第70話 ユルサナイ、ヤイロ
「……というか、何時になったら帰るの……? 浦佐」
そのまま夕方になった。井野さんは熟睡したまま。浦佐はベッドの上でゴロゴロしたまま、別に持ってきた携帯ゲーム機で遊んでいる。……え? 同じ機種二台持ちしてるの? だってまだテレビには別の本体が繋がったままだよ……?
「ん……今日中には帰るっすよ……」
なんか信用ならない文言が出てきたけど……。しかも、お前も眠そうだなおい。
「あの……ふたりして寝ようとしないでもらえませんか? ここ一応というかがっつり僕の家なんですけど……」
「いいじゃないっすかー。減るもんじゃないし……。それに自分も昨日遅くまで動画の編集してまあまあ眠いんすよ……」
どいつもこいつも僕の家を休憩所扱いしやがって……。
「……そりゃご苦労なことで」
「ふぁ……けどやっぱり寝ないと眠くなるっすねー人間って」
「何この世の真理に気がついたみたいなこと言いだして」
「いや……かれこれ三年実況やってるっすけど、しょっちゅう録画と編集で徹夜とかしても、三徹が限界で……」
なんとなく、浦佐の身長が伸びない理由がわかったような気がした。うん。寝る子は育つって言うしね。
「いや、寝ろよ。高校生。その台詞は期末試験間近の大学生が言うものだぞ」
卒業が怪しいといい、ときにこいつは台詞が飛び級しているんだ。いい意味ではなく。
「来年から大学生になるからいいじゃないっすかー」
「そういう問題じゃねえ。っていうかそういえば受験勉強とかしているの? 井野さんは勉強しているの見たことあるけど、浦佐は一切見ないし」
「していないっすよー。別に受ける大学までは指定されてないっすし、どこでもいっかなって……」
「……浦佐がそれでいいならまあなんでもいいけどさ……」
「ふぁーあ……駄目っすねーやっぱり眠くて眠くて仕方ないんで、三十分昼寝するっすー。お休みっすー」
とうとう限界が来た浦佐は、枕もない(井野さんが使っている)ベッドの上、タオルケットを羽織って勝手にスヤスヤと寝始めてしまった。
「……君たちねえ。はあ……」
男子大学生の部屋でお昼寝をする女子高生ふたり。何この状況。
僕は枕のかわりになりそうな適当なクッションを、体を丸めて眠っている浦佐の頭の下に入れてあげた。
しっかしまあ……人のベッドで気持ちよさそうに寝ますかね……。
「……ま、お疲れのようですし、せいぜいゆっくりお休みなさい」
暇になってしまった僕は、読みかけにしていた本の続きを読んでふたりが起きるのを待つことにした。
「あれ……? わ、私……」「うーん、よく寝たっすー」
ふたりが目覚めたのはそれから数時間経ってから。浦佐はがっつり三十分以上すやすやと眠られていたことになる。
時計の針はもうとうに六時を回っている。
井野さんは長い間顔を埋めていた枕から離して、まじまじと枕と部屋を見比べている。
「あっ、わっ、私枕にっ……は、はわわ……」
見ると、枕に少しシミができている。……これ、あれか、涎か。
「すっ、すみませんっ、わっ、私……えと、えっと……」
あれだけ気持ちよさそうに寝ていたらね……。
女の子として恥ずかしいものもあるのだろう、井野さんはわなわなと両手を適当に振って顔を桃色に染め上げている。いや……むしろ沸騰しているか?
「……いいよ、枕カバー洗濯しちゃうから。そろそろ頃合いだったし」
「はぅ……」
しゅんとしてしまった井野さんは、浦佐以上に小さく首をすくめては、背筋を丸めてしまう。
「……じゃあ、そろそろ帰るっすかー円ちゃん」
ベッドから降りた浦佐は、ゲーム機を片付けながらそう言う。
「そ、そうだね……うん」
赤面したままの井野さんもあわあわとしたままも帰る準備を始める。
「……井野さん、洗面所行っていいから一回鏡見たほうがいいよ……その、涎の跡が……」
「へ、へ? ひ、ひゃうっ、すっ、すみませんんー」
ドタバタと部屋から洗面所に移動しては、水が流れる音がする。顔を洗っているみたいだ。……さすがに涎が残ったまま電車に乗らせるのはまずい。
「では、お邪魔しましたっすー。また来るっすねー」
「お、お邪魔しました……」
「できれば二度と来ないで頂きたいです」
そうして突然の来客おふたりは家から出て、帰っていった。
「……ようやくこれで落ち着ける。……疲れたし、ちょっと休もう。ああ、あと」
僕はベッドに飛び込んで、スマホである人にラインを送る。
「最近、お酒飲みたいなーって言ってましたよ……と」
これでいい。……ん?
「なんか、いつもと違う香りが……」
これ、浦佐の服の柔軟剤か……? いつもと違う感じだから、きっとそうなのだろう。
かれこれ半日程度僕のベッドの上で横たわっていたわけだから、そりゃ残り香のひとつやふたつできるのだろうけど……。
「あんにゃろ……なんか落ち着かないだろこれじゃ……」
どれもこれも、僕の家を漏らした奴が悪いってことにしておこう。そうだ。そのための手は打った。
翌日の夜十時頃。ベッドの上で本を読んでいると、スマホがピロリンと音を鳴らした。
オヂヤ:てめっ、八色、俺のこと売ったなっ
オヂヤ:佳織のこと召喚しやがって
オヂヤ:次会ったとき覚えてろよっあ、ああああああああ待って待ってええ
「……おぢさん、悲鳴を僕にあげられてもどうしようもないですよ」
どうやら、目論見通り津久田さんが小千谷さんをお迎えに上がってくれたらしい。きっとこれから小千谷さんは津久田さんと一緒に酒を飲んで、潰されることだろう。明日も出勤だろうけどそんなことお構いなしだ。人の家の住所許可なくばらしたんだ。それくらいやっても罰は当たらないだろう。
オヂヤ:あとなんか今日水上ちゃんと井野ちゃんがえらく上機嫌だったけど
オヂヤ:なんかあったん? あっ、ああああああ
「だから悲鳴を打つな」
オヂヤ:あああああああああいやだあああああああああああ
「もはや嫌がらせだろこれ」
オヂヤ:これから一緒に家帰って手料理作って酒も用意しているとかいうんだよ
オヂヤ:なんだよこのダブルプレーは殺す気か俺を
オヂヤ:ユルサナイ、ヤイロ
「……グッドラック」
いいよいいよいくらでも僕を恨め。その代わり二度とバカなことはしないでもらいましょうか。
既読スルーをして僕は、明日の水上さんとのデートの覚悟を固め始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます