第14話 でんこうせっかのせんせいこうげき
その日の帰り、新宿駅までの道のり。……明らかに行き交う人の視線が集まっているような気がした。……主に、井野さんに。
水上さんを綺麗系の美しさと表現するなら、井野さんのそれは対極の可愛い系だ。なんというか、大げさに例えるなら、パンツスーツで出社する水上さんと暖色系のゆるふわなイメージ走る私服で出社する井野さん、的な。あくまで極端な例えだけど。
ただ……さっきから水上さんは物々しい雰囲気を醸し出して、さっきからチラチラと僕の顔を窺う井野さんのことを見ている。
「……大丈夫ただの後輩ただの後輩ええそうよ井野さんは違法井野さんは違法」
あのー、聞こえてますー。それとも聞かせているのでしょうか。いいえ、気のせいとか言わないでくださいね。
「……そ、それにしてもいきなりだったよね、ど、どうして?」
水上さんのことは一旦置いておいて、僕は斜め後ろを歩く井野さんにそう尋ねる。……いけないな、ほんと一瞬姿を探してしまう。それほどまでに別人だ。
「……や、八色さんが短いほうが好きって……おっしゃったので……」
ポッと照れつつ外向きに巻いた髪をそっと撫でて、やや俯き気味に答える井野さん。その破壊力に僕は一度目線を前に向けてしまう。
高校三年生になってからのイメチェンはなんて言えばいいのでしょうか? 高校デビュー? それとも引退セレモニー? もうなんて言えばいいかわからないです。
「……井野さんは違法井野さんは違法」
これは……もしや刷り込みか? 井野さんは違法であると何度も何度も言葉にすることで僕の潜在意識から井野さんを抹消させようとしているのか? あと、そんなに違法違法言わないで。ますます変なこと考えそうになるから。
「そ、そっか……すごく可愛くなったと……思うよ。学校の男子の見る目も変わるんじゃない?」
こんな子がもし同級生にいたらもしかして一目惚れしていたかもしれない。……だって、外見は好みドストライクなんだから。
「……変わったとしても……中身は見てないと思うんで……」
ああ、まあ、それはそうだろうね……。イメチェンでホイホイされるような男なんてたかが知れている、かもしれない。全員が全員とは言わないけど。
「……それなら、最初から内面も見てくれたやい──」
そこまで井野さんが言いかけたところで、僕のスマホがピロリンと鳴り響いた。
「ご、ごめん、ラインだ」
そうしてメッセージの中身を確認すると、
水上 愛唯:井野さんは違法
僕はそっとスマホをポケットにしまった。恐る恐る後ろを振り返ると、無表情の水上さんが無言で何やらスマホの画面を連打していた。それに伴うように、僕のスマホがピロリンピロリンピロリンかえるの合唱みたいに輪唱を始める。
……スタンプ爆撃でもしてるのかな……。どうせ「違法」とか「NO」とかのスタンプだろう。……後で見よう。胃もたれしそうだけど……。
「ら、ラインの通知すごいですね八色さん……」
「ん? あー、ちょっと頭のネジが外れかかった知り合いから連絡が来ていてねー。気にしなくていいよー」
嘘は言っていない。
「……バイトだけでなく他にもそういうお知り合いがいるんですね……」
いや、ごめんバイトだ。なんならすぐ後ろにいる。そんな僕を変人が集まる巣窟みたいに言わないで欲しい。軽く傷つく。
「で、ではっ……私はここで……お疲れ様でした、八色さん、水上さん」
ちょうど井野さんが乗る中央総武線のホーム下にたどり着いたので、ペコリと一礼して彼女はとてとてと音を立てて階段を駆け足で上がり始めた。
「……井野さんは違法ですからね、八色さん」
そんな後輩を見送っていると、またいきなり耳元で水上さんが囁き始める。
「だっ、だからわかってるって。井野さんは高校生、かたや僕は二十二の大学生。……どこからどう見てもアウトなのはわかってるって。それに……井野さんは今三年生で、受験とか進路が大変な年なんだから……」
「……あ、でもどうしてもそういうプレイをしたいって言うなら、高校の制服実家から送ってもらいますので、安心してくださいね? 八色さん」
「プレイ言うな」
「高校のじゃご不満ですか? でしたら中学の」
「そういう問題じゃねえ」
あまりの爆弾発言に思わず突っ込みも雑になる。
「八色さんの希望に沿う準備はいつでも整えているので……ね?」
何が「ね?」なのか僕にはさっぱりわからない。
「はぁ……僕のどこがいいの? 前も言ったけど、そんなに僕モテる要素ないよ? 別に実家金持ちでもないしなんならド田舎だし就職するのも中小企業だし。優良物件ってわけではないんだけどね」
「……井野さんの言葉を借りるなら、内面ですよ、内面」
内面、ね……。別にすっごく善行を積んでいるわけでもないんだけどな……。
「それに、宮内さんも言ってましたけど、押せばワンチャンありそうな柔和な印象ですよ」
「それ褒めてないよね」
「褒めてますってー。……それに、仕事とはいえ、後輩を守るために汚れ役をすんなり引き受けることはなかなかできることじゃないですよ? いくら時給が私や井野さん、浦佐さんより高くたって、普通人間は怒られたくなんてないですから」
すらすらととめどなく彼女は彼女が思う僕のいいところを並べた。
「それも……僕の先輩がそうしてくれたからであって」
「だとしても、です。実際小千谷さんは夜番のなかで一番高いお給料もらってますけど、八色さんみたいなことはあんまりしません。つまりは、そこははっきりとした八色さんのいいところってわけですよ」
「……小千谷さんを普通の先輩として捉えるのはよくないと思う。あの人……変だから」
「はい、それはこの間一緒にお酒飲んで十分わかりました」
ああ、例の僕の性癖調査のときね……。
「というわけです。……確かに八色さんを好きになったのは一目惚れですけど、それだけではないってことはちゃんと覚えておいてくださいね?」
……ん? 今なんて言った?
僕の前にトンと飛び跳ねるように出た水上さんは、今度は含みのない純粋な笑みを浮かべてさらにこう続けた。
「嫌だなー、そんな私が好きでもない男性に身体を許すような軽い女に見えました?」
……愛は十分重いから安心していいよ、とは口が裂けても言えない。いや、そこはいいんだけどさ。
「え……いや……その、それは、違うけど……」
……察してはいたよ。あんなこと三回もされて気づけないほど僕は鈍くない。
でも、面と向かってちゃんと「好き」って言われると……。
「あれ? 八色さん、照れてます?」
「うっ、うるさいっ、それじゃあ僕も帰るからっ、帰り気をつけなよっ、お疲れ様っ」
恥ずかしさを隠すため、僕も駆け足で階段を上り始めた。
「はーい、お疲れ様でーす」
いつものように半分くらい過ぎたところで振り返ると、やっぱり彼女は変わらず手を振ったままで、けど、僕はそれを見ただけでまた前へと進み始めていた。
水上さんのスタンプは予想通り、クマのキャラがバツ印を作ったもの五十個並んでいた。
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