第74話 何もかも甘い(withカルピス)
「じゃ、じゃあ……いただきます……」
アルミホイルを剥して、ツヤツヤに光っているお米に海苔が巻かれている一見普通のおにぎりを一口僕は食べる。
……ん、なんだろう、甘いというかなんというか……。確かにお米の味は甘いって言うけどこんなに甘さ主張してきたっけ……? それに、むしろ感じるなら塩の味だと思うのだけど、これは寧ろ砂糖……砂糖?
「ごほっ、ごほっ……。み、水上さん……。ちなみに、おにぎりの具って……?」
「えーっと、鮭ふたつ、昆布ふたつに、塩むすびひとつですけど」
具が入っていないあたりじゃあこれは塩むすびか。
塩の味一切しないんですけど……。
「……念のため聞くけどさ……砂糖と塩を間違えたってオチは……ないよね?」
「え? そ、そんなことは……」
しょっぱい顔を浮かべつつ甘いおにぎりを食べた僕は、水上さんに確認をする。それを見て少し不安になった彼女は、慌ててひとつおにぎりを食べ始める。
「……あ、甘い……ですね。……はは、あははは……」
一口食べた水上さんは、やってしまったとばかりに頭を抱える。
「すっ、すみませんっ、朝早くて寝起きはボーっとしていて、そのときにもしかしたら全部砂糖まぶしちゃったのかもしれません……」
おにぎりに砂糖……。探せばそういうレシピもあるのかもしれないけど、今回水上さんが作ってきたのはごく普通のおにぎりだ。なんだったら、鮭と昆布に関しては塩さえも別に振らなくていいし。
「そ、そっか……ま、まあ別に食べられないってわけではないから気にしなくてもいいよ」
まずいわけではない。違和感があるだけで、まずいわけではない。大事なことだから二回言いました。
僕は再度砂糖むすびに口をつけようとすると、
「いっ、いえ、無理して食べなくてもいいですっ。わ、私ったら、八色さんが食べるのになんてミスを……ああ……」
彼女はそう言い、僕が持っていた砂糖むすびを取り上げてしまう。そして、残りは自分で食べるつもりのようで、早口で三分の二ほど残っていたお米を一気に頬張る。
「……こっちはもっと甘いですね……」
砂糖オンリーの味がするおにぎりを食べて、渋い表情になる水上さん。
「すみませんすみません私なんてことを、美味しくなかったですよね嫌でしたよねこうなったら責任取りますのでなんでも言いつけてくださいそうしてもらわないと申し訳なさすぎて」
顔を赤くさせてそうまくしたてる水上さんは、その場に座ったままらしくなく忙しない手の動きで慌ててしまっている。口直しにさっき買ってきたジュースを飲もうとカップに手をかけたけど、勢いあまってそれも落としてしまう。
「ひゃっ!」
落ちてしまったカップから、プラスチックの蓋が外れてしまい、中身のカルピスが零れてしまう。……ちょうど水上さんのふくらはぎの部分にそれががっつりかかっているのだけど……。
「……と、とりあえず落ち着こうか水上さん。ね?」
ナニをとは言わないけどなんかいかがわしい風景に見えてしまったので、すかさず僕はフェイスタオルを水上さんに差し出す。
「す、すみません……ありがとうございます」
それでかかってしまったカルピスを彼女が拭き取るのはいいのだけど、場所が場所なうえにかかったものがかかったものだからもう見ていられない。
「あ、あと……水着にシミが……できそうだからこれで隠して……」
そこにシミができるのは本当に僕も水上さんも恥ずかしいのでさっきよりも大きいタオルをさらに渡す。
「……ありがとうございます」
いつもの水上さんだったら、ここで「何恥ずかしがっているんですか? 興奮してきたんですか?」とかなんとか言ってからかってきそうなものだけど、そんな余裕残っていないみたいで、素直にタオルを受け取っては、自分の下半身を覆うようにそれをかける。
ひとまず現状が落ち着いたので、僕は残ったおにぎりに手をかけようとした。
「む、無理して食べなくていいですよ、八色さん。……美味しくないですし……」
プール後のハイテンション、ナンパ撃退の強気な様子はどこへやら、完全にしょげてしまった水上さんは弱々しい声で僕に言う。
「でも……せっかく作ってきてもらったものだし、それに、このために早起きしてくれたんでしょ?」
まあ、ないとは思うけどおにぎりに媚薬混ぜてますとか言い始めたら即刻帰宅しますけど。大丈夫、今のところ体に異変は起きてないから。
「で、でも……」
アルミホイルを剥いで、鮭の入ったおにぎり(with砂糖)を一口二口もぐもぐと咀嚼する。
「うん……具が入っているほうは全然美味しいよ、いけるいける」
……違和感はあるけどね。確かに。
「や、八色さん……」
これより美味しくない料理なんて結構食べてきたし、これくらい平気平気。それに……津久田さんの件があるから、これくらいで動じていたら小千谷さんに失礼というか。
「……そ、そういうところですよ、八色さん」
「ん? 何か言った?」
「いっ、いえ。何も。……そういえば、少しだけ大きくなってません? カルピスかかったの見て、もしかして」
「んなわけないだろ都合いいように解釈しないで」
「いいんですよ八色さん、私はいつでもウェルカムなので」
「僕はそうじゃないから遠慮しておくよ」
そんなふうにして、少し遅いお昼ご飯は過ぎていった。
ご飯のあとはのんびりプールサイドで過ごしたり、水上さんのどうしてもという希望でもう一度だけ流れるプールを回ったりして、閉園時間となった。
なんやかんやでへとへとになった僕らは、今にも眠ってしまいそうな意識をなんとか堪えてバスに揺られ、駅へと戻っていった。
「じゃあ、僕は次で乗り換えるから」
帰りの電車、途中駅で僕と水上さんは方向が別れる。その駅にもうすぐ着くので、僕は席を立って少しうとうとしている水上さんに声をかける。
「……休憩はしていかなくていいんですか?」
電車のなかだと言うのに普通に際どい発言しやがって。眠くなるとネジも緩むのかこの子は。
「……家でゆっくり休むから大丈夫だよ。じゃあね。寝過ごして終点まで連れて行かれないように気をつけてよ」
「ふぁい……八色さんこそ……カルピスを思い出して悶々としないでくださいね……?」
「余計なお世話です」
あとここは電車のなかだって言っているでしょうが。
「……今日はありがとね。なんだかんだで楽しかったよ」
不法侵入を除いて。
「……それはよかったです……」
駄目だこりゃ。今にも眠りそうだ。座席の隅の壁に頭預けちゃっているし。
……お疲れ様。朝早くから。
なんて言うと絶対調子に乗るから思うに留め、僕は電車を降りた。
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