第48話 ドキドキ、宮内さんのお悩み相談コーナー
「なぁ……八色。なんかここ最近、佳織が知らないはずのことも知っていて俺凄く怖いんだけど」
浦佐の家出から三日が経った。津久田さんのお家に上がり込んで、二泊させてもらったらしい。
「……多分、浦佐が色々話しているんじゃないですか?」
「は? 浦佐? なんで。あいつと佳織ってそんなに仲良かったか?」
「今浦佐、津久田さんの家に泊まっているんですよ」
「……だからか。あんにゃろう、俺の情報をベラベラと佳織に話しやがって……『私と結婚したら百万円馬券に突っ込めるよー』とかそういうラインが来たときは震えたよまったく」
それでいいのか津久田さん。ギャンブルに溺れる男を夫にしていいのか。ちなみに、浦佐は浦佐で「津久田さんのお家ゲームが夢のようにあって最高っすー」と僕にラインを送ってきているあたり、かなり呑気だ。……家出中なんだよね?
そんなことを今日も出勤前に話していると、どこかやつれ気味の水上さんがスタッフルームに入ってきた。
「……お疲れ様です……」
なんか、玉手箱でも開けたのと聞きたくなるくらい、雰囲気が萎れている。なるほど、浦佐が言った「ただの根暗さん」という表現もこれでは頷かざるを得ない。
「おう、水上ちゃんお疲れーって、どうしたのその顔。すっげーひどい顔してるけど」
コーヒーを飲みつつスマホをいじっていた小千谷さんも、水上さんの変化に気づいたようだ。
「いっ、いえ……テストが近くて、それの準備に追われていてちょっと……」
そう苦笑いを浮かべては、そそくさと更衣室に入ってしまう。
うーん……。別にあそこまで落ち込んで欲しいとは思ってなかったんだけどなあ……。もうちょっとだけ大人しくいてくれたらそれでよかったのに……。
顔色が晴れないまま水上さんは更衣室を出て、僕から一番遠い位置に空いているパイプ椅子に座って、ぼんやりとスマホの画面を眺めている。
またどこかでタイミングを見てお話したほうがいいのかな……。
「みんなあ、お疲れさまあ……って、どうしたのー水上さんー。そんな落ち込んだ表情してえ」
すると、夕礼のために戻ってきた宮内さんも、彼女の冴えない様子を見て声を掛ける。彼女の側にしゃがみ込んで、ポンと両頬に手を当ててさらに続けた。
「だめじゃない、女の子がそんな顔して外に出たらあ。綺麗なお顔してるんだから、普段通り凛とした落ち着いた顔しないとだめよお」
……事実だけ述べるなら、三十代男性が二十歳女性アルバイトの顔に手を触れるという、いかにもな事案なのだけど……多分これが許されるのは宮内さんが宮内さんだからだと思われる。
「……は、はい……」
「接客業は表情が命なのよお? そんなしょんぼりしたお顔のまま、売り場には出せないわ。ほら、元気出して水上さん。それとも、好きな人にでも振られちゃったの?」
げ。いや、宮内さんに悪意はないのだろうけど、今その話題は水上さんにとってクリティカルヒットなはず……。
「いっ、いえ……そういうわけじゃ……」
「じゃあ喧嘩でもしたの?」
水上さんは、その問いに対して何も答えることはせず、ギュッと唇を嚙みしめては俯いたままだ。
まあ、喧嘩という表現もできなくもない、か。というか、いつの間にか宮内さんのお悩み相談コーナー始まってるし。
「図星ねえ。それで水上さんが落ち込んでいるあたり、自分に非があるとも思っているわけかあ」
「…………」
「はやいうちにちゃんと謝ったほうがいいわよお? 男って単純だから、こういうのは時間を掛けないほうが吉よ。じゃないとどんどん拗れて面倒なことになっちゃうからあ。これ、ワタシの経験談」
……一体どんな内容の経験談なんですかねえ。聞かないではおきますが。あと、女性目線で話しているのに男性のこともわかっているのがなんか面白い。
「はいはい、それじゃそろそろ夕礼にするわよお」
パンパンと乾いた手を叩く音がして、また今日の勤務が始まりを告げた。
水上さんの表情は、まだ少し曇ったままだ。
休憩前の時間はボトムの時期と言ってもまあまあ混み合うもので、そんなにのんびりしている余裕はない。といっても、繁忙期に比べれば可愛いレベルだけど。
ただまあテキパキと仕事をこなさないといけないため、スタッフと雑談をしている暇はない。流れるプールくらいの勢いでやってくる買取をコツコツと消化しながら、横目に売り場で補充をしている水上さんのことを見るけど、やはりどこか虚ろな感じだ。心ここにあらず、といったふうに本を棚に差し、たまにお客さんに話しかけられるとなんとかそれに応えている。
「……うーん……」
あまりよくはないよなあ……。今の感じは。
今日は水上さんと休憩を揃えた。小千谷さんにはふたりぶん働いてもらおう。
スタッフルームで僕はもそもそとコンビニのおにぎりを食べるなか、水上さんはゼリー飲料を吸っているだけ。他の人たちはみんな売り場に出ているから、今は僕らふたりしかここにはいない。
「……その、大丈夫?」
僕が二個目のおにぎりを食べきったタイミングで、未だ何も口を開かない水上さんにそう話しかけた。
「……大丈夫ですよ。私は」
「で、でも……最近元気がないし」
「…………」
「か、勘違いして欲しくないんだけど、別に僕は怒っているだけで、嫌いになったわけじゃないからね。……嫌いになったらそもそも怒るなんて非生産的なことしないし」
「そ、そうなんですか……?」
潰れかけのゼリーのパックを口から離して、水上さんはそう呟く。
「……そうだよ。とりあえず、あの過激な行動さえ控えてくれたら、それでいいんだから。……なにも、そこまで落ち込んで欲しいとは言ってない」
「けど、けど……」
ぎゅっと自分のズボンの膝のあたりを握りしめ、彼女は言い淀んでしまう。
僕がまた口を挟もうとした途端、水上さんは空になったゼリーの容器をゴミ箱に捨てて、立ち上がってしまう。
「……ちょっと、お手洗い行ってきます」
「う、うん……」
色々難儀な子だなあ……。何をそんなに思い悩んでいるのかがわからない。折り合いがついたなら宮内さんの言う通り僕にこの間のこと謝って終われるはずなのに、彼女はそうはしない。
別に謝れない子ではないんだ。仕事でも、プライベートでも謝るべきことには彼女はきっちり謝っている。
「だから、なおさらわかんないんだよなあ……」
時計を見ると、そろそろ休憩時間も終わりのようだ。僕もゴミ箱におにぎりのゴミを捨てて、ペットボトルのお茶を軽く口に含む。
未だテンション低めの水上さんと一緒に、僕は売り場に戻っていった。
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