第23話 理由が可愛い寝不足の
「だ、大丈夫……?」
船から降りた後、井野さんはふらふらと揺れながら歩いていき、近くのベンチにへなへなと座り込んだ。
「……す、すみません……私、こういうの初めてで……」
気持ち悪そうに視線を下に埋め込んで力ない笑みを浮かべる。……やっぱり、初めてだったか。
「い、いきなりあれは……まずかったですね……へへ……」
「と、とりあえず落ち着くまで休んでいいよ。……お茶、あるけど飲む?」
僕はかばんにしまっていたコンビニのお茶を差し出す。
「ありがとうございます……何から何まで……」
ペットボトルを受け取ると、か弱い動きでキャップを外し、一口二口薄緑色の液体を口に含む。
「これからどうしましょうか、八色さん」
水上さんはピンピンしたままで、ベンチの前で軽く屈伸までしている。
「いや……さすがにこんな状態の井野さん置いていくわけにはいかないし……僕は一緒にいるけど……」
「……まあ、八色さんならそう言いますよね。わかってましたよ」
僕にしか聞こえない大きさでそう呟いたのち、
「私、遊園地来るの高校生以来で、ちょっと楽しくなってきちゃいました。ジェットコースターとか色々回りたいので、それでしたら私ひとりで動き回ってますね。井野さんの体調がよくなったらラインしてください。……あ、そうそう」
井野さんにも聞かせるように宣言した。さらに、
「……私がいない間に、どこかに逃げちゃ嫌ですからね? 八色さん」
「わ、わかってるって……」
「それじゃあ、行ってきますねー」
水上さんは軽い足取りでベンチを離れていき、言った通りまずジェットコースターの待ち列へと並んでいった。
……ほんと、一番楽しんでいるようで何よりです。
「……すみません。言い出しっぺの私が真っ先にこんなになって……」
「いいっていいって。よくあることだから。僕の地元の友達にも調子に乗って何度も何度もフリーフォール乗って吐きそうになった奴がいたし、それも込みで遊園地だからさ」
「で、でも……」
「初めてだったんでしょ? 仕方ないって。乗ってみないと自分が絶叫系行けるかどうかわかんないしね。お化け屋敷とかと違って、あれはほんと、乗らないとわからない」
「そう言ってもらえると……ありがたいです……っ……」
ふと、井野さんが一瞬口元を押さる仕草を見せたので、僕はひとまず背中をさすってあげる。僕よりひとまわりもふたまわりも小さな背中を右手で撫でていると、少し波が引いたようで、井野さんの表情も楽なものになった。すると、その拍子に彼女は小さく口を開けて、あくびをした。
「……もしかして、眠い?」
「あっ、いっ、いえ、決してそんなことは……」
僕にあくびするところを見られたからか、井野さんはカアッと顔を染めてさらに俯いてしまう。
「……昨日、何時に寝たの?」
「……え、えっと……よ、四時です……」
それは今日って言うんだよ。大学生ではあるあるの時間だ。
「きょ、今日着る服を選んでたら……お、遅くなっちゃって……」
……ほんと、申し訳ありません。そこまでして選んでくれたのにほんとすみません。
「それから……今日が楽しみで……なかなか寝つけなくて……」
可愛すぎかよ。と、脳内で突っ込みをいれておく。
普段は大人しいけど、意外と子供っぽいところもあるんだ……。
「いいよ、眠いなら寝ちゃっても。寝れば少しは楽になると思うから」
「でっ、でもっ、それは申し訳なさすぎますっ」
「……井野さんがこのまま無理して体調悪いままでいるほうがよっぽど申し訳ないから、気にしなくていいよ。肩でも膝でも使っていいから」
水上さんがいない今ならきっと……大丈夫なはず。
「……で、では……お言葉に甘えて……失礼します……」
すると、僕の右肩にこつん、と柔らかい感触がする。肩に頭を、腕に身体を預けた井野さんは、やっぱりとても眠かったようで、すぐに小さな寝息を立て始めた。
彼女が起きるまでの間、僕は反対の左手で本を読んで暇を潰すことに。それから一時間ほど、ぐっすりと眠り続けた井野さんは、目覚めた後は悪かった顔色もよくなって、ふらついていた足取りももとに戻っていた。
散々アトラクションを楽しんできた水上さんも回収して、次に向かったのは園内にある動物とふれあえる広場。さすがに収まったとはいえ、また井野さんがグロッキー状態になることも考えられたので、もう激しいアトラクションはやめておくことにした。
「わぁ……可愛い……」
ウサギやモルモット、犬にポニーなど、色々な動物がいる広場。芝生の上を歩く井野さんの格好と、背景に映る動物の数々があわさって……。
「……ここは中世ヨーロッパかどこかか?」
思わずそんな感想が漏れた。モルモットの集まりに近寄って彼らと戯れている井野さんの姿とかまさにそれ。
「……私のところには来ない……」
今度は水上さんが外れなようで、いくらエサをちらつかせても、手を出してみても、動物一匹近寄ってこない。
「八色さん、どうしてなんですかっ? 私はやっぱりいらない子なんですかっ?」
悲しそうな目でそう言うなって……。
「僕に聞かないでよ……動物マイスターじゃないんだから……」
いや、多分きっと動物たちは気づいているんだと思う。彼女に近づくと危ない、って。骨の髄まで愛されてとんでもないことになるぞ、って。
そんな水上さんの様子を苦笑いして見ていると、井野さんのいる方角から軽い悲鳴が聞こえてきた。
「ひ、ひゃう!」
どうかしたのだろう、とそちらを振り向いて見ると……、
「……わ、私からはミルクでないよ……? だ、だめだよ……?」
「ぶっ!」
しゃがんでいる井野さんの胸にたかる子犬の集団。犬に弱いところを触られているみたいで、時折か細い……喘ぎ声も聞こえてしまう。
「……井野さんの声聞いて興奮しているんですか? 八色さん」
いたたまれなくなった僕を見て、冷え切った視線を向ける水上さん。
「……それともあの子犬を見ていいなあとか思ってます?」
「思ってないから」
……現実の女子高生にバブみを感じたら僕はもう終わりな気がする。
「や、八色さん、助けてください……」
とうとう犬にギブアップした井野さんは、近くにいた僕に助けを求めた。仕方ないのでとふたりで井野さんのもとに近寄ると、雲の子を散らすように子犬は井野さんから離れていった。
「「…………」」
「た、助かりました……」
どうやら、水上さんのオーラは相当らしい。それがよくわかる瞬間だった。
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