第47話 迷い人とノリのいいお嬢様
「水上さん、何かあったんすか? すっごく元気なかったんすけど……」
浦佐家出二日目。この日も浦佐は出勤で、制服を着ているあたり学校には行っているようだ。曰く「自分の両親は体面ばっかり気にするから、学校に連絡することはないと思うっす」とのことだ。……逆にそんな家庭からよくこんな自由奔放な子が生まれたとすら感じるけど。出勤前の会話で、浦佐は水上さんの様子についてそう語った。両手には相変わらず携帯ゲーム機が握られている。
「……え? そうなんだ、へー」
浦佐は水上さんと一晩寝食を共にしただけで、異変に気がついたようだ。まあ、職場と家じゃ気持ちの張りが違うだろうしね……。
「なんか、普段はもう少し落ち着いていて、そつなくなんでもこなすお姉さんって感じなのに、昨日はただの根暗さんでしたっす」
そこまでひどいんですか。
「夜もなんか夜泣きがひどいというか……何回も何回も鼻水すすって鼻をかむもんなんで、なかなか寝つくことができなかったすよ……おかげで授業中居眠りしてそれが先生にバレて叱られて散々っす……」
「いや、それは居眠りしたお前が悪い」
ただ……水上さんのそれは……九割方僕の説教が原因ですよね?
「……さすがにあんなテンションの水上さんの家にお邪魔するのは申し訳ないっすね……今日はどうしよっかなあ」
「チラチラ見ても泊めないからな」
「ちぇっ、太地先輩のケチ」
「ケチじゃない大人の判断ってやつだ」
「はぁ……どうしようかなあ……」
「というか、結局浦佐は家出してどうしたいんだ? ゲームを守れればそれでいいのか?」
この家出の目的についてそういえば聞いていなかった。それがわからなければ解決の協力さえできない。
「……どうしたいんでしょうねえ」
「おい」
家出している浦佐自身もわかっていないのかい。そりゃ無理だよ。
「いや、でも実際わかんないんすよ……。自分がどうしたいのかが。進路希望調査には一応進学とは書いたっすけど、別にそこまで大学行きたいわけでもないっすし、できればゲーム一本で生きていければどんなにいいだろうなあって思ってるっすけど、それ書いたら再提出しろって言われちゃって」
ああ、でも浦佐が引っかかりそうなことではあるなと思った。そして、そういうお堅いご両親を持っているなら、尚更衝突しそうな事柄でもありそうだ。
「で? 結局わかんないまま定期テストを迎えたら悲惨な点数になり、喧嘩に至ったと」
「そういうことっす。なんなら受験云々より卒業が怪しくなってきたみたいなんすよ自分」
……一体何科目赤点を取ったんだお前は。卒業が怪しいなんて言葉、単位を落としまくった大学生が使うものだぞ。少なからず、都心の学校では。
「はぁ……まあ、好きにしなよ。さっさと早いうちに親と話して、決着は着けたほうがいいとは言っておくけど」
「じゃあ今日泊まりに行っても」
「それは駄目」
「……なんすかー、期待煽るようなこと言ってー」
ブーブー頬を膨らませて文句を垂れる浦佐。いや、絶対に家には泊めません。百歩譲って女子大生なら泊める。……水上さんは危険なので除外として。でも高校生はアウトだアウト。なんなら浦佐の見た目ならご近所に中学生と思われるかもしれないし。中学生ならアウトを通り越してチェンジだよもう。自分でも何言ってるのかわかんない。
「ほら、そろそろ時間だし、着替えろよ。……あと、出勤する以上はちゃんと働けよ」
「わかってるっすよー」
そんな呑気なことを呟きながら、浦佐は更衣室に入っていく。
今日の夜は、僕と浦佐のふたりだけだ。宮内さんもお休みで、あとは中番のふたりの計四人で回すことになる。
ボトムの時期は相変わらず続いたままで、客入りは落ち着いている。まあ、いきなり混みあってもそれはそれで悲鳴があがるのだけど。
休憩回しも終わって、中番のふたりが退勤。売り場にいるスタッフは僕と浦佐だけになった。つい最近、棚の腐りかけの商品を一斉に値下げして、棚の中身をごっそり入れ替えたばかりだ。だから、補充も慌てる必要はないので、この日はふたりでカウンターに籠ってソフトの検盤をしていた。研磨といった作業はカウンターではなく隅の作業場でないとできないけど、ラベルの発行と袋に詰める作業はここでもできる。コンテナに浦佐の身長くらい積まれたゲームソフトや映像ソフトの中身を確認しつつ、その場で加工できるものはどんどん加工していく、ということを進める。
適当に雑談も込みで仕事をしていると、見覚えのある人が買取カウンターにやって来た。
「こんばんわー、あれっ? 今日こっちゃんはお休み?」
スーツケース片手にパンツスーツ姿というOLそのものの格好でやってきたのは、小千谷さんの幼馴染、津久田さんだ。
僕は加工の手を止めて、彼女のもとへ向かう。
「はい、今日はお休みですけど」
「えー? そうなの? こっちゃんに今日出勤だって聞いたから、また要らなくなったもの持ってきたのにー」
……おい小千谷。まさか貴様、僕のことを売ったな。
顔が引きつりそうになるのをぐっとこらえて、営業スマイルで僕は続ける。
「ちなみに、今日はどういったものを?」
この間みたいな家電が来たら終わり家電が来たら終わり家電が来たら終わりと頭のなかで何回も何回も繰り返していると、テーブルに乗せたスーツケースからは、大量のゲームが出てきた。……ソフトだけでなく、本体まで。新旧問わず、色々に。
「浦佐。チェンジだ」
それを見た僕は、加工スペースにいたゲーム廃人を呼ぶ。
「はーい……わぁ……すっごい量じゃないっすか。全部売っちゃうんすか? 津久田さん」
ちなみに、浦佐も津久田さんとは面識がある。夜番でまだ会ってないのは水上さんくらいだろうか。
「うん。私の甥っ子が今年で大学生になって、九州に引っ越すんだけど、運びきれないゲームは処分してしまおうということになったんだー」
「……それにしても、たくさんあるんすね」
さすがの浦佐も気圧される量だ。スーツケースに詰まるほどのボリュームだからね。
「実は、まだこれでも半分くらいで、またこっちゃんがいる日に持ってこようと思ってて」
「まっ、まだあるんすか? いいなぁ……」
浦佐がすごく羨ましそうな目でケースの中身を見ている。何か気になるものでも見つけたのだろうか。
「そういえば、浦佐さんってゲームが好きだったよね? だったら、残りの半分、今私の部屋で預かっているから見に来る? 少しくらいだったら譲ってもいいかなあって」
津久田さんのその提案に対して、ゲーム好きの少女は目を輝かせて、
「いいんすか? ……あ、あの、それって今日お願いしても……」
「おい、まさか」
「え? 今日? 別に大丈夫だけど、いきなりだね」
「じ、実は……自分、今家出中でして……」
と、かくかくしかじか浦佐は事情を説明すると……。
「──そういうことだったら協力しちゃいますっ。部屋は余ってるので、使っていいよっ」
……このお嬢様、庶民的な一面も持ち合わせているよなあって。
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