第22話 服はパステルカラー、されど思い出はそうもいってくれない

 遠くから電車のモーター音が聞こえてくる。どうやら一本到着したようだ。少しして降りてきた人が改札を通っていき、立ち止まっている僕を迷惑そうに避けていってそれぞれの目的地へと向かっていく。

「え、え……ついてくるの? だ、だって今日出勤だよね?」


「そうですよ? なので出勤の時間まではついていきます。……本当は行かせたくなんてないですけど、井野さんを待ちぼうけにさせるのは悪いので……妥協してあげます。ですが八色さん。これは私に対する背信行為ですからね」

 どうしよう、それはそれでカオスな気がするけど……。

「あ、八色さんが今からでも断ってくださるのなら、そうしてくださって構いませんよ? その場合はそうですね……出勤まで八色さんのお家にお邪魔しても」

「じゃあ、電車乗ろうか」


 うん、冷静な判断を下したらそっちのほうがまだマシだ。水上さんに僕の家を特定なんてされてみろ。今日がとんでもない日になるに飽き足らず、そのうち休みの日に押しかけてくることなんて想像に難くない。

「……もう、つれないですね八色さん」

 なんとでも言ってくれ。水上さんの攻撃範囲を僕の家にまで拡大されてたまるか。


 無言で改札にICカードをタッチし、東京方面の電車が来るホームに。東中野までは三十分もかからずに向かえる。ただ、武蔵境は快速、東中野は各駅停車しか停まらないから同じ路線なのに乗り換えないといけないという面倒なオプション付きだけど。

 一度乗り換えを挟み、待ち合わせの十五分前に東中野駅に到着した。東京にしてはこじんまりとした改札口に向かう。……いや、地元だったらこれで大きな駅ですけどね。


 そして、エスカレーターを上って改札に近づくと、改札出て横にある木のベンチに座っている井野さんの姿を視界に捉えた。

「…………」

 見つけた瞬間、僕は心のなかで土下座をした。


 ……あれかな、甘ロリっていうのだろうか。パステルカラーを基調としたフリルのついたワンピースドレスに、肩から提げる小さなカバン……。別に一緒に歩いても非オタの僕が恥ずかしくならない程度の雰囲気で、絶妙なところを突いているし。

 ごめん、ほんとごめん。めっちゃ頑張っておめかしして来てくれたのに……余計な人連れてきて。


「あっ、やいろ……さん?」

 彼女は改札を抜けた僕に気づいて、座っていたベンチから立ち上がり片手を振りかけたけど、すぐ側に招かれざる客がいることを知り、弾けかけた笑顔が曇を帯びた。

「え、えっと……どうして、水上さんがここに……?」

「あ、ちょっと三鷹みたかで買い物していたらたまたま会ったので、ついてきちゃったんです」


 ……サラッと嘘をついていくスタイル。こんな朝からどこで買い物をしようと言うんだ。

「で、でも水上さんのお家って反対側ですよね、なんでわざわざ三鷹に」

「楽しそうなんで、私もついて行っていいですか? 井野さん」

「え、で、でも……でも……」

 視線をグルグルと回しつつ言葉を彷徨わせる。いきなりのことに混乱しているようだ。


 井野さんの反応ももっともだよね……。水上さんの住む街は山手線の円の北東に位置している。そして、僕や井野さんの住む街は円の西側だ。特に今言った三鷹なんて、観光でない限りそこでなければいけない理由はない。東京なら買い物できるところはたくさんあるのだから。

 それに……たぶん僕とふたりで行けると思ったからここまでめかしこんでくれたんだよね……。なのに、そこに水上さんがいるとなると、かなり予定外なんだと思う……。


「……うーん、じゃあ、今度八色さんとお休み被る日に、八色さんのことお借りしてもいいですか?」

 そして、水上さんがいつも僕にやっているように、井野さんの耳元で何かを呟く。囁かれた彼女はポッと顔を赤くさせて、

「だっ、だめですっ! ……あっ……」

 そう叫んでしまった。……一体何を言ったんだあの女は。


「なら、今日ついていってもいいですよね? 安心してください、夕方になったら私はシフトがあるので消えますから」

 安心できねーんだよなあ……今日ここについて来ている時点で。

「……わ、わかりました……それでいいです……」

 最初に僕を見かけたときの表情とは対照的に、しょんぼりと肩を落とした井野さんにほんと謝りたかった。

 僕が迂闊でした……。


 東中野からは地下鉄だ。五駅で着くのであっという間に遊園地に到着。やはり土曜日で都心に位置する遊園地ということがあり、人はかなり多い。……あと、まあ僕らと同じような(はずだった)男女ふたりで来ている人もまあまあいて……。色々な意味で気まずくなる。


「さて……どこから回ります? ベタに絶叫系から行きます? それともなんか楽しそうな鏡の迷路とかからにします?」

 遊園地のゲートを入ってすぐにある広場のような場所で、水上さんは大きく掲げられている園内の地図を指してそう言う。

 ……そして一番ノリノリなのが笑えてくる。


「僕は別に駄目なものとかはないからどこからでもいいけど……」

 高校のときにしばしば地元にある全国的に有名なレジャーランドでその手のアトラクションに耐性はつけてきた。よほどのことがない限りビビったりすることはない、はず。

「井野さんは? どこか行きたいところある?」

「えっと……えっと……」

「何もないんだったら、私、あれ、乗りたいんですけど」


 そう言い彼女が目を向けたのは、上空を左右に大きく振れて、急上昇と急降下を楽しむバイキングだった。

「いいですよね?」

 誰からも異論はでなかったから、じゃあ手始めにそれから乗ることにした……はいいのだけど。


 いざ乗船し、アトラクションが始まると、隣に座った井野さんの様子が何やらおかしい。

「……っ……」

 顔色……青くない? だって、反対の隣に座っている水上さんは、

「ひゃっほー! わー! 八色さん、景色凄いですねっ!」

 と軽―い悲鳴をあげ景色を楽しみ、あろうことか僕に話しかける余裕まで残っているようで、その差は歴然だ。


「あぅ……」

 見ていて不安になるくらいには、なんか怪しい。桜がかった色合いの服と対比するように顔色はよくないし……。

 あ、もしかして。


 ……井野さん、遊園地実は初めてとか? 彼女の言動を顧みても、そもそも友達自体が少ないニュアンスを匂わせていた。遊園地は基本ひとりで行く場所ではないから、機会がなければ経験もなくて不思議ではない。人混みには慣れていても、アトラクションは駄目っていうのはあるかもしれない。


 なんて考えているうちに、段々船の振幅が最大に近づいていく。それにしたがって、速さも浮遊感も上昇していき──

「ちょ、ちょ井野さんタンマ! タンマ! 堪えて!」

 もう、これ以上は井野さんのためにも忘れてあげたほうがいい。……なんか、最近そんなのばっかりだな。もはやそういう役回りなのではないかと考えるくらいには。

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