第50話 二十年来の片想いの先輩
「それで? どうしたの? そんなしょんぼりした顔しちゃって」
査定を待つ津久田さんは、その間に水上さんと雑談をするつもりのようだ。たまにそういうお客さんはいるにはいる。忙しいときは正直迷惑以外の何物でもないけど、こういう落ち着いたタイミングになるとまた気分が変わるからそれはありっちゃあり。……お客さんに威圧の意味がなければね。
「……え、えっと……」
スキャナーがバーコードを読み込む音とともに、水上さんがもごもごとはっきりしないふうに言い淀む。
「ちなみに、水上さんは今おいくつ?」
「に、二十です……」
「へぇ、とてもハタチには見えない雰囲気だねー。でもなるほど、私のほうが四つ年上なわけか。ここはひとつ、年上の私に話してみな?」
したり顔でウィンクをしてみせ、水上さんのことを見つめている。
「……そ、その……」
「なになに? ふむふむ……」
と、査定の手は止めないまま、水上さんは小声で何やら津久田さんに話し始める。そして、
「──なるほどねえ……そういうことか」
腕を組んで大げさに顔を縦に振る津久田さんは、話は理解しましたよ、という態度か。
「つまりは、えっちなこと以外で好きな男の子を意識させる手段がわからない、と」
「ぶっ!」
それを聞いた僕は驚いて、台紙から剥しかけていたラベルシールを破ってしまう。あちゃあ……出し直しだよ……。
「うんー? どうしたの八色君―」
「えっ? いや、なんでもないです」
……津久田さんもまさかその対象が僕だなんて思ってもいないでしょうから、気にもせず普通の声量で話を続ける。近くに他のお客さんもいないしね。
「まあねえ、手っ取り早くて楽だけどねえ。ちょっとチラ見せするだけですーぐ目線向けてくるからねえ、男の子って」
……これ、僕聞いていいのか?
「でも、そういうのは不特定多数の目を引きたいときにすることであって、特定の誰かの目を引きたいときには最善の手段とは言えないなあ」
「……で、でも」
「まあ、その人がえっちなこと好きな変態さんなら効果はあるかもしれないけど、そうじゃないなら引かれて終わりだよ。悪い意味に記憶に残って逆効果、なんてこともありえそう」
……もう、その轍を踏んでいるのですが、そこにいる店員は。
あと、僕は変態さんではありません。断じて、だ。
「…………」
水上さんは、何も言わずに黙り込んでしまう。
「あれ? もしかして……やっちゃったの?」
津久田さんも、そんな彼女の様子を見て察したようだ。手を口元に当てて、もしやという表情を浮かべている。
「……なるほどなるほど。事情はわかったよ。ちょっと待って」
津久田さんは持っていたカバンのなかから手帳を取り出して、スマホの画面と照らし合わせながら何やら書き始めている。そして、一枚紙をビリっと破いて、それを水上さんに手渡す。
「これ、私のラインのID。暇なときあったら連絡して。また話聞いてあげるから」
「え、で、でもそんな……」
「いいからいいから、かく言う私もかれこれ二十年くらい叶わない片想いをし続けているわけでね? 私と同じ思いはさせたくないんだよ。そういうことだから、ね?」
……津久田さん、あの適当男を想ってもう二十年なんですね……。なんか泣けてきそう。だと言うのに、だと言うのに。当のあいつは嘘のシフトを教え、女子高生にゴムを手渡し、適当なことばかり言い、趣味はギャンブルっていう……。
もうちょいまともな男に惚れこみましょうよ……。なんか、なんか……。
二十年の恋の宛先が小千谷さんって……。ダメ男ホイホイだったりするのか……?
「は、はあ」
「ところで、査定は終わったかな?」
「あ、はい。四十点で、二万円です」
これまたいい本をたくさん持ってきていただきありがとうございます……。これくらいの値段の買取価格なら、きっとすぐに売れる本が多いだろう……。
「うん、オッケー」
「結構新しい本ばっかりでしたけど、いいんですか……?」
「これ? うん、平気平気。お土産でお父さんが貰ったものなんだけど、大抵の本ってもううちにあって二冊目になることがほとんどだから」
津久田家恐るべし……。
買取精算も済ませ、津久田さんは満足そうな顔をして、
「いやあ、久々にっぽい話できて楽しかったよ。ここの夜番の女の子って、良くも悪くも恋バナとは無縁の子ばっかりだったからねー」
そう話す。
……そうですね、数か月前までは浦佐も井野さんも無縁でしたね。なお、最近は。
「あ、あの津久田さん。浦佐はどうしてますか?」
「浦佐さんなら、元気にゲームして過ごしているよ? いやあ、まさか家にあるゲームにあんな使いかたがあるなんて知らなかったよー。浦佐さんには感謝しないとね」
家出生活を満喫しているようで何よりです。
と、遠い目をしていると、
「あ、大丈夫、ただ泊めているだけでなく、ちゃんと家出の目的を達成してもらうための手伝いもしているから」
「……手伝い、ですか?」
「うん。要は、ゲームで生きていくことを彼女のご両親に説得できればいいんでしょ? そのためのプレゼンの準備を、一緒にしてあげてますっ」
さすが……大企業の社長の娘様。そこらへんのビジネススキルは違いますね……。
「いやー、でもゲーム実況者ってやっぱり稼ぐの大変みたいだねー。それなのに高校生であそこまで行ってる浦佐さんは凄いと思うよ、ほんとに。親の敷いたレール歩いているだけの私とは大違い」
「……あいつの場合、親の敷いたレールを無視するだけでなくて、わざわざ破壊して回ってそうなのが怖いんですけどね」
「そういう生きかたができるのも、また才能だよ。努力で賄える範囲じゃない。きっと。……誰だってできることじゃないから。人と違う生きかたをしようとするのは」
少しだけ真剣な面持ちになって、ビルのエスカレーターに乗って帰っていく。
「それじゃあ、またねー。今度はこっちゃんがいる日に来るから―」
「あ、ありがとうございましたー」
そうして嵐が過ぎ去ったように、また店内に静けさが取り戻された。それに比例するように、
「……ふふ、ふふふふ……これ、○○君と××君の絡みが最高なやつ……ふふふふ」
と、ぶれない井野さんの不穏なひとりごとがまた僕の耳に入るようになってきた。
土曜日の閉店間際、もう少しだけ、この声を聞いてないといけなさそうだ。
ははは……。僕は必死に無心になりながら本にラベルを貼っていくけど……。
「ふふふ……やっぱり△△先生の快感に耐える顔の絵、たまらないなあ……ふふふ……」
お願いだから、お客さんが聞こえるところでは呟かないでくれよ? 井野さん……。
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