第6話 特技:ゲーム

 週四で働いている水上さんと週五の僕が同じシフトになるのはほぼほぼ確定事項みたいなところはあって、コンテナドン事件の次の日もシフトが被った。

「お、お疲れ様です」

 さすがの水上さんもどこか気まずいみたいで、スタッフルームに入って僕と目があったときは気まずそうに顔を背けていた。そそくさとロッカーに荷物を置いて、更衣室に入っていく。そんな僕らの様子を見て、

「……? 太地先輩と水上さん、何かあったんすか? そんな、美少女ゲームでフラグを立てたばかりの初々しい男女みたいな反応して」


「……花の女子高生なのに浮いた話ひとつもでてこない浦佐に言われたくないし、何もないよ。あと、お前そういうゲームも守備範囲なのか」

「いやだなー、太地先輩。自分はゲームさえあればそれでいいんで、現実の恋とか青春とかただのノイズでしかないっすよー。それに、そんなことしてたらゲーム実況の動画撮る時間減っちゃいますしー」

 そう言いながら手元で操作しているのは携帯ゲーム機というあたりがもはやガチ。


 話にもあったように、浦佐は生粋のゲームオタクで、かつ動画配信者でもあるらしい。なんだったらその動画で収益を受けているくらいには人気と実力を兼ね備えているとかなんとか。彼女のバイト代はつまるところ、ゲームと配信周りの機器に全て溶けていくそうで。

「……まあ、浦佐がそれでいいなら別にいいけどさ」

 他人の生きかたに口を出すほど先輩ではないし、たかがバイトの先輩にあれこれ言われるのも浦佐はいい気もしないだろう。


「ただ──もうそろそろ出勤の時間だからゲーム片付けて早く着替えろよ」

「わかってるっすよー」

 彼女はそうして椅子から立ち上がって、水上さんと入れ替わるように更衣室に。

「……ん?」

 すると、水上さんの目が少しだけ死んでいる。……光が宿っていないというか。

「浦佐さんとも仲が良いんですね、八色さんって」

「……えーっと、ただの後輩だよ?」


 その言葉で察した僕は前もって質問を封じる。

「わかってますよ?」

 わかっているなら死んだ目をしながら微笑まないで、普通に笑って欲しいんだけどなあ。

「そうっすよ水上さん。自分がこんな冴えない大学生の先輩を好きになるはずないじゃないっすかっ」

 会話が聞こえていたのか、閉じられた更衣室のドア越しに浦佐の声が飛んでくる。

 ……突っ込みたいところはあるけど、もういいや。それが浦佐だから。


「それはそれで……なんかなあ」

 なんでちょっと空気がギスギスしてるの? そっち方面のカオスはマジで胃痛しか生まないから遠慮しておきたいよ。

「あらあ、太地クンの良さが浦佐さんにはわからないなんて、残念だわあ」

「……いつからいたんですか?」


 音もたてずにスタッフルームにいつの間にか戻っているし宮内さん。なんなの? ここの人は一日一回ボケをかまさないと死んじゃう病気なの?

「水上さんと一緒にスタッフルームに入っていたわよお、ちょっとバックにある在庫の確認してただけ。他店から在庫分けてくれないかって電話掛かって来ちゃったのよ」

「えっ? そうなんですか?」

 ……なるほど、それじゃあ音は立ってないな。一番近くにいたはずの水上さんが気づいていないなら。


「それよりなんなんすかー店長―。太地先輩の良さってー」

 お店の制服に着替え名札をつけながら浦佐が出てくる。

「押せばワンチャンいけそうな柔和な印象?」

「さー夕礼始めましょうかーまずは唱和からですねー。今日も一日──」

 聞く浦佐も浦佐だけど答える宮内さんも宮内さんだよ。しかも宮内さんが答えると本当にガチに聞こえるから怖い。……え? ってことは僕、ごり押ししたら行けるって思われているの?

 ……さしあたっては早急にBL漫画コーナーの棚を短くすることを提案しておこう。スタッフ一名、涙目になって反対する人がいそうだけど……。


 と、色々僕の貞操が危ぶまれる会話が繰り広げられた出勤前の時間を終え、今は水上さんと僕とでカウンターに入っている。浦佐は本の補充に、宮内さんは引き続きバックヤードにある在庫の確認をしている。

 今日は金曜日ということで、いつもの平日よりもお客さんの入りは多い。金曜日は、次の日が休みの日ということもあって、その間に読む本や漫画、はたまた消化するゲームや映画を買っちゃおうって人が増えるんだ。

 だからそれなりに忙しくて、二台あるレジは常にどっちも稼働している、そんな感じ。


 ただ、忘れないでもらいたいのは、ここは古本屋であるということ。つまり、仕事は売るだけでなく買うことも含まれているわけで。

「すみませーん、売りたいんですけどー」

 客入りが増えると必然的に買取の客数も増える。買取の対応は、法律も絡んでくる業務になるので僕が一旦入る。は、いいけど。


「古いゲームって大丈夫ですか?」

 三十代くらいの男性が買取カウンターの上に置いたバッグのなかには、大量に入ったファミコンのゲームソフトが……。その数ざっと三十。げ。

「は、はい、大丈夫ですよ。この量ですと三十分くらいかかっちゃいますが大丈夫ですか?」

「わかりました」

「では、番号札でお呼びしますので、店内でお待ちください」


 ……僕は無言でレジの後ろにある加工用の作業台にある呼び鈴を鳴らす。すぐにすばしっこい動きで浦佐がやってきて、

「どうかしたっすか?」

「浦佐って、オールドのゲームもわかる?」

 僕の質問の意味を悟った彼女は、すぐに目線をカセットの山に移す。


「──ってこれ、超レアもののソフトじゃないっすかっ。ネットオークションで出したら定価の倍以上で落ちるやつっすよ! しかも箱まで残ってるって、すんごいお宝の山じゃないっすかっ」

「……オーケー。わかるんだな、これの査定お願いしていい? 三十分で」

「合点承知っすっ、テンション上がってきたー」

 意気揚々と浦佐は査定物を広げ始め、それと合わせてパソコンのオークションサイトを開く。……まあ、あとは彼女に任せよう。


 レジも落ち着いたようで、加工台で水上さんと一緒に本の値付けを再開する。レジがない暇な時間に、こうして加工を進めるわけだ。

「浦佐さん、今までで一番生き生きとしている気がします……」

 ハイテンションの浦佐を横目で見ながら、水上さんはそう呟く。

「あいつは……うん。ゲームを触っているときが一番楽しそうにしているよ。おかげで本の補充とかはやる気が出ずに遅いんだけど……こういうときはいてくれると助かる」


 僕がやると、それだけに集中して三十分でギリギリ終わるくらい。でも実際は途中でお客さんに在庫の確認をされたり、電話が鳴ったりと、ひとつの仕事に集中できる時間は意外と少ない。

 ただ、浦佐の場合は……。

「終わったっすー、呼び出しちゃいますねー」

 その半分、十五分で終わらせた。買取金額、三十三点で、一万円オーバー。男性客は満足そうな表情でお店を後にしていった。

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