第2話 なんか不穏だけど……、
「今日の子、採用することにしたから、頼んだわよお、太地クン」
その日の休憩時間のうちに、宮内さんは僕に報告する。
「すんごく綺麗な女の子だったわあ。お店が華やかになるわねえ」
「……それ、結構言外に意味を持たせてます?」
「いやわねえそんなことないわよお。井野さんも浦佐さんも十分可愛いわよ?」
「……はぁ。それで、初出勤はいつですか?」
「明後日よ。その日は井野さんも浦佐さんもいる日だから、みっちりお仕事教えてあげてね、太地クン」
「わかりました……」
そして、二日後。月曜日。新人さんの初出勤日だ。そういう日は、いつもより少しだけ早く出勤して、名札や制服、ロッカーの準備をしないといけない。
無人のスタッフルームでせっせと下準備を済ませて、置かれているパイプ椅子に座る。一般的なコンビニくらいの広さの空間で、ひとりスマホをいじって時間を待つ。
ツイッターのタイムラインを一通り最新まで見終わった頃に、「太地クンー、来たわよー。案内よろしくー」と宮内さんの声がした。
「わかりましたー」
どうやら、新人さんが店にやって来たようだ。スマホをポケットにしまい、ひとまずドアに向かうと──
「え?」
緊張した面持ちでそこに立っていたのは、先日道案内をした女性だった。
「あ、あなたはこの間の」
「や、八色太地……さん」
彼女は信じられないという顔で僕を見つめている。血色のいい唇が微かに震えていて、うっすらと雪が積もったような頬の肌色はやや朱に染まっている。
「こ、こんな偶然、あるんですね、ははは……」
「は、はい。……信じられないです、これって……奇跡なんじゃ……?」
「えっと……改めまして、研修担当になった八色です。これからよろしくお願いします」
「み、
彼女はバサリと頭をまたもや下げた。
「とりあえず、スタッフルームを案内するから、ついて来てください」
「はいっ──」
スタッフルーム入ってすぐに置いてあるコンテナの山々を抜けて、テーブルにパイプ椅子、仕事に使うデスクトップのパソコンが並んだ部屋に案内する。
「──で、みんなここで出勤前や休憩中にゆっくりしています。冷蔵庫もあるから、晩ご飯や飲み物を入れてもいいですよ。更衣室とロッカーはあっちです」
続いて、ドアに繋がる通路から見て左手に伸びるスペースを指さす。
「ロッカーはひとりひとつ専用のものがあります。鍵もついてますけど、あまり貴重品を一日放置するとかはしないように。更衣室はすみません、ここは男女兼用なんです。とりあえずスタッフルームの説明はこんなものです。何か質問あります?」
「い、いえ、大丈夫です」
「それじゃあ、机の上に置いてあるのが水上さんの制服と名札なんで、そこのパソコンで名札のバーコードを通して打刻登録しちゃってください。それから着替えちゃいましょう」
「わ、わかりましたっ」
水上さんが着替えているのを待つ間、僕はパソコンの置かれている右手壁の棚に入っているマニュアルを一部用意する。すると、
「お疲れ様っすー」「……お、お疲れ様です……」
今日一緒に出勤のふたりもやって来た。
「あ、太地先輩、新人さんもう来てるんすか?」
先に入ってきた浦佐は、わくわくといったように入ってきて、テーブルに一旦かばんを置く。学校帰りだから、学校の制服を着ている。……こう、スカートを履いていると浦佐も女子だったなあって認識してしまう。いや、悪い意味ではなく、浦佐は口調が男子っぽいから。
「……え? 新人さんですか……?」
反対に、ロッカーにスクールバックを入れていたもうひとりの大人しそうな子が少し驚く。
「そういえば、
長い前髪は伏し目がちな瞳を隠して、隙間から覗く赤い眼鏡のフレームが照明を反射する。ちょっともっさりとした雰囲気は、彼女の大人しめな性格をより際立てる。
浦佐のゲームもそうだけど、こういう店でバイトをする人は、なんかしらのジャンルが趣味だって人がほとんどだ。僕も文芸書が好きで、ここでバイトを始めた。
「色々聞かれることもあると思うけど、頑張ってね」
「は、はい……」
彼女は目線を僕からロッカーのなかに移して、消え入りそうな大きさでそう呟く。まあ、これが彼女の通常運転だからさほど気にすることではない。
「着替え終わりました……あ」
話をしていると、水上さんが更衣室のドアを開け、黄色のポロシャツを着て外に出た。
水上さんと他の女子ふたりの目が一瞬だけ合う。井野さんはすぐに目線を逸らしてそそくさと空いた更衣室に入る。浦佐は人懐っこく「どうもっす」と会釈している。
「……やっぱり、他の女性スタッフもいますよね……」
「? 何かありました?」
「いっ、いえ、なんでもないです」
……なんか残念そうにぼそっと呟いたような気もするけど、まあいいや。
「あと十分で夕礼が始まるんだけど、その前に簡単に売り場だけ案内しちゃうね──」
「それじゃあ……今日は、レジを中心に教えちゃいますね。井野さんはその三段カートの文庫を補充しちゃって。浦佐は始めの十五分だけカウンターいて。その間にレジだけ教えちゃうから。それ終わったらソフト加工しつつ、買取と電話が来たらお願い」
夕礼が終わると、他のふたりに指示を出す。「了解っすー」「わかりました……」とそれぞれ売り場に散っていく。
浦佐がやって来るお客さんを捌いているうちに水上さんにレジの打ち方を教える。
「──とりあえず、商品の登録方法は今言った感じで。マニュアルはひとり一冊もらえるので、わからないことあったらそこ開いてもいいし、僕に聞いちゃってもいいんで」
「わかりました」
「それじゃあ、まずレジが来たらお願いします。慣れるまで僕が隣でついてるので。浦佐、ありがとう、もうソフト加工行っていいよ。……あ、ちゃんとゲーム以外のソフトの加工もするんだぞ、この間みたいにCD・DVDだけ残すとかわけわかんないことするなよ、それでこの間の棚卸大変だったんだからな」
「わかってるっすって太地先輩―。そんじゃ、自分は引っ込んでるっすー」
浦佐は軽い足取りで、レジの脇、スタッフルームの扉があるすぐ横の小さな作業場に移動する。狭苦しい空間でソフトをビニールに梱包しラベルを貼る作業は浦佐の得意分野だ。
「──ややや八色さん、く、クレジットカードってどうやって決済すれば」
少し考えごとしていると、いつの間にやって来ていたお客さんが差し出した黒色のそれをプルプルと持ちながら困っている水上さんに助けを求められた。
……いきなりクレカから来たか。最初は現金がよかったけどなあ。これも運だけど。
オッケーと言い、彼女と位置を入れ替わりカードを受け取った僕は、手順の説明を始めた。
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