第38話 一の位-十の位。ただ、タイトルネタが尽きて困ってます。
六月も半ばになり、本格的に梅雨入りして、毎日毎日ジメジメとした空気に長い雨が落ちるようになった。お店の閑散期も例年通り訪れていて、井野さんのお母様が襲来した日ほどではないけど、のほほんとゆっくり過ごせる勤務が増えていた。
井野さん・浦佐の高校生組も一旦中間テストがあるようで、春先に比べると大きな動きを見せることはなくなってきていた。……とくに、ここ最近僕に対して積極的だった井野さんも、テストが近くなると、ひとまず大人しくなり勉強に専念をしていた。
ただ……浦佐は相変わらず出勤前にゲームをしているし、話を聞くと配信活動も変わらず継続しているようだ。……浦佐、進路どうする気なんだろ、と心の片隅に思ったりもしたけど、僕が口出しすることでもないかと何も言わないことにした。
そんなある日。
「八色―、なんだよこの買取―。面倒臭い家電買取五点セットみたいなラインナップはー」
買取カウンターで涙目になりながら忙しなく査定をしている小千谷さんを横目に、僕は単行本の加工をしていた。
「いいじゃないですかー。SIMロック解除されたスマホ一台にリカバリー領域のないノートパソコン、動確がことごとく面倒な液晶テレビに、使わなくなったガラケー、あとおまけとばかりに携帯音楽プレーヤーですか? 今月の家電の買取目標、それだけで達成するんじゃないですかー?」
「それはいいんだけどよ、どうしてそれが同じ日の同じタイミングでやって来るんだよおおお……俺の腕は二本しかないんだよおお……八色、スマホだけでいいから手伝ってくれええ……」
「嫌です。僕もこのコンテナに乗っかった単行本の山、今日中に加工しきらないといけないんですから」
……内心、ざまあみろと思っているのは口にしないでおく。これは僕の性癖を水上さんに話した腹いせみたいなものだ。二度と小千谷さんと酒の席で性癖とかそういうことは話さないぞ。
「ひえええん……八色が冷たいよおお……」
まあ、こんな胃もたれしたお腹にさらにうな重三人前みたいな状況に小千谷さんがいてよかったって心の底から思っているけど。……なんやかんや小千谷さんだったら今日の閉店までには終わらせることができるだろうけど、僕だったらスマホと音楽プレーヤーを査定して終わりだ。残りは明日の朝へという至極面倒な引き継ぎをすることになってしまう。
「……そう言いながら、もう音楽プレーヤーの査定は終わってるじゃないですか」
最初にパソコンとテレビを同時に査定し始めたことも驚きだったのに、それと並行して音楽プレーヤーを終わらせたのは本当にすごかった。……なんやかんやで、この人も家電のスペシャリストだったなあって……。
「あ、浦佐ああ……八色が俺に冷たいんだああ……なんとか言ってやってくれよおお……」
すると、小千谷さんは近くを通りかかった浦佐に声をかけて、助けを求める。
「……先輩は大事にしたほうがいいっすよ、太地先輩」
浦佐は僕と小千谷さんのことを一瞥したのち、すぐにゲームソフトの売り場へと向かって行った。
小千谷さんは毒気を抜かれたように口を半開きにして、僕のほうを向く。
「なあ八色」
「なんですか小千谷さん」
バーコードをスキャナーに通しながら、近くにいる先輩の話に耳を傾ける。
「最近浦佐の様子、おかしいと思わないか?」
「……それに関しては、僕も同意しておきますね」
「まず、浦佐の勤務態度が最近真面目過ぎる。いつもの浦佐だったら、途中どこかでレアもののゲームを見つけたりすると、そこの作業場のパソコンで商品情報調べたり、ネットオークションの相場を調べたりして、ウチの販売価格を調整したりするのに、最近はそれがない。おかげでここ一週間のゲームソフトの売上が、数量は増えたものの、金額は減っている。特に、あいつの専門分野とも取れるオールドのゲームソフト。あれの在庫がはけすぎている」
「……なんだかんだ浦佐のゲームソフトの値付けって天才的ですからね。買う人は買うギリッギリのところを設定するからそのへんの嗅覚は凄いよなあって……」
浦佐は主にゲームの担当を任されている。ゲームソフト・ゲームハードの買取価格・販売価格の調整、ゲームハードの加工など。その天才的な金銭感覚は間違いなくうちのお店の武器のひとつだったのだけど……。
売上数量が増えて金額が減っているのなら理由はひとつ。
適正な価格で売れていない。それに尽きる。
「っていうか、小千谷さん普段適当なことばっかしているのに、ちゃんと後輩のこと見てるんですね。意外でした」
「おまっ……仮にも俺は夜番の最年長だぞ? 後輩の面倒くらい見てやらんとな」
「じゃあそのうち次来るであろう新人さんの研修、多分井野さんか水上さんが担当するんですが、それのフォロー、お願いしますね」
「ごめんそれは無理」
おい、あんな自信満々に話していたのはどこいった。あと、査定しろ査定。
僕は出したラベルの束を淡々と貼り付けていき、カートにひょいひょいと乗せていく。
「なんかあったんかねえ。浦佐のことだから、またひねくれた理由でもあるんだろうけど」
「……現実の恋愛や青春はノイズ、って言い切るような奴ですからね……」
なんてハタチ過ぎたおっさん店員が、ゲームソフトの売り場をちょこまか動き回っている女子高生店員の心配をするという、なんともシュールな絵が続くと、また浦佐がカウンター内に戻って来た。
「……? どうしたんすか? 太地先輩もおぢさんも、鳩が豆鉄砲に撃たれたのを見たような目で自分を見て」
その独特な言葉回しは相変わらずなのな。
「浦佐、まさかとは思うけど、最近彼氏でもできたのか?」
小千谷さんは、とりあえず一番あり得ないであろうことを尋ねてジャブをかました。
「何言ってんすか? そんなわけないじゃないっすか。そんなことしている暇なんてないっすよー」
まあ、予想通り。浦佐はぴょんぴょんと狭苦しい作業場に再び籠っては、ゲームソフトの加工を再開していた。ただ、
「……はぁ……」
浦佐らしからぬため息をついているのを見て、やはりおっさんふたりは顔を見合わせては首を捻った。
気を取り直して、今やっている仕事に集中しようとすると、
「あっ、こっちゃんみっけー」
さっきこの面倒な家電買取五点セットを持ってきた女性が買取カウンターにやって来た。
「げっ、これ
その女性を見るなり、途端狼狽し始める小千谷さん。
「んー、なんのことかぼくわからないですねーただいらっしゃったおきゃくさまのあんないをしただけでー」
「棒読みバレバレだっつーの──ひぃぃ!」
薄色のデニムに、肩を露出した少し大人っぽいピンク色のトップスを着たその人は、査定をしていた小千谷さんに近づいては、満面の笑みを浮かべてこう続けた。
「最近連絡してもちっとも返事してくれないからさー、会いに来ちゃった。ねー、まだ結婚してくれないのー? こっちゃん」
彼女はうちの店で働くバイトなら有名人だ。
「だっ、だからその約束はガキのときにしたことだって言ってるだろ──ひゃあ!」
……まあ、せいぜい頑張ってください。僕は静かに仕事しているんで。
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