第69話 食べもののことっすか?

「え、えーっとっすね……」

 僕が戻ると、しまった、というふうに顔を半笑いさせて、下手くそな口笛を吹き始める浦佐。井野さんはブレずに枕に顔を埋めたままだ。

「……エロ本探しっす」

「あっそ。お好きにどうぞ。で、井野さんはどうしたの? これ」


 僕が尋ねると、今度は気まずそうに視線を僕から逸らしながら浦佐は答える。

「お、お昼食べて眠くなったみたいで、うとうとし始めたんで、近くにあった枕を貸したんす。そしたら恍惚の表情で枕に顔くっつけて……寝てるっす、今」

 ……寝ているのか、これは。女の子座りで枕を抱いたまま寝るって、器用なことするなあ。


「実際、朝からあくびはしてたっすからねー円ちゃん。よっぽど今日が楽しみだったみたいで」

「……僕からすれば散々ですけどね……っていうか、じゃあゲームはしないのか?」

 テレビの画面消えているし。

「円ちゃん寝てるっすし、騒いで起こすのもあれっすし」

 そこの気遣いができるならいきなり僕の家に来るのもあれっすし、っていう思考に至って欲しい。


 しばしの間、僕も浦佐も無言になる。すると、微かな寝息が耳に入り、やっぱり井野さんは寝ているんだと実感させられる。

「と、ところで太地センパイは……ま、円ちゃんみたいな子がタイプなんすか?」

 その静寂を打ち破るように、引き続き棚をごそごそと漁りながら浦佐は僕に言い放った。


「は、は?」

 何言っているんだ? こいつ。ウニに当たっておかしくなったか?

 すると浦佐は耳まで真っ赤に染めては言いにくそうに体をよじらせては、

「……だ、だって……さっきのAVに映っていた裸の女性、心なしか円ちゃんに雰囲気似てたし……」

「ぶっ」


 い、言われてみれば確かに……。なんか内気っぽい雰囲気といい髪型といい、言葉遣いといい。……その女優が実際に腐女子かどうかは知らないけど。

「そ、それに……む、胸の大きさも円ちゃんくらいだったし……」

 またひとつ知ってはいけない情報を手に入れてしまった。井野さんってとことんついてない。


「ちっ、違うって、あれは、たまたま目について買ったわけであって、べ、別にそういう意図があったわけじゃ──」

「……たまたま、っすか。へえ……」

 信じていない、というように浦佐は冷めた声音で呟いて、さらに続ける。


「でもまあ円ちゃんはいい子っすからね。一途だし、真面目だし、大人しいし、自爆して慌てる様も見ていてほっこりするし。ゲームのヒロインっすかって言いたくなるくらいの子っすよ、円ちゃんは」

「井野さんの自爆に関してはもう少しどうにかしたほうがいいと思うけど……」

「え? 円ちゃん、そんなにいけないこと自爆したんすか?」


 浦佐は顔だけこちらに向けて、テーブルの横に座る僕に聞く。手は相変わらずベッド側の本棚を漁り続けているけど。

 ……言っていいのか? 井野さんが、ぼ、僕をオカズにしているとか、家では名前で呼んでいるとか、その他色々。


 僕が答えに困っていると、浦佐は眉をひそめて、

「大丈夫っすよ。自分、口は堅いんでそうそう漏らしたりなんてしないっす」

「い、いや……そういうことじゃなくて……」

「AVのこと、バイトの皆さんにバラすっすよ? 女性スタッフを中心に」

「待って。それだけはやめて」

 水上さんに聞かれたらとくにとんでもないことになるから。


「……い、井野さんが、ぼ、僕をオカズにしている、とか……」

「……? おかずって何のことっすか? ご飯の話っすか? 太地センパイ」

 僕の答えに対してきょとんと首を捻っている浦佐。こ、こいつ、実は結構なピュアガールだったりするのか……? え、さすがに思春期真っただ中の高校生なら意味通じるって思ったんだけど、そうじゃないの? それとも男子だけか? この単語使うの。


「……だ、だから……井野さんが、僕のことを想像しながら、そ、その……」

 しかし、直接的にこれを言うのはかなり恥ずかしい。

「なんすかもう、歯切れ悪いっすねー」

「じ、自分の大事なところを、触っている……とか」


 だから、オブラートにそう包むことにした。というか僕は女子高生を前になんてこと言っているんだ。セクハラだろこれ。でも脅されたわけだし……。

「っっっ……な、な、な……」

 みるみるうちに浦佐はさらに顔を発火させて、ぷるぷると手を震えさせている。


「何を言ってるんすか、センパイのスケベっ!」

「お前が言わせたんだろ……だから言いたくなかったんだよ」

「そ、それに……ま、円ちゃんがそういうことしてるなんて……初耳っす……」

 少しショックというように、浦佐は俯いてそう言う。まあ、あの日あなたはお休みだったからね……。現場には居合わせなかったし。


「……高校生ならそういうものじゃないの? あと、あまり幻滅はしないであげて……」

「だっ、男子はそうかもしれないっすけど、女子はそんなことっ──」


 そこまで叫んで、浦佐は慌てて口を噤んだ。……この反応からして、浦佐はまだだな。多分、これ以上言うと自分も墓穴を掘ると思って止めたのだろうけど、ちょっと遅かった。さすがにこれは気づける……。気づきたくないけど。

「いっ、今やっぱりこいつはお子様だなって思ったっすねセンパイっ」

 僕が何とも言い難い表情をしたのを見抜いたのだろう、浦佐は僕にまくしたてるように追及してくる。


「そんなこと思ってないって。なんなら悩みのレベルは僕より大人だろうし……」

「……そ、そう、っすか……」

 漠然と進路を決めた僕よりかは、十分大人だ。きっと。


「……それにしても、スヤスヤ寝てるっすね……円ちゃん」

 ひと通りの話が終わって、再び僕らは視線を寝たままの井野さんに向ける。

「どうせ今日も寝たの三時とかなんじゃ……この間一緒に遊園地行ったときもそんな感じだったし」

「……遊園地、っすか」

「寝不足が祟って、バイキングにあてられて吐きそうになっていたけどね。あのときは大変だった……」

「へえ……」


 浦佐は頬に風船をためる。少しだけ機嫌が崩れたようだ。

「太地センパイ、女の子と話すときに、別の女の子の話で盛り上がらないほうがいいっすよ」

「……そりゃどーも」

 まさか浦佐にそういう説教を受けるとは思わなかった。……まあ、正論なんですけどね。


 浦佐はもう本棚を漁るのにも飽きたみたいで、また吸い込まれるように僕のベッドに倒れ込んでは、枕のない布団にゴロゴロとし始めた。

 しかしまあ、遠慮がないのもそのまんまなことで。こういうところは子供っぽいんだよなあ。


 瞬間、スマホが音を鳴らし、ロック画面を点灯させる。


水上 愛唯:浦佐さんも違法ですからね


「……わかってますって……」

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