第11話 気をつけよう、勤務中の雑談に

 休憩後、僕は宮内さんにひとつ頼まれごとをされる。

「太地クン。あなた休憩後の配置はどこ?」

「み、水上さんと一緒にカウンターですけど……」

「ということは補充に出るのは井野さん?」

「は、はい……」

 顔、近いです。……スタッフルームなんで他人の目があります、ええ。なんなら水上さんも見てます。


「今日が思った以上に売上が伸びて、もう予想はついていると思うけど棚はガタガタよ。このままだと明日以降に影響が出ちゃうわ。悪いけど、井野さんと太地クンをチェンジして、太地クン、ガッタガタになった本の棚を復旧してくれないかしら? あなたならこれから三時間あればどうにかできるでしょ?」

「……ま、まあどうにかできますけど……」

「よし、それで決まりね。レジや加工を教えるくらいなら井野さんでも大丈夫だし、少しずつ後輩をトレーニングすることも経験積まないと。ソフトやゲームハードの棚は虎太郎クンがどうにかしてくれるから」


「ちょっと宮ちゃん、俺をなんでも屋みたいに言わないで、俺の担当家電、ゲームハードは浦佐の担当でしょー」

「じゃあワタシはこれで帰るわね、あとは頼んだわ、お疲れ様」

「って無視かいー」

 それだけ言うと宮内さんは普通に売り場を経由して帰宅していった。……まあ、宮内さんはセールの間全部出勤するっていう一番大変なことをしているから、これくらいの頼みなら全然引き受けるけど……。


 スタッフルームで商品であるノートパソコンのキーボードにエアダスター(まあ、空気を噴射してゴミを取り除くあれ)を使って手入れをしている小千谷さんは、またもやというふうに悲しそうな顔をする。

「なんか、俺、有給から復帰して以降扱いが雑になってない? 八色」

「……まあ、小千谷さんいない間なかなかに夜番は大変でしたから。僕がいない日は宮内さんが代わりに閉店までいてくださったみたいですし」


 夜番メンバーで夜十時以降も働けるのは僕、小千谷さんと水上さんだけだ。水上さんは研修中だからまだ数えないとすると、実際はふたりしかいない。小千谷さんが有給を使う間、その数はひとりだったわけで。シフトを組む宮内さんもなかなかに頭を悩ませただろう。井野さん、浦佐のふたりだけで絶対にシフトは組めないので、もはや答えのないパズルを解き続けた数週間だったのではないだろうか。

「まあー確かに宮ちゃんには迷惑かけたし、これ終わったら俺も売り場出て補充するけどさー」


 ……ブーブー言いながらもちゃんと仕事はするんだよなーこの人。……それが浦佐との違いなんだけど。わかりやすく言えば浦佐の上位互換なんだ。浦佐には悪いけど。

「や、八色さん……私のこと……見捨てるんですか?」

「え? あっ、いやそんなことはないって」

 うん、ごめん、今は人のこと言っている場合ではなかった。この愛が重い後輩の処遇をどうするか考えないと。


「ほ、ほら、僕がいない日は普通に働けているんでしょ? 大丈夫だって、井野さんも仕事はそつなくこなす子だから。それに研修が終わったら僕の配置関係なしに働かないといけないし」

 なんだこの子供をあやすみたいな説得は。

「……わ、わかりました……仕事ですもんね……」

 ふう……とりあえずことなきを得た……。


 休憩後、カウンターに女性陣ふたりを残して僕は宮内さんに言われた通りに、虫歯ができたように穴が開きまくった棚に本をどんどん補充していく。

 休憩後の時間になると、客入りもピークを過ぎ、アイドルタイムとなる。レジも買取も落ち着くので、僕がいなくてもカウンターは回るだろう。

「よっ……ほっ……とっ……」

 てきぱきと棚と補充物が乗ったカートを忙しなく往復する。何度も何度も往復していくうちに棚が綺麗に埋まる様子を見るのはある種快感だ。


 そうしていき、宣言通り、本の棚は閉店三十分前にはほぼ完全な形に復旧させた。よし、これで明日の売上も期待できるな。

 達成感を抱きつつ、一度カウンターに戻って水分を補給しようとしていると、買取カウンターに立っていた井野さんが困った顔で僕のことを見てきた。

「……ん? どうかした? 井野さん」

「あ、あの……八色さん……これ……」

 ポッと顔を赤らめて指さした先には……。


「おう……オッケー、僕が査定しますね」

 漫画数冊にAVと成年コミックが混在していたようだ。……これを井野さんにさせるわけにはいかない。法律的にも、倫理的にも。

 代わりに買取査定に入って、井野さんは加工を水上さんと進めてもらう。穏やかな口調で話す井野さんの説明は、ながらで聞いてもわかりやすいものだった。

 よしよし……これなら次の新人さんの研修は任せてもいいかもな。


 しっかしまあ……このお客さん、けっこうえげつないパッケージのAV持ってきたな……。よくこれを女性店員に差し出せたよ。僕なら恥ずかしくて無理だね。

 中身を検盤して、傷が入ってないかチェック。あと、AVの場合は倫理シールが貼られていないものは買取不可なのでそこも注意が必要だけど……、

「今回は全部ついてるな」

「あっ、八色おっぱい凝視してるー。エッロいなー」


 すると、両手にゲームハードの箱と家電を抱えて近くを通った小千谷さんにからかわれる。

「なっ、しっ、仕事だから仕方ないじゃないですかっ」

「井野ちゃんに負けず劣らず八色もむっつりだからなー。知ってる? こいつの性癖──」

「知りたいですっ! 小千谷さんっ!」

「……さっさと補充行けおぢさん。あんたの馬券びりびりに破り捨てるぞ」


 あと勤務中に猥談しようとすな。スタッフルームならともかく、ここは売り場ですよ。あと、それセクハラ。井野さんが訴えたら負けますよ。

「ちぇっ。あとおぢさん言うな。はいはい、大人しく補充しますよー」

「ったく……あの人はほんと適当なんだから……ね? 井野さん……?」

 一緒にネタにされた井野さんに同意を求めようとしたけど、僕の声は途中で止まってしまう。


「だ、大丈夫……?」

「……む、むっつりなんかじゃないです……私……」

 店内の有線にかき消されそうな大きさで、ぼそっと彼女は呟く。そ、そりゃそうだよね……むっつりと言われて嬉しい気持ちになるはずないよね……多感な時期だし。

「……でも、井野さんさっきレジ打ちしていた成年コミックちらちらと見てましたよね」


 みなかみいいい! お前も燃料投下する民かああ!

「っ……しっ、仕方ないじゃないですか。あんなの……持ってこられたら目に入るに決まってるじゃないですかっ」

「そういうの読んで自分を慰めたことは?」

「……に、にさんか──って何を言わせるんですかっ」


 あちゃあ……墓穴にはまったよ井野さん……。テンパるとすぐにこうだ。髪の毛で隠れてるとはいえそれでもわかるくらい顔真っ赤。しかも今回は重傷。……なんか、男の僕が知っちゃいけない井野さんの性事情を聞いてしまったかもしれない。

 ……とりあえず、退勤したらおぢさんと水上さんには説教が必要だな。これ。

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