第68話 「忘れ物」にはご用心

 お昼ご飯も終わり、また家に帰ってゲームをする。変わらず勝手に僕のベッドに寝そべる浦佐に、僕の隣に小さくなって座っている井野さん。

 帰ってからはレースゲームに代わって、さっきと同じキャラが出てくるパーティゲームをすることにした。


「これと言えばやっぱりすごろくっすよねー」

「……また恨みを僕にぶつけないでくれよ」

 マイナスのポイントを僕に押しつけたりとか、ミニゲームで僕だけ集中砲火したりとか。


「いやだなーセンパイ。自分がそんな子供っぽいことするように見えるっすか? 心外っすねー」

 寝そべったままの浦佐は顔だけこちらに向けてにへらと笑みを浮かべる。

 外見も中身もそうだよ、とは口が裂けても言えない。そんなこと言ってみろ。一瞬でまた恨みを晴らされる。


「……はいはい、そうですか」

 渋い表情を作った僕は、再び緑色のコントローラーを手にしてキャラクターを選ぼうとする。すると、お菓子や飲み物を置くテーブルに出していた僕のスマホが音を鳴らす。


「ごめん、電話だ、ちょっと出るね」

 そう言うと同時に着信の相手の名前を確認する。

 ……このタイミングで水上さんかよ。

 内心穏やかではないけど、出ると言った以上出ないと怪しい。部屋から台所に移動して、僕は着信に応答する。


「……もしもし、どうかした?」

「……そんな嫌々出たみたいな声しないでください……ここ最近声すら聞けてないので寂しかったんですよ? 八色さん……」

 たった一言聞いただけで僕の心の内を当てないで欲しいな。


「そんなことより……もしかして、今日誰かお家来てたりします? ……井野さん、とか」

「……は、はい?」

「もしくは……浦佐さん、とか」


 エスパーか何かですか? それとも超能力? 愛の力? そんな力怖いから今すぐ捨てて欲しい。え? なんで知っているの? わざわざあのふたり、水上さんに宣言して僕の家に来たの? そんな馬鹿なことする?

「え、えっと……どうして……かな?」

「こっそり仕掛けた盗ち──」

「へ?」

「いっ、いえなんでもありません。おふたりが今日揃ってお休みなので、念のため、です」


 今盗聴器って単語が聞こえかけたけど……嘘だろ……? まさか、この間泊まったときに仕掛けた……のか? 今度、しっかり家のなかを調べる必要があるかも……。

 聞かれているとするなら……嘘を言うと状況が悪化するかもしれない。でも、水上さんも確信を持っていないみたいだし……。


「い、いや……えーっと……」

 これ、黙っていればバレないのでは……? なんて思ったとき。

 台所と部屋を繋ぐドアがバタンと開かれ、

「太地センパイーまだっすかー。はやく始めたいんすけどー」

 ええ、今家にいる奴に常識を期待した僕が馬鹿だったよ。


 待ちきれなくなった浦佐が、電話中の僕に話しかけてきやがった。当然、それはスマホの向こうの水上さんにも聞こえていたようで、

「……今の声、浦佐さんですか? やっぱり、一緒にいるんですね、どど、どういうことなんですか? 八色さん。まさか、井野さんだけで満足せず、浦佐さんにも手を──」


「ちょっと待って、そんな僕が誰彼構わず手を出す人みたいに言わないでって、そういうのじゃなくてっ。なんか家に押しかけて来ちゃったんだよ、住所教えてもないのにっ」

「……小千谷さんの仕業ですね。……余計なことをしてくれた小千谷さんにも、今度津久田さんにお仕置きをお願いしないといけないかもしれませんね」

 何故だろう、そこに関しては思考がシンクロしているみたいだ。


「……一応もう一度聞きますけど、ほんとに何もしてないんですよね?」

「だっ、だから当然だってっ。女子高生に手出すわけないしっ、ましてや僕はロリコンでもなっ──」

 僕の言葉は途中で遮られてしまった。どうしてか。

 後ろにいた浦佐に、背中から蹴られてしまったからだ。


「いっ、いで……な、なにすんだよ浦佐……」

 仰向けに倒れる僕の上に跨るように、仁王立ちしている浦佐はジト目で僕を見下ろしている。

「悪かったっすね幼児体型で。ふんだ。人が気にしていることを」

「そ、それは……その……」


「こほん。八色さん。あまり浦佐さんとイチャイチャするのは控えてもらっていいですか? ……じゃないと、またすごいことしちゃいますよ」

「……わかったから落ち着いて。ほら、浦佐も早く戻って。すぐ終わるから」

「むぅ……」


 子供みたいにむくれた浦佐が再び部屋に戻っていっては、「円ちゃん、先始めるっすよ」と一言。「え? で、でもまだ八色さん電話が」「いいんすよあんなセンパイ放っておいて」「え、ええ……?」と僕を置いて先に始めるようだ。

「……もしかして、井野さんも一緒なんですね」


 今の会話、聞こえていたのか……?

「八色さん、実は一対一ではなく三人でするほうがお好きだったりするんですか? そうならば忸怩たる思いですがもうひとり混ぜて三人でするのも検討しますけど──」

「だからなんでそういう発想に至るのそんなわけないでしょ」

 一瞬脳内に浦佐と井野さんと戯れる光景を想像したがすぐに振り払った。色々な意味でやばい。特に浦佐が。通報で済めば可愛いものだ。ほんとに。


「それで……何か用? まさか家に誰か来ているかの確認だけでかけたわけではないんでしょ?」

「そうでした。この間約束したデートのお話なんですけど……」

 そういえばそんな話もありましたね。


「明後日から明々後日、連休なんです。私。なので、その日にどうかなって」

「……別に、その日で問題ないけど」

「では、明後日の正午にお迎えに上がりますので」

「えっ? ここまで来るの? それはさすがに悪いというかっ」

「いえ、別に私は気にしないので大丈夫ですよ?」

「でっ、でも」

「大丈夫ですよ?」


 ……何かこれ以上抵抗するともっとすんごいことしますよ、そんな圧を感じた僕は、それ以上食い下がるのをやめた。

「……第一、私だけが知っているはずだったのに、井野さんと浦佐さんも家にあげるなんて、お人好しが過ぎます、八色さんは……」

「それは……あの適当野郎に文句言って……」


「では。……家のなかだからって、くれぐれもおふたりを襲ったら駄目ですよ?」

「するかよ、じゃあね」

 ……はあ……。

「ごめん、電話終わった……」


 少しげんなりとしながら部屋に戻ると、しかしそこにはさらにげんなりする光景が。

「……何、してるの?」

 僕がいない間に、僕の枕に顔半分埋めている井野さんに、部屋を物色している浦佐。

 ……そうかそうか、つまりは突っ込み待ちってことですか。はぁ……。

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