第65話 突撃センパイのお宅拝見

「……あ、もしもし浦佐さん? ど、どうしたの急に」

 その日の閉店後、小千谷さんと水上さんとお別れして、三鷹行の電車を待つ間、いきなり開いていたスマホの画面が暗転して、着信を知らせるメロディが鳴り始めました。


「あ、どうもどうもお疲れっすー。もう退勤した頃かなーって思って」

 今日お休みだった浦佐さんの声が、ゲームの壮大なBGMをバックに聞こえてきます。きっと今もゲームの途中なのでしょう。


「う、うん、そうだけど……」

「円ちゃん、明日はお休みっすよね? 確かおぢさんと水上さんのふたりシフトのはずっす」

「お、お休みだけど……それがどうかしたの?」

 いまいち話の表面が見えてきません。そうこう話しているうちに、次の各駅停車がお隣の代々木駅まで到着したようです。


「……ふふ、いいとこ、行かないっすか?」

 電話の向こう側から、何か企むような浦佐さんの声が聞こえます。

「い、いいところ……?」

 って、どこ……?


「多分今円ちゃんが一番行きたくて仕方ない場所っすよ、場所」

 え、ええ……? そう言われてもわからないよ……。

「……?」


「もう、太地センパイと同じで察しが悪いっすねー、円ちゃんは。家っすよ家。太地先輩の家」

「は、はひ……? 八色さんの……お家……?」

「そうっすそうっすー。行きたくないっすかー?」

 そ、それは……行きたいけど、行きたいか行きたくないかで聞かれたらゼロ百で行きたいんですけど……。


「で、でも行くって言ったって……私たちが知ってるのって最寄り駅までで住所まではわからないよね……?」

 そして私の目の前を黄色のラインカラーの電車が速度を落としながら滑り込んできては、ドアを開きます。


 もう電車来ちゃったよ、乗らないといけないのにだけど、まだ通話中だし、話の続きが気になって電話切れないよう……。し、しかも次の電車、中野止まりでお家まで着かない電車だし……。で、でも続き……。


「あー、それなんすけど、この間おぢさんから住所聞いて、もうお家まで特定しているっすから、その点は解決済みっすー」

「……ふぁい?」

 は、把握済みって……? え、えー……?


「あれ? 今発車ベル鳴り終わったすよね? いいんすか? 乗らなくて」

「え? あ、えーっと、そ、その、中野止まりだから大丈夫大丈夫」

「そうっすか。ならいいんすけど。じゃ、そういうわけで、明日の午前十時に武蔵境駅に集合ってことで、よろしくっすー」

「えっ? あ、う、うん」


 半ば強引に電話が切れてしまう。それと同時に、後続の中野止まりがやってきては、乗っている人を吐き出してはすぐに発車していきます。

「……あ、明日……八色さんのお家……?」

 ぷるぷると震える手でスマホを握りつつ、私はその手を下にさげます。

「ど、どうしたら……あれ? 服……えっと、あとあと……それに、えっと……はわわ……」


 その拍子にスマホを落としてしまったり、何もないところに立ち止まっているはずなのに転んでしまったりと散々です。

 その後に乗った電車も、ボーっとしていたからか思わず乗り過ごすところで、危うくドアと制服のスカートが挟まれるという大惨事を引き起こすところでした。


「……わ、私……明日……お家……? へ、へ……?」

 気がつけば、私は自宅の部屋でクローゼットの中身をてんやわんやしながらひっくり返していました。


 〇


 夏休みも折り返し付近。買い物以外に外に出ることなく、読書で巣ごもりをしていた僕は、着実に積み本を消化していた。

 時計を見ると、午前の十時過ぎ。


「……今日は買い物いいかな……。昨日スーパー行ったし……」

 ベッドでゴロゴロしながら、シーツの上に置いた単行本をめくって読み進める。

「昼は……適当にチャーハンとか作ろうかなあ……」

 なんて考えていると、いきなり部屋のインターホンが押される。


 ……ん? 何だろう。宅急便が来る当てなんてないし……水上さんは今日はシフトだ。まさか出勤前に僕の家に来るとは思えない。……一応。

 少しの間、ベッドの上で動けずにいると、


「たーいーちーせーんーぱーい、あっそびまーしょ」

 ……う、浦佐、だと……? い、一体どうして……。

 ドアの外から、そんな子供っぽい声がすると、それに続いてけたたましいチャイムの音が連打される。


「……ったくっ」

 僕はベッドから起き上がり、玄関に出る。

「ああもううるさいなっ、一回鳴らせば出る……って……」

 ドアを開けてノンアポでやって来たアホの姿を目に収めてやろうと思ったら、そこには浦佐だけではなく、ちっこい浦佐の背中に隠れるように小さくなっている井野さんの姿まで。……当たり前だけど、身長差まあまああるので隠れ切っていない。なんか面白い。


「……ふ、ふたりも来た……のかよ。っていうか誰から聞いた」

「おぢさんからっすよ。どうもっすー、遊びに来ちゃいましたー」

「……お、お邪魔します……」

 いや待て待て、まだ入れるとは言っていない。けど、僕の横をすり抜けて、リュックサックを背負った浦佐が勝手に家のなかに入る。


「ではでは、太地センパイのお宅、拝見するっすー」

「あっ、ちょっ待っ──」

 僕はそれを追いかけるうちに、井野さんまで家に侵入。……小千谷め、今度会ったらまた馬券びりびりに破ってやる。人のプライバシーをなんだと思っているんだ。なんなら、津久田さんにラインして「なんか小千谷さんがご飯食べたいって言ってましたよ」って送ってやろうかな。


「ふむふむ……結構綺麗にしているんすね。てっきりもっと散らかっているかと」

 我が物顔でテレビラックや本棚を漁る浦佐。ひょこひょこと短い髪を揺らしながら動く様はもはやハムスターか何かだ。

「……で、何の用だよ、いきなり家にやってきて」

「いやあ、夏休み中太地センパイひとりで暇にしてるかなーって思って、ゲームを持って来たっす」


 そして何も言っていないのに僕のベッドにちょこんと腰かけては、背負っていた青色のリュックサックからいつも浦佐が使っているゲーム機と、それをテレビにつなぐためのコード類を取り出した。

「とりあえず、どうっすか?」

「……駄目と言ってもやるだろお前なら」

 僕の家に来てまでボケ倒さないで欲しい。もう登板過多で肩壊れちゃうよ……。

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