第75話 宅配テロにもご用心

 水上さんとプールに行ってから数日。二週間の有給休暇はあっという間に過ぎていき、今日で最終日となった。明日からはまた、もとの社畜バイトとしての日々が始まる。


 ストレスフリーな時間は本当に素晴らしい。出勤しなければ一日にひとりは会う嫌なお客さんにも関わらずに済むし、二週間にひとりはいるヤバイお客さんにも会わなくて済む。

 胃はすり減らずに済むし、それでいて給料は入る。なんて夢のような制度なんだ有給休暇とは。これを思いついた人は天才だと思う。うん。


 なんて柄になくハイテンションなことを考えながら僕は積んでいた本を読み漁っていた。そうそう、念のため部屋に盗聴器の類がないかだけ改めたけど、それらしきものは見当たらなかった。僕の気のせいだったのか、それともこの間の不法侵入で回収したのか。単に僕が見つけられなかっただけなのか。まあ見つからなかったからいいや。


 休暇も今日でラストだし、キリのいいところまで本は読み進めたいな……。

 朝からそんな調子で過ごしていると、正午も回って少し経った午後のひとときに、ふとインターホンが鳴らされた。

 その音に反応した僕は、ベッドの上で一瞬だけ動きを固める。


 ……いや、ここ最近来客にいい思い出がないから。

 浦佐・井野さんのアポなし訪問に水上さんの不法侵入。大学の友達がAVとBLアニメを忘れていったり、その他諸々。

「はーい、今出まーす」

 やや疑念を抱きつつもドアを開けると、予想とは裏腹に玄関先には配送業者のお兄さんの姿が。


「八色太地さん宛てに、宅配便でーす。お間違いなければサインお願いしまーす」

「は、はい……ありがとうございます……」

 ……何か頼んだっけ? 実家からそれとも差し入れか何かか? たまにお菓子やカップ麺が送られてくることもあるし。……そこは自炊しなさいよとか、野菜も食べなさいよとかじゃないのかって思ったりもするけど。


「ありがとうございっしたー」

 帽子を被ったお兄さんは立ち去っていき、僕は荷物を持って部屋に戻る。

 差出人の名前を見ると……。

「……浦佐じゃねえかよ。一体何をするつもりだ……?」

 さらに中身はゲームハードと記載されている。


 ……誕生日はとうに過ぎているし、クリスマスにしてはあわてんぼう過ぎる。第一、あいつは見た目的にまだプレゼントをもらう側だろう。言ったら怒られそうだけど。お中元もちょっと早いし、第一そんな義理を通される覚えもなければ通す奴でもない。


「……明日、シフト被るからそのときにでも聞くか」

 そう決めて、念のため梱包された箱は開けずにそのままにして僕は再び読書に勤しみ始めたのだけど。

 それから三十分くらいして。

 またまたインターホンが鳴り響いた。


 ……浦佐からの荷物、そして来客。嫌な予感しかしない。

「……なんでしょう……って」

 玄関を開けると、今度は予想通り。にへらと軽い笑みを浮かべた高校の制服を着た浦佐が目の前に立っていた。


「どうもっす」

「帰れ。ここは児童会館ではない」

 すぐにドアを閉めて鍵をかけるも、お決まりのチャイム連打が発動。

「ああ、ちょっと閉めるなんて薄情っすー。開けるっすよ太地センパイー」

 ……いや、結局こうなることはわかっていた。チャイム連打音って実は結構お隣にも響くもので、長時間放置すると怒られる。だから浦佐を家に上げるしかないのだけど。


「……浦佐、学校帰りに来るとか暇人なの……?」

 仕方なくドアを開けて、アポなしで当然のようにやって来る高校生を家に入れる。

「暇じゃないっすよー。何言ってるんすかセンパイー」

「じゃあまっすぐ家に帰れよ……」

 部屋に通すと、前回と同じようにこれまた当たり前に浦佐は僕のベッドに腰かけて、カバンを床に置く。


「ここに用事があったから来たんすよ。あ、届いてる届いてるっ」

 彼女はテーブルの上に放置していたさっきの荷物を見ては満足そうにうなずきながら包装を破っている。

「あ、そうそう、なんだよこれ……。いきなり届いたから何がなんだかよくわからなくて……」

「これは自分のゲームハードっすよ。この間遊んだのと同じ機種の」

「……それは見ればわかる」


 破った包装からは、浦佐の言う通りゲームハードの外箱が姿を現した。

「いやあ、ゲームの情報誌の懸賞に応募したらこれが当たっちゃって、家に届いたんすけど、もう自分このハード二台持っていて、これが三台目なんすよ。他にも色々ハード持っていて、これを三台保管するスペースがなくて、とりあえず太地センパイの家に送ったんすよー」

 つくづくこいつって奴は自由気ままだなおい。まあ通販で購入したのを代引き・着払いで送りつける友達に比べれば幾分かマシだ。マシってだけだけど。


「……僕の家は浦佐の倉庫ではないんですが」

 渋い顔でそう言うと、浦佐は両手を合わせ、

「そう言わずにお願いするっす。実況するにしても、ハードは数持っていて損はないんすよ。やっぱり消耗しちゃうものっすし、かといって全部買うのもお金が飛ぶっすし。こういう懸賞に当たるのは結構大きくて、助かっているんす、可愛い後輩を助けると思って」

 そうお願いしてくる。


「……可愛い後輩って思って欲しいなら少なからずアポなしで家に来るのはやめてもらいたいね」

「事前に連絡すれば来てもいいんすか?」

「そういうことでもない」

 前も言ったけど女子高生家に入れているの見られると色々世間の目が以下略。しかも今日に関しては高校の制服着ているから尚更やばいんだ。


「頼むっすよー。もう部屋にこれ以上ハード置けないんす。ここに置いている間は太地センパイが好きに使ってもらって構わないっすからー」

「……別に僕ゲーム趣味じゃないし」

「じゃあ趣味にするっすよー」

 懇願を続ける浦佐は、ベッドの上で大の字になって横たわって両手両足をバタバタさせる。


「お願いしますよー、こんなこと頼めるの太地センパイしかいないんすからー」

 ……先日の浦佐に言った台詞を覚えているだろうか。足をばたつかせるな。見えそうになるから。

 そのときはジーンズだったからまだよかった。しかし、今日に関してこいつはスカートを履いている。そして、僕は浦佐の足側に座っている。ということは。

 ……その足の動きのせいでパで始まってツで終わる何かがばっちり目に入って。


「……白色、見えているんでその動きやめてください。っていうか学習しろアホ」

 視線を逸らしながら注意する。

「……ど、どこ見てるんすか、ヘンタイ」

「じゃあ見せるな、隠す努力をしてください。第一男の部屋入ってベッドに横になるとか正気の行動じゃないからね、そこんところわかってる?」

「……わ、わかってるっすよ。こ、こんなこと、太地センパイ以外にはやらないっす」

 注意とともに勢いよく正座に移行した浦佐は、やや頬を紅潮させて返した。

 ……僕の前でもやらないでもらいたいですけどね。

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