第3話 たしかに閉店作業はちょっと緊張する。

「どうですか? 少しは慣れましたか?」

 一時間ちょっとして休憩の時間になった。浦佐と井野さんを売り場に残して、まず僕と水上さんが休憩に入る。俗に言う先休ってやつだ。

「は、はい。だいぶ慣れてはきましたけど……やっぱりまだ教わってないことが出てくると慌てちゃって……」

 電子レンジで温めていたコンビニの焼きそばを取り出して、僕は彼女の隣の椅子に座る。


「みんなそんな感じだったので大丈夫ですよ。それに、研修中のバッジがついているうちは基本何やらかしても怒られるのは僕なんで安心してください」

「そっ、それはそれで逆にプレッシャーがかかりますね……」

 水上さんは冷蔵庫に入れていたゼリー飲料をちびちびと飲んでいる。お腹空かないのかな。

「でも、接客は慣れている感じがしましたけど、どこかで経験あったりします?」

「いえ……アルバイトは初めてで」

「そうなんだ……それにしては結構落ち着いていたと思いますよ、凄いなー」

 僕なんか最初のときはガチガチに固まって言葉噛み噛みだった。

「……八色さんが、近くにいたので」


 ん? ……今何か言った? 焼きそばすする音でよく聞き取れなかった。まあ、いいか。

「水上さんって、どこの大学に行かれてるんですか? この春から一年生って言ってましたけど」

「えっと……T大です」

「えっ、国公立大行ってるんですか、頭いいんですね」

「そ、そんなことないです、それに、私……一浪してるんで」

 僕が感嘆の声をあげると、水上さんは口からゼリーを離してブルブルと手を振った。


「だとしても凄いですって、僕なんか浪人する気力もなかったので適当な私大で妥協しちゃいましたし。おかげで今こうしてがっつりバイト入って学費を稼いでいる羽目になっているんですが」

 おかげで就活は多少苦労した。まあ、なんとか内定は貰ったから、あとは卒業するだけなんだけど。

「八色さんは、今何年生なんですか?」

「四年生ですよ。なので、このバイトも今年度いっぱいで辞めるんですが」

「え……」


 僕がそう言うと、水上さんはこの世の終わりを目にしたように瞳を丸くして口を半分開けている。サイドに作っているツインテールが少しだけ揺れを強くさせて、

「や、辞めちゃうんですか……?」

 不安そうに可憐な目を震えさせてそう言うものだから、僕は慌てて二の句を継いだ。

「えっ? あ、いや今すぐって話ではなくて、まだ一年くらいはいるんで」

「そ、そう、ですよね。就職されるなら辞めちゃいますよね……」


 なんか、この話題は避けたほうがいい気がしてきた。なんか別のことを話したほうが、そうだ。

「そ、そういえば、面接のとき、店長のことどう思いました? キャラ濃いなあって思いませんでした?」

 咄嗟に思いついた宮内さんのことを振ってみる。宮内さん今は売り場に出ているので、別に気にする必要もない。それに、今日は閉店前には勤務時間終わる日だし。


「第一声を聞いたときはビックリしました。あれ、ここ古本屋さんですよね、って一瞬周りを見渡したくらいです」

 ですよね。どこぞのバーのママですって言われても軽く信用しそうなノリと口調だから。

「宮内さん、あんな感じですけど頼りにはなる人なんで。色々変な噂は立ってますけど」

「例えば……?」

「……夜な夜な歌舞伎町でイケメンの男を食ってるとか。……鬼ごっこで鬼役がイケメン芸能人を確保したらキスができるっていうテレビの企画に出たことがあるとか。……熱狂的な男性アイドルファンであるとか」


 最後のに関しては別に普通のはずなのに、いかがわしく聞こえるのは宮内さんのなせる業だと思う。

「だ、大丈夫なんですか……? ここの男性スタッフさんは……?」

 一般的にこの台詞は、ここの男の倫理観は大丈夫なのか、という意味で使われるだろうけど、まさか擁護する意味で使われるときが来るとは。まあ、水上さんの反応も当然かなって。


「今のところは大丈夫ですよ。キャラはあんなですけど、常識は兼ね備えているので。……あと、負けず劣らず他のスタッフもキャラが濃いので、宮内さんのそれと互角に渡り合うんです」

「……個性のデパートなんですね、ここ」

「話してみるといい人ばっかりですよ。癖が強い人もいますけど。あと、浦佐と井野さんも十分濃いので」

「そ、そうなんですか? あのおふたりは一見普通に見えましたけど……。浦佐さんは元気な感じで、井野さんは大人しめでって……特にそんな感じはしませんでしたけど」

「……まあ、そのうち気づきますよ」

 説明するより体験したほうが話は早いだろうから、敢えてこの場では言わないでおいた。……このふたりは、性格が、というより、趣味に対する熱が強いんだけど……。

「さ、そろそろ休憩も終わるんで、売り場戻っちゃいましょうか」

「は、はいっ」


 休憩後、また水上さんのレジを見てあげつつ、新しいことが出てきたらその都度教えるという形で時間が過ぎていった。

 水上さんは一度教えたことは基本的に吸収してくれるので、その日の最後には完全につかなくても大丈夫なレベルにまで到達した。

 そのまま平穏に営業時間は過ぎていき、閉店の二十一時半になった。何気に閉店の時間になると僕は緊張する。

「ノーゲスっす太地先輩―」

 売り場を見て来た浦佐が小走りでカウンターにやって来る。

「オッケー、じゃあ井野さんと一緒に片付け頼むね」

「了解っすー」


 何故かというと、シフトに高校生がいるからだ。二十二時を超えて高校生を働かせるとアウトになってしまうから、三十分で閉店作業を終わらせて帰らせないといけない。何も起きなければ余裕で終わるのだけど、レジ差異が発生したりしてその確認に手間取るともう地獄。……大抵浦佐がやらかしてレジのお金が多かったり少なかったりしているから尚更イラっとくる。それでもまあ女子高生を夜遅くまで働かせるわけにもいかないので、僕とか、他に夜番にフリーターの先輩がいるからその人が尻拭いをすることになるけど。


 水上さんにレジのお金の回収方法を教えて、閉店作業も今日は無事に完了。売り場の電気を消して、スタッフルームに引き下がる。

 普段閉店時は二、三人のシフトだけど、今日は初回の水上さんがいるということで厚めの四人体制だった。それで更衣室はひとつしかないから着替えで行列ができるというある種シュールな光景に。……男しかいない日だと更衣室入らずして着替えたりもするけど。あ、宮内さんがいない場で、っていう条件はつくけど。

 男の僕が先に着替えると何かと角が立つので、女子三人が着替えるのを待つ形に。……世の中物騒ですから、盗撮とか余計な心配はしたくないでしょ?

 別々の高校の制服を着たふたりと、春物のカーディガンを羽織った水上さんが出てから僕も着替える。

「よし……じゃあ帰ろうか」

 スタッフルームと、通用口を繋ぐ扉を出て、従業員専用のエレベーターから、僕らは店を出た。

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