第13話 すべてのタイトルの頭文字を繋げてみてください。それが、わたしの気持ちです……
「どっ、どういうことなんですかっ! 八色さん」
恥ずかしそうに右頬を掻く井野さんを指さして、水上さんは僕にそう言う。
「い、いや……この間水上さんが話していたことを井野さんに伝えたら、八色さんの主観でもいいんでどんな感じにすればいいか教えてくださいって……」
「あらあ、ってことは今の井野さんは太地クンがプロデュースしたってこと? いいわねえ、やっぱり可愛いわあ」
「……別にそういうつもりで言ったわけじゃ……まさか言った通りにするなんて思ってなくて……」
あくまで僕の主観でってことだったのに……なんでこんなことになったんだ……。
そう言うと井野さんは少しだけ悲しそうに俯いては、体の前で両手をもじもじとさせて、
「そ、そうですよね……私なんかどう繕っても駄目なままですよね……」
「あー太地先輩円ちゃん泣かしたっすー。いーけないんだいけないんだーせんせーに言ってやろー」
浦佐はもう通常運転に戻ったみたいで、落としたゲーム機をまた持って、カチャカチャとコマンドを入力しながら僕のことをからかう。
「えっ、え? じ、十分可愛くなってるって、一瞬誰だかわからないくらい綺麗になったからっ」
「……あ、ありがとうございます……」
あれだ、髪の毛がミディアムショートになって、はっきりと顔色が見えるようになったからか、表情の変化がわかりやすくなった……。井野さん、こんなに感情表に出る子だったんだ……。外巻きにセットされた髪に、前髪はおかっぱっぽく眉のあたりで揃えている。……正直、今までの髪型がもっさりしていた分、より魅力的に映ってしまう。言った通り、目もとにあるほくろと、柔和な印象を与える優しい瞳が強調されていて……。
あれ……井野さん、こんなに可愛かったっけ……自分で言っておいてなんだけど。
「……ち、違うこれは八色さんの優しさであって決して八色さんが井野さんに好意を持ってるからとかそういう下心で提案したことじゃないのよわかって私だって八色さんはただの後輩だって言ってたしそうよそうに違いないわ」
……なんか、お腹痛くなってきたなー。家、帰りたいなあ……。そこはかとなく、嫌な予感がするんだ。僕。
「さ、じゃあそろそろ夕礼の時間になるわ。みんな準備しちゃってー」
宮内さんの号令で、「井野さんイメチェン事案」の話は一旦中断。それぞれ出勤の準備をして簡単に夕礼を済ませた。ただ……夕礼の間、チラチラと二名ほど僕の横顔を見てくる人がいて気が気でなかった。……誰とは言わないけど。
セールも終盤となると、スタッフにも耐性がついてくるもので、多少のトラブルには動じなくなってきた。レジ打ちの途中で釣銭機がエラーを起こしたり、ゲーム機の買取が来過ぎてレジから一万円札や五千円札がなくなりそうになったり。お店にもよるけど、僕のいるお店は寧ろ一万円札で会計してくれると「あ、これでまた買取が楽になる……」って心のなかで感謝したりするから、別に「すみません大きいのしかなくて」と言わなくてもいいんですよって思ったり思わなかったり。ほら、うち家電も取り扱っているからテレビやパソコンの買取でざらに万はいくし、ゲームハードも最新のものになると二、三万円の値はつく。一万円札の量が必要になってしまうんだ。
水上さんもちょくちょくやってくる不測の事態にも慌てないで対応していて、わからなくなるとすぐに近くの先輩スタッフを捕まえてくれるから見ていてとても安心だった。朝番、中番のスタッフとも水上さんはもう打ち解けているし。
やっぱり肝が強いんだよなあ……。
特にこれといった大きなトラブルは発生することなく、その日の営業は終了した。
「あー終わった終わったっすー。今日も忙しかったっすねー」
「……いいよな、浦佐は明日休みだからセールの出勤最後で」
閉店作業も終わり、僕ら四人はスタッフルームに引き上げる。
「いやー、明日は別の実況者さんとコラボ生配信する予定なんで、どうしても無理なんすよー」
「……ほんと、浦佐はゲーム一色だよな」
ここまで来ると清々しいものさえ感じる。
「というわけで、自分明日は朝早いんでとっとと帰っちゃうっす」
浦佐はすぐに更衣室に入って秒で着替えを済ませる。その速度、男並み。そして「お疲れ様っすー」と言いつつ彼女は帰っていった。
……あれ? これってもしかしなくてもまずいのでは?
残った三人は、無言のままロッカーに荷物をしまったり引っ張り出したり。そうしている間にイメチェンした井野さんが更衣室に入った。
瞬間、スタッフルームには僕と水上さんのふたりきりになる。
「……八色さん。どういうつもりなんですか?」
ほらー、来たよこうなるよー。わかっていたけど。目も声も殺して僕に近づく水上さん。
「だ、だから……井野さんに相談されて、それに答えただけだってっ。べ、別にそんな僕好みにしようなんてつゆも思ってないからっ」
「……まさか、あんなに可愛くなるとは思わないじゃないですか……しかも、顔赤くして八色さんのこと見ちゃって……あんなの……」
「僕も予想以上で……別人になっちゃったみたいでほんとに……」
最後のほうが聞き取りにくかったけど、まあ会話に支障はないからいいか。
「……そうだ、八色さん。この間、小千谷さんから聞いたんですが……どちらかというと責められたい願望があるそうですね……?」
ちょっとばかし艶めかしい声色で、さらに僕の背中からふっと耳元に息を吹きかけて彼女は言う。
「ちょ、ちょっと何してるの、ここ職場だし、今井野さんが着替えてるんだよ?」
「……背徳感があっていいじゃないですか?」
これ。もしかして三回目始まってる? うん、始まってる。なんか背中に柔らかい何かが当たってる気がするから。
「……駄目ですからね。井野さんに手を出したら。八色さん、条例に違反しちゃいます」
「いっ、言われなくても井野さんをそういう目で見たことないから」
「でも……外見は好みなんですよね? それに、彼女はむっつりさんだから、八色さんがその気になったら──」
そこまで言われて、不覚にも僕は脳内で井野さんと同じ布団に入って朝を迎える光景を想像してしまう。
「──って何考えさせるんだよっ」
「……考えたんですね。今」
より一層冷めた調子で彼女は続ける。
「……何度でも言いますからね……。井野さんは犯罪、私は合法ですよ……? 私だったら、いつでもウェルカムなんで……」
さらに彼女は胸の膨らみを僕に押し当てて……更衣室のドアが開く音がした瞬間、それを離した。
「それじゃあ私、お先着替えちゃいますね、八色さん」
……何事もなかったように水上さんはニコリと微笑んで、ドアを閉めた。
「っ……」
ロッカーに顔を当てて、軽く右手でそれを叩く。そのままするするとしゃがみ込んで、収まるのを待った。さすがにこれを井野さんに見られたらまずい……。
三度目……なんか一番エロかったんですけど……。
「……どうかされました? 八色さん……」
「え? ああいや……なんでもないよ……」
一瞬でも、井野さんで妄想してしまったことに罪悪感を覚え、彼女を直視できなかった。
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