第58話 寝たら死ぬぞ Part.2

「お邪魔します……」

 午前一時過ぎ、僕はようやく自宅に帰宅した。水上さんという爆弾を背負って、だけど。

「……結構綺麗にしているんですね」

 玄関入ってすぐの台所を見て、そう一言。


「……虫とかたかるの僕苦手でね。Gの処理も得意じゃないから、なるべくその機会を減らすために水回りは特に綺麗にしてる。気休め程度だけどね」

 ……何歳になってもあのカサカサと音を立てて素早く移動する奴は苦手だ。多分一生慣れられないと思う。百の足と書くブツが来たら卒倒しそうな自信がある。


「私……平気ですよ?」

 何? その私とくっつけばいつでも虫を退治してあげますよ的なアピールは。そんな虫から守ってもらうために相手を決めるってあなたはそれでいいのか? もし僕が虫大丈夫になったらあなたの存在意義消滅するけどそれでいいの? ……ないとは思うけど。大丈夫になるのも、あなたとくっつくのも、両方。


「へ、へーそうなんだー」

 そそくさと部屋に入って、勉強机の上に置いてある防犯ブザーをこっそり回収してポケットに入れておく。

「クーラーつける? まだあまりつけたくないから、窓を開けるでもいいけど」

「クーラーはまだいいですよ。我慢できる範囲なので」

「ありがとう」


 机の奥にある窓を開けて、風通しを良くする。気温はやや高いけど、空気が流れるから幾分かましに思える。……網戸がついてなければ防犯ブザーを投げ込む先になったんだけどなあ。まあいいや。

「……お風呂、沸かす? あと、次の日も出勤だったけど、制服とか洗濯したほうがよかったりする?」


「お風呂は……入れたら嬉しいです。洗濯……いいんですか? そこまでしても」

「いや……夏も近いし、うち乾燥機能ついてる洗濯機だから、そんなに面倒じゃないし」

「なら、お言葉に甘えて、お願いします」

「オッケー。でも夜遅いし、今の時間に洗濯機動かすとうるさいから、朝になってからね」


 僕は部屋から台所に接している浴室に入って、簡単にお風呂を洗って、お湯を張り始める。まあ、十五分もすればすぐにできるでしょ。

 また部屋に戻ると、そわそわと水上さんは何かを探し回っていた。

「……何かあった?」

「いえ……。ただ、えっちな本やグッズがないなあって」


 水上さんは僕を何だと思っているの? 男子大学生全員が細長い英字五文字のグッズを持っていると思ったら大間違いだよ? ……ゼミの友達は七割持ってたけどさ。

「探してもないよ」

「怪しいです。二十二歳になってその手のものが一切ないなんてあるはずがありません」

 ベッドの布団をめくったり、下を探したり。本棚の合間に挟まってないかだったり、辞書の隙間に入れてないかだったり。


 なんか、嫌に探すの手慣れてませんか? よく聞くトレジャーを隠すスポット的確に漁ってますよ?

 でも、ないものはないのだから仕方ない。……というか、時代はデジタルなんで、紙媒体のものはないんです家には。トレジャーはサーバーのなかに眠っていますよ。


「……ないですね。こうなると、もうスマホとかになりそうですけど……」

「絶対に見せないから安心して」

 水上さんは残念そうにため息をついて、

「……仕方ないですね」

 ひとまず、諦めてくれたようだ。……お風呂入っている間とか寝ている間とかに、スマホのパスコード解読して突破したりしないよね? 誕生日にはしてないけど、なんか水上さんなら平気な顔して「ふふふ、開けちゃいました……」とか言いそうだから怖い。


「また小千谷さんと飲み会して情報を抜きますか……」

「あの人適当なことしか言わないから信じちゃだめ」

「え? そうなんですか?」

「……普段が普段なの水上さんも知ってるでしょ……」

「八色さんの性癖に関しては信じてました」


 ……いや、まあ……。責められたい願望ないことはないけど……。それも小千谷さんと飲んでるときにネタで言ったことだから、本気ではないというか……。

 そんなことを話しているうちに、お風呂が沸きましたのメロディが響く。

「……どうする? 先入ってもいいけど」


「家主より先に入るなんて恐れ多いのでお先入っていいですよ? あ、スマホの充電だけさせてもらっていいですか?」

「いいよ、勉強机の上に延長コードとアダプターあるから。じゃあ僕先にお風呂に入りますね……」

 さっさと上がろう。色々危険な気がするから。部屋にひとりにしても危険そうだし、僕がお風呂場に無防備な格好でいるのも危険そうだし。……脱衣所ある家にすればよかったかなあ。


 ただまあ、やっぱり水上さんは特にこれといったことはしてこないまま、お互いお風呂も済ませてあとは寝るだけ、という状態になった。服は適当に余っている小さめのジャージを貸してあげた。「……八色さんの匂い」とぼそっと呟いた気もしたけど怖いから聞かなかったことにした。


「……じゃ、とりあえず水上さんはベッドどうぞ。僕は床に寝袋で寝るんで」

 生憎友達が家に来る機会もさほどなく、泊めることもなかったので、来客用の布団は家にはない。一度キャンプ行った際に用意した寝袋がひとつあるので、それを使って僕は寝ようとした、けど。


「……押しかけた身で八色さんを床に寝かせるのは忍びないです。八色さんこそベッドをどうぞ。私が寝袋使うんで」

「でも、さすがに女子を床に寝かせるわけには……」

 床ってまあまあ硬いから背中痛くなるし。多分二十五超えたらもう無理。ベッドの上で寝袋じゃないと眠れない。……寝袋の意味。


「だったら……」

 水上さんはじゃあ、とベッドに横たわってタオルケットを体にかけて、そのタオルケットを半分だけ残してめくりつつ、

「ふたりでベッドに入れば解決ですね」

 なんでもないようにそう言う。


「いやちょっと待ってどうしてそうなるのおかしくないですか」

「だったら寝袋にふたり入って一緒に床で寝ますか?」

「ごめんそれはもっと意味がわからない」

 ……それこそ何かのプレイなのでは? と思ってしまう。……寝袋プレイ、あまり聞かないけど。


「それとも……何かいやらしいことでも考えてます? 八色さん」

 ニヤニヤと表情を緩めて、口も目も弧を描くようにして笑いつつ水上さんは言う。

「……別に」

「ただ、同じ布団で寝るだけですよ? 別に何かしようってわけじゃないです。それなら、問題ないですよね? 八色さん?」


 ……問題大有りだと思うんですが。いかがでしょうか。

「……八色さん?」

 目の色を落としてそう言うものだから、僕は渋々頷いては、水上さんとギリギリまで距離を取ってベッドに入った。

 ……とりあえず朝まで寝ないで頑張ろう。寝たら死ぬぞ寝たら死ぬぞパートツーで。

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