合わせていないし。

「そんじゃ、また飲みいこーなー八色―」

 歌舞伎町周りにある居酒屋から出て、僕はJR、小千谷さんは地下鉄へとそれぞれ家路につく。


「ちゃんと明日出勤してくださいよ、小千谷さん」

「わかってるってー」

 ……あなた前科あるからなあ。二日酔いがひどくなって出勤できませんって事案がひとつ。二年くらい前の話だけど。


「それじゃ、お疲れ様でした」

「へいお疲れー」

 ……結構酔っているけど大丈夫だろうか。まあ、いいや。明日電話がかかってこなければ何もないってことだろうし。かかってきたときはかかったときだ。


 終電間近の新宿駅に入り、綺麗にラストの電車に乗り込む。

 ……にしても、今日の浦佐はらしくなかったなあ……。昨日の一件といい、なんかおかしいというか……。うーん……。

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