第66話 しかえしはほどほどに

「っていうわけでー、ちょっとテレビお借りするっすねー」

 僕がいいとも駄目とも言っていないのに、浦佐はHDMIケーブルを僕のテレビに差し込む。そのまま流れるようにACアダプターも接続しては、テレビ横に空いているコンセントに突っ込む。


「……む、無駄に手早いな……」

「色々なお家で据え置きやって来たんで、コードの位置はほぼ把握してるっすからねー」

 なんだその特技は。必要なのかその知識は。


「あ、あの……八色さん、よかったらこれ……」

 と、浦佐の一挙手一投足に注目していると、床に座っていた井野さんがカバンからゴソゴソと中身をまさぐり始めて、

「とりあえず、急にお邪魔したので……お菓子です……」

 おずおずとバニラ味とココア味があるクッキーを差し出す。


「ど、どうも……」

「あと、適当にお茶とジュースも……」

 続けてホームサイズのペットボトルを二本ほど。

 よかった……比較的井野さんには常識があって……。家入っていきなりテレビいじる浦佐よりは十分まともだ。


 僕はテーブルにあげられたクッキーをお盆に載せてとりあえず置く。お菓子も買い置き切らしていたから助かったといえば助かったけど……。

「コップのもしかしたらって思って……紙コップ用意してきたんですけど……」

「……ほんと、どうもです」

 コップもふたりぶんまでしかない。この差はどこだ。浦佐や水上さんと違うこの妙な安心感は一体何だ。


 そうしているうちにゲームの起動まで終わったようで、普段滅多に使うことがないテレビ画面が点灯して、ホーム画面が開かれている。

「ささっ、おふたりもやるっすよー」

 ベッドにちょこんと寝そべりながら浦佐は細長い赤のコントローラーと緑のコントローラーを手渡す。浦佐自身はクリップ型の、据え置き機でよくある形のコントローラーを両手に握っている。


「お前少しは遠慮とかないのかよ……」

 僕は緑色のそれを仕方なく受け取っては、彼女に呆れつつそう言う。

「へ? なにがっすかー?」

 きょとんと不思議そうに顔を呆けさせては、彼女はポチポチとコントローラーを操作して、勝手にソフトを開始する。


「やっぱみんなで遊ぶときはこれっすよねー」

 もはや国民的を通り越して世界的なゲームと言える、バナナを投げたり雷を落としたりするレースゲームをするようだ。

「とりあえず個人戦のレースでいいっすよねー。ふうせんバトルはまた後でってことでー」


 ……ほんとこいつって自由気ままだよな……いい性格しているよ。

「ってか、浦佐ってこれの実況動画あげてなかった……っけ?」

「えーっと、確か二、三本だけアップしてるっすねー。やっぱ人気ソフトは実況する人も多いっすし、その分レベルも求められるっすから、あんまし自分はやらないっすけど」

 そ、そういうもんなのね……。その割にはなんか慣れた調子でキャラクターやカートを設定しているけど……。


「ほんと、特にこのゲームは視聴者さんのレベルも高くて、ちょっとコース取りとか間違えるとすっぐコメント欄が賑やかになるんで、自分はやらないんすよー」

 僕らもキャラのセレクトを終えて、すぐにレースが始まる。ところで、関係ないけどこういうレースゲームを三人から四人でやるときあるあるだと思うけど、画面分割すると小さくて見づらいよね……? 僕だけかな……?

「トークも面白いこと大して言ってないっすし、技術求められると弱いんすよねー自分」


 ……そう言いながら僕と井野さんと残りのCPUをぶっちぎるのやめてもらっていいですかね。開始一周で何秒差ついているんですか? あと、あなた普段の様子それで、投稿している動画ってガチだったりするの? いや、ゲーム実況と言っても色々あるじゃないですか。みんなでワイワイ楽しみながらやる動画だったり、あまり知られていないゲームを発掘する類いだったり、単純にギャルゲーを読み上げるのだったり。あとは純粋に攻略系の動画だったり。


 ゲーム実況者ってすげえんだな……色んな意味で。そう思った開始の一周だった。

「おっ、太地センパイ、そのタイミングでサンダー落としはぬるいっすよー。もうちょい溜めないと、上位にアイテム回収されて意味なくなっちゃうっすー」

「……そんな一年に一回ゲームするかどうかの人間に知識求めないでもらえますか? アイテムの位置なんて把握してないし、僕これやるの軽―く二年振りとかなんですけど」


「あと、地味に円ちゃんがなかなか打開のセンスがあって強いっすー。さっきまで最下位近辺だったのにもうトップ射程圏内っすね」

「……これは、好きな絵師さんが生放送でやったりするのを見てたんで、それで……」

「ほー、なるほどー。結構上手な人の動画見てたってことっすねー。アイテムのタイミングといいコース取りといい、なかなか普通じゃないっすよー」

「……あ、ありがとう……」


 なんだろう、さっき感じていた井野さんへの親近感が一瞬で爆破されたよ。井野さんもこのゲーム上手いし。僕だけだよ? 最下位争いしているの。

「あっ、まーた太地センパイスターに当てられて転倒してるっすー。運なさすぎじゃないっすかー?」

 しかも煽られるし。煽り運転は駄目だよ。ゲームでも。


 差が開くまま、ファイナルラップに入ってしまうし……。このままだと浦佐に馬鹿にされたまま終わってしまう……。それはなんか……悔しい。いや、別にあいつが勝つのはいいんだよ。ゲーム触っている時間的に当然だし。

 でも、それとこれとは話が別、というか……。

 なんかないかな、なんかないかなと思いつつ走行していると、レース終盤に割ったアイテムから、青色のこうらが出てきた。


「げっ」

 それを見た首位をひた走る浦佐から、そんな声が漏れる。

「……今は嫌ってことですね、はい発射―」

「ああっ、ちょ今は待っ、回避できるアイテムがっ、それにゴール直前なのにっ」

 少しして、浦佐のカートに僕が投げた一位を狙う青のこうらが直撃して、派手に転倒する。それに追い打ちをかけるように、赤こうらまでも当たってしまい、いわゆるデスコンボが発動。……コントローラー投げ捨てたくなる瞬間ナンバーワンよね。


 一位をずーっと独走していたはずの浦佐はこのごたごたの間に一気に順位を落として、最終的には僕にまで追い抜かれる始末。

 ちなみに、一位は漁夫の利で井野さんが獲得した。というか、こっそり赤こうら投げていたのを僕は見逃さなかった。……かなりしたたかだぞこの女子校生。


「ぅ、ぅぅ……あと少しだったのにぃ……」

 レース後に順位の応じてポイントが与えられるけど、浦佐は下から数えたほうがはやく、散々なスタートになってしまった。悔しそうに顔を歪めて唇を噛んでは、少しだけ涙目になって恨めし気に僕のほうを見る。

 ……あ、やばい。もしかして、こいつ……。


「……つっ、次はただじゃおかないっすからね太地センパイ。自分の近くに来たら容赦なく潰してやるっす」

 典型的な負けず嫌いって奴だ……。


 次レース。宣言通り僕は浦佐にいじめられた。近くに来たらというかわざわざ近くに寄ってはアイテムを奪ったり、バナナ当てたり、こうら当てたり、しまいにはカートごと体当たりしてコース外に落としてきたり。……どこまでも小学生かよ……こいつは……。

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