第76話 なんやかんやで一番初心な彼女

「せっかくゲーム機がここにあるわけっすし、ちょっとだけゲームやってくっすよー」

 ベッドから降りた浦佐は、また勝手にゲームとテレビをコードに繋いで、起動する。この間と同様に、僕には緑色のコントローラーを渡し、自分は制服のポケットから別のコントローラーを取り出す。


「……コントローラー、持ち歩いているの?」

「へ? あ、これはそうっすねー。やっぱりコントローラー触ってないと感覚が鈍るんで、授業中とかもこっそりいじってるっす」

 ……ボールに触れないと落ち着かないスポーツ選手かよ。授業中にスマホをこっそりいじる高校生は聞いたことあるけど、ゲームのコントローラーだけをいじる奴は聞いたことない。


「……まあ、はい。好きにしてください……。で、今日は何をするんだよ」

「最近発売された、世界のボードゲームで遊べるソフトを持ってきたっす。それをやるっすよー」

「……へいへい」

「このゲーム、ふたりが一番たくさんのゲームで遊べるんすよー。ちょくちょく配信や動画アップするのにオンラインで対戦もしたりするんすけど、こういうのはリアルで友達とやるのが一番楽しいっすから」

「……そりゃどーも」


 浦佐は再びベッドの上に寝っ転がり、カチカチとコントローラーを操作して遊ぶゲームを選んでいる。

 トランプにオセロ、将棋といったものから全然知らない世界のゲームまで色々ある。……なんだ聞いたことないぞそんなゲームというものまであり、それはそれで面白そう。

「とりあえず、オセロからやってくっすよー」


 と、かれこれ一時間くらいテレビゲームでボードゲームを遊んでいたのだけど……。

 こう、ゲームの操作の技術が必要ないから、普通に得手不得手が如実に現れるというか……。

 オセロとか大富豪、将棋、チェスといった思考を必要とするゲームは浦佐は苦手としていて、大抵僕が勝った。


 テキサスポーカーやブラックジャック、あとサイコロを使うような運が絡むゲームはそうもいかず、浦佐と僕が五分五分の結果に。

 ……要は、僕が勝ちこしてしまったわけだ。するとどうなるかというと……。


「……ぅ、うう……ずるいっす、自分の頭の回転が遅いのをいいことに頭を使うゲームではほとんど勝つなんて」

 案の定、ベッドの上で正座したままうるうると涙目を浮かべている。


「……逆に、考えなさすぎなんだよ。オセロも完封だったし、チェスも将棋もあっという間に終わったし……」

「おっ、大人げないっすよ太地センパイ。少しは手加減するっす」

「普段子供扱いすると怒るくせにこういうときはそれを要求するんだな」

「……違うっすよ。子供扱いで怒っているんじゃなくて、子供みたいって言うと怒るんす」

 知らないよそんなこと……。


 ふと時間を気にすると、時計は六時を指している。……晩ご飯もそろそろ気にしないといけないかもなあ。

「まだ、まだっすよ。こんなんじゃ終われないっすー」

 しかし時間なんて気にしていない浦佐は小休憩を挟み、再び僕に勝負を挑んでくる。が。


 理論ゲー、運ゲー問わず、その後も僕が七割くらい勝ってしまい、最後の最後には、

「……う、うわああん、センパイがいじめるっすよおおおー」

 ベッドの上でバタバタと暴れはじめる。ベッドの端から端まで動き回るものだから、側に座っている僕にちょくちょく足が当たる。


「……い、いだいからやめて。あと騒がないで」

「ううわあん、ぎゃっ」

 すると、その拍子にベッドから浦佐が落下して、すぐ側に座っていた僕に激突する。いきなりの出来事に僕は驚いてしまい、なすがままに倒れてしまう。


「ちょ、う、浦佐……」

 背中を床につけ、浦佐がそれに乗りかかるような体勢になってしまう。

「あ、ぁ……」

 普段から身軽だ身軽だと思っている浦佐が、いざ僕の体に体重を乗っけても、全然重さを感じない。……こいつどんだけ軽いんだ?


「す、すみません……じ、自分つい……」

 イチゴみたいに顔を赤くした浦佐は、珍しく敬語でそう呟いて、ゆっくりと立ち上がって離れようとする。


 ……なまじっかさっきまで涙目を浮かべていて、それでいてこの格好だ。

 身長は多分140くらいだろう、それに釣り合うくらいの軽さで、髪型も男子に近いようなショートヘア。とは言うものの、こいつも一応高校三年の女子なんだよなあって……。

 普段は適当なことばっかり言っているのに、今は純粋に顔色を濃く染めてもじもじと恥ずかしがっている。


「も、もういい時間なんで、自分そろそろ帰るっすー」

 とてとてと起き上がっては床に置いていたカバンをひったくって、逃げるように家を飛び出していく。

「あっ、おまっ、ソフト持って帰ってって……あいつ」

 僕がそう声を掛けたときにはもう遅く、玄関の扉は閉められた後だった。


 翌日、二週間ぶりの出勤だ。この日のシフトは僕と小千谷さんと浦佐。毎度おなじみヤバい奴らシフトの日だ。

 到着は一番僕が遅かったみたいで、既に浦佐はゲーム、小千谷さんはスマホをいじっている。

「お疲れ様です……」


 スタッフルームに入るなり挨拶すると、この世の救いを見つけたかのような顔をした小千谷さんが駆け寄ってきて、

「おお八色、待ってたぞ、お前の帰還を」

 がっちりと肩を抱いてくる。


「……そんな勇者みたいに言わないでくださいよ」

「お前がいない間お店大変だったんだぞ……? 俺の仕事増えるし、俺の負担増えるし、佳織がめっちゃ店に来るし」

「全部自分のことじゃないですか。……あ、浦佐」


 絡みがうざったくなってきたので、小千谷さんを引き離して、座ってゲームをしている浦佐に昨日忘れていったゲームを僕は手渡す。

「慌てて帰って忘れていったよ……これ」

「ど、どどどどどうもっす……」

 浦佐はそれを受け取ると、急に立ち上がってゲーム機を放りだしては慌ただしくトイレに駆け込んでいく。


「う、ぅぅぅー」

 僕と小千谷さんは、彼女のその様子を見て、いつかみたいにまた顔を見合わせる。

「どうかしたのか? 浦佐。女の子の日か?」

「……小千谷さん、それはさすがにデリカシーなさすぎます」

「そそ、そうっすよおぢさんっ、軽々しくそんなこと言ったらだめっすよっ。それに違うっすよ」


 ……お前もトイレのなかから会話を聞いて返事をするな。

「……へー……これはなんか面白くなりそうだなあ、八色?」

 なんでそこでにやりと意味深な笑みを作る、小千谷さん。

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