第24話 げつまつのしんぱいはげつまつのじぶんがします
水上さんが動物に好かれないことを学んでから、園内にあるレストランでお昼を食べ、その後も色々な施設を巡って楽しんだ。
お昼も過ぎて、午後三時近くになると、
「……では、そろそろ私はバイトの時間なので」
やや名残惜しそうにして水上さんが別れを告げた。去り際、
「……あ、八色さん。疲れちゃったね、ちょっとそこの建物で休憩していこうか、とか言ったらだめですからね」
「……高校生をホテルに連れ込む趣味はないから安心しなさい」
「それじゃあ、私は失礼しますねー」
とだけ言い残して、一足先に遊園地を後にした。
「えっと……これからどうしようか? とりあえずあらかたここの遊園地は回れたけど」
残った井野さんに尋ねると、彼女は少しだけモジモジとして答える。
「……で、でしたら……私、行きたいところがあるんです……ちょっと疲れちゃって、ゆっくりしたいなって……」
いや待て、落ち着こう。多分僕の想像とは違うだろうから。直前の水上さんとの会話で思考がピンクに染まったせいで変なこと考えているけどきっと違う、そうだ。そうに違いない。
「えっと、どこ、かな?」
「ひ、東池袋にあるんですけど……」
……オーケー、理解した。僕もその地名がどういう場所かはわかっている。
「つ、つい最近から、好きな漫画のコラボカフェがやっていて……行ってみたいなあとは思っていたんですけど……ひとりだと恥ずかしくて行けなくて……い、いいですか?」
オタクの聖地を秋葉原とするなら、通称「乙女ロード」がある東池袋はいわゆる腐女子の聖地。……なんで僕がこれを知っているかというと、BLコミックを補充しているときにお客さんの会話を聞いて、なんだけど……。
「あ、で、でも八色さんが嫌って言うなら全然いいんです漫画知らないと楽しめないかもしれないですしそもそも場所自体八色さんの趣味とはかけ離れているかもなので」
「ふっ……」
「へ……?」
急に早口になって及び腰になった井野さんを見て、思わず僕は笑ってしまった。
「い、いやごめん。さっきまで普通に女の子してたけど、やっぱり井野さんってこうだったよなあって思うと、おかしくて……」
「……はぅ、す、すみませんすみませんっ、そうですよね、こんな話聞かされる身にもなれってことですよね楽しくないですよねすみませんっ」
再びペコペコと頭を下げている井野さん。その様がどこか小さな動物っぽくて少し可愛い。
「いいよいいよ。井野さんがそこ行きたいなら全然。……むしろそれくらいのことは聞いてあげないと今日水上さんを引き連れてしまった詫びが立たない……」
「あっ、いえ、水上さんのことは別に大丈夫ですので……!」
……聞いたか。水上さんに足りないのは多分こういうところだよ。やっぱり僕が辞めた後の夜番の良心は井野さんだよ……。進路どうするかは知らないけどバイトは続けてね……でないと、ますます夜番メンバーの濃度が上がってくから……。
そうして僕らは西武線に乗って池袋駅へと向かった。今度は乗り換えなしの直通で行けるので、楽と言えば楽。
地元から東京に出て来て今年で四年目だけど、何気に池袋に行くのは初めてだ。大学は都心にあるけど、中央線の沿線にあるからなかなかそれ以外の路線の駅は利用する機会がない。つまるところ、中野や新宿、もしくは東京と言った沿線の大きな駅はしょっちゅう行くけど池袋や渋谷、品川には出向く機会がないんだ。……よく地元に帰ると「渋谷ってどんな感じなん?」とか聞かれるけど、ごめんあんまり行かない。
池袋駅東口を出て、向かうはとりあえず……有名なアニメショップ。道中、井野さんは、
「あ、でも最近は東から中池袋に中心が移り変わっているんです。一口に東池袋って言っても、色々あるんですよ」と初池袋の僕に補足の説明もしてくれた。
……そうなんだ。さすがにそこまでは知りません……。と、まあわかってはいたけど女性の比率が高めな店内に入っていく。
古本屋で働いているとはいえ、把握しているのは本のタイトルと作者名くらい。色々な男性キャラが描かれたものを見ても、僕にはどの作品の誰なのかさっぱりという有り様。まあ、女性キャラも似たようなものだけど。
「……そう言えば新しいキャラグッズ出てたから買わないと……ああでもそれだと今月ちょっとお金使いすぎていて月末に出る漫画の新刊が……うーん、うーん……」
トレーディング形式の缶バッチを目の前にして、うんうん悩みだす井野さん。……台詞は違えど、月末の書店で棚を前にする僕と似たような感じだ。……ひとつ違うのは、今がまだ月の半ばである、ということ。
……こういうオタク活動もして、それでいて漫画も描いてってなるとお金も飛ぶよね……。それに女の子は生活しているだけで男よりお金かかってそうだし……ほんと大変そう。
そんな井野さんを微笑ましい目で見守っていると、「よし」と呟いた彼女は、
「ちょっとこれ買っていくので、お店の外で待っていてくださいっ」
とレジに向かっていった。……まあ、確かにここに男ひとりで待つのはかなり恥ずかしいものがある。腐男子なるものも最近できているらしいけど、僕はそういうわけじゃないし。
お店を出て、近くにある公園で井野さんが出てくるのを待つ。ここの中池袋公園もなかなかに買い物帰りの女性客で賑わっていて、カフェスタンドで買ったもの美味しそうに食べたり、スマホで写真に収めていたり。
「お、お待たせしましたっ……では、本題のところへ行きましょう……!」
右手にレジ袋を提げた井野さんが、なんなら今日一で楽しみそうな表情を浮かべて、目的のコラボカフェへと歩き出した。
ま、井野さんが楽しいのならそれが一番です……。
ただ、到着したカフェは当日いきなり入れるような甘い場所ではなく、事前の予約がないと入店は厳しいとのことだった。平日ならなんとかなったかもしれないけど……とも言われ、さっきまで意気揚々としていた井野さんはしょんぼりと落ち込んでしまう。
……オタ活って大変だなあ。
「……そうですよね、当日行こうと思って行ける場所ではないのはわかっていたはずなのに……すみません、無駄足にさせてしまって……」
「いや、いいよいいよ全然。どうせ休みの日なんて家で本読んでゴロゴロしているだけだからちょうどいいしさ。でもどうしようか、もう夕方だし、解散する?」
時計を見ると、午後六時。家でご飯を食べるならもう帰路についたほうがいいだろう。
「あまり夜に女の子を街に連れ回すのも気が引けるし……」
そう言って、僕の足が池袋駅に向いたときのこと。長袖のシャツの袖が、クイっと引っ張られる感覚がした。それにつられて、引かれたほうを向くと。
「どうかした……?」
「……で、でも……まだ帰りたく……ないです……」
いつも通りのおどおどした小さな声で、ポッと顔を赤くさせ俯いた表情で井野さんは呟いた。
「お、お母さんには晩ご飯いらないって言って来たので……まだ、時間はあるんです……な、なので……」
「わかったよ、じゃあどこかで食べてから帰ろうか?」
「……はっ、はいっ」
あまりのいじらしさに、僕もそう言わざるを得なかった。……ほんと、あと一年早く井野さんが生まれていたら、素直に好きになったかもしれないんだけどな……。
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