第67話 なんでも奢るから許してください

「ふっふっ……自分を煽るなんて十年早いっすよ太地センパイ」

 その後、七レースほどした。そのいずれもピンポイントに僕のカートに対して嫌がらせを働いた浦佐は、ほぼ全てのレースで僕を最下位に追い込んだ。当の浦佐はちゃっかり総合で一位を確保している。……レースでは一度も一位を取っていないのに。なんだそのポイントコントロールは。


「……楽しそうで何よりだよ」

「やっぱりゲームは勝たないと面白くないっすからねっ!」

 寝そべった足をパタパタと上下させ、上機嫌そうに表情を緩めてコントローラーをかちゃかちゃいじる。


「……あの、浦佐……?」

「ん? どうかしたっすか? そんなお化けでも見たようなホラー映画の主人公みたいな顔して」

 久しぶりに聞いたよその独特な例え。


 いや、そういうことではなく、今日の浦佐、膝より少し短い長さのデニムを履いているのだけど、少しウエストに余裕があるからか……。

「あまり足パタパタすると……なんか見えそう」

「っっっっ、どっ、どこ見てるんすかっ」

 すると浦佐は途端にばたつかせていた足をピタリと止めて、らしくなくベッドの上に正座する。


「……せ、センパイのスケベ……」

 そして、恥ずかしそうに顔を赤くさせては、俯き気味に呟く。

「ぼ、僕が悪いの……? 別に見たわけじゃなくて、見えそうになっただけで……」

 っていうかお前そんな反応もできたんだな。失礼だけど。水上・井野に比べてよほどらしいリアクションだよ。っていうか、ふたりもそれくらい恥じらいを持って欲しいんですけど。ええ。


 僕は視線を逸らして井野さんのほうを向くけど、なぜか彼女は不満そうにコントローラー片手に少しむくれている。

「……八色さんのえっち」

 だから悪いの僕なの? 不可抗力だって。というか井野さん、あなたにだけは言われたくない。


「あれ……太地先輩、パソコンゲームはやるんすか?」

 なんて空気が淀んでいると、体勢を変えたことで視界に入ったのだろう、本棚に差さっているPCゲームのソフトを指さした。

「あ、ああ。あれは僕のじゃなくて、友達ので……この間僕に布教するために持ってきたら忘れていって」

 よくよく考えたら、僕の友達家に忘れ物しすぎじゃない?


「やってみていいっすかっ? 自分、パソコンゲームもちょっと手を広げようか悩んでいてっ」

 浦佐はそう言ってベッドから降りて、そのソフトを持って勉強机に置いてあるノートパソコンの前に座る。

「……またどうせ駄目って言ってもやるだろ……」

「わかってるじゃないっすかーセンパイ」


 ニコニコ顔でパソコンを開いて、スリープモードを解除しようとする。顔認証なので、僕の顔を映してロックを外すけど……。

 あれ? そういえばなんでスリープモードになっているんだ……? 普段はちゃんとシャットダウンしているのに……。

 ん? なんか周りの空気が熱いぞ? クーラー止まったのかな?


「……た、太地センパイ……こ、これ……」

「や、八色さん……あの……」

「どうかした……あっ」

 僕はふたりの様子を見て不思議に思いながら、パソコンの画面に目を移した。そこには……。


 三日前に見かけたまま途中にして止めていたAVの静止画が、ばっちり映っていた。……しかも、ちゃんと行為中の。

 僕は無言でパソコンを閉じて、張りついた表情のまま固まっているふたりに言う。


「……何か、食べたいものある? ちょうどお昼だし、今なら僕、奢るけど」

「……え、えーっと」「は、はわわ……」

 どうしよう、めっちゃ気まずい。水上さんにすらバレなかったのに、まさかこんな形で自爆するなんて……。恥ずかしい、穴があったら入りたいよ……。


「……や、八色さんも、や、やっぱりそういうの、見られるんですね……」

 やめて、井野さん。ばっちり手の隙間から視界を残しながらそう言わないで。刺さるから。


「……やっぱりセンパイも大きいほうがいいんすね……」

 浦佐? なんか予想していたのと違うリアクションなんですけど? 何ちょっと寂しそうに胸元を見下ろしているんだよ。あと僕は別に大きさにこだわりはない。とは言わないでおく。墓穴にしかならないから。

「……それじゃあ──」


「いやあ、お腹いっぱい食べったすー」

「確かにさ……なんでも奢るとは言ったけどさ……何もあんなにたくさん食べることないだろ……? なんだよ、成長期かよ……」

「食べないと背は大きくならないっすからねー。久し振りに回転寿司行きましたけど、やっぱり美味しいっすねー」

「人の金で食うメシは美味いって言うもんな、そうだよな」


 口止め料も兼ねた昼ご飯は、浦佐の希望で回転寿司になった。まあ、せいぜいひとり十皿で五千円もあれば足りるだろうと高をくくっていたのだけど、ところがどっこいこの高校生、僕の予想以上に食べやがった。しかもウニとか中トロとか高いネタをたくさん。


「ちょっと食べ過ぎたかもっすー、これは帰ったらしばらくは動けそうにないっすねー」

 帰るの行き先は僕の家っていう認識でよろしいでしょうか。当然か、だって荷物僕の家に置いてますものね。


「でも、でも……いくらなんでも……三人で一万とか……アホなの……? 馬鹿なの? ブラックホールかよ」

「……胃袋の暴力装置である自分の前に中トロを置くなんて、ふっ、面白いっす」

「お前何皿中トロ食べた……?」

「何皿でしたっけー」

「確か……五皿です」

 よく井野さん覚えているな。


「それに、ウニにエビにイクラまで……」

「そりゃあんな値段になるよ……たった一回のご飯で一万も飛ぶなんて……」

 中身が寒くなった財布を悲しい気持ちになりながら見つめては、トホホとため息をひとつつく。


「でも太地センパイがいいって言ったんすよ? なんでも奢るって」

「そっ、それはそうだけど……」

「さっ、家に帰ったらまたゲームの続きをするっすよー。今度はまた別のソフトでもやるっすか? 色々持ってきているから、なんでもできるっすよ」


 財布もテンションも悲しいことになってしまった僕の前を引くように、家への道を進む浦佐。あなたはお腹いっぱい美味しいお寿司食べられたからいいだろうけど、僕は全然よくないよ。

 ちなみに、あまりに浦佐が食べるものだから、僕は玉子とかかっぱ巻きとかそこらへんしか食べてません……。うう……僕もマグロ食べたかった……。

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