道に迷っている女性を助けてあげたら、バイト先の新人さん(ヤンデレ)だった。

白石 幸知

第1話 新宿駅の迷子さん。

 その日は、大学がないため家から直接バイトに行く日だった。

 桜景色を眺めながら電車に揺られること三十分。僕は大勢の人につられるように、新宿駅で降りた。

 新宿駅は本当に人が多い。サラリーマンから小学生、和服を着こんだおばあちゃんに一瞬目線を奪うくらい派手な格好をした若い女性、ほんとに色々な人が駅を歩いている。五分も立ち止まっていれば知っている限りの職業の人とすれ違うのではないと思うほどだ。


 そんな大混雑する新宿駅の西口改札を抜けると、

「あっ──」

 人混みのせいか、スマホを片手にしていた人と正面からぶつかってしまった。

「す、すみませんすみません、わ、私ったらつい」

 その女の人はペコペコと頭をしきりに下げて、僕に謝ってくる。同年代かな……。綺麗な人だ。肌もすっごく白いし。


 別に急いでいるわけでもないし、わざとってわけでもないだろうから、

「大丈夫ですよ」

 とだけ言って僕はその場を立ち去ろうとしたけど、

「……えっと、えっと……」

 僕とぶつかった人は、変わらずスマホの画面とにらめっこして右往左往している。

「あの……もしかして、道迷ってます?」

 チラッと画面が見えたとき、どこかの地図を映していたから、僕はそう予想した。

「あ……は、はい。私、この春から上京してきて……いまいち新宿駅の地理がわかってなくて」

 恥ずかしそうに俯いては、彼女はそう話す。なるほど、おのぼりさんか。それなら道に迷っていても仕方ない。


 新宿駅はダンジョンだ。階段ひとつ間違えただけ目的の出口にたどり着けない大迷宮と言ってもいい。そして、間違った改札から出てしまうともう地獄。三十分以上動き回ってしまうこともあるだろう。

「この、ビルってどう向かえばいいでしょうか?」

 彼女はおずおずと僕に画面をしっかりと見せて、目的の場所をズームする。あ。

「……ここ、僕がこれから行くところなので、よければ一緒に行きましょうか?」

 ズームされたのは、僕のバイト先が入居しているビルだった。

「い、いいんですか? ありがとうございます、助かります。私、改札出てから一時間くらい道に迷っていて……。ありがとうございます、ありがとうございます……本当に」

 にたび彼女はペコペコと頭を下げ、僕にお礼を言う。

 一時間か……それは周りが見えなくなるくらいスマホの地図を見ちゃうよな。

「全然いいですよ。それじゃあ、行きましょうか」

 そうして、僕は道に迷っていたその人を連れてバイト先のあるビルへと向かいだした。


 五分ほど歩いて、目的地に到着。道を覚えてさえしまえばなんてことないのだけど、やっぱりダンジョン。覚えるまでが大変。

「ありがとうございますありがとうございますありがとうございます。これで時間に間に合います」

 みたび首を垂れて感謝を示す彼女。結構目立つ容姿をしているため、人通りの多い新宿の道で何事かと注目を浴びてしまう。


「いっ、いえ、そこまでされるほどでは」

 僕は両手を横に振って頭を上げるよう促す。

 ご飯でも食べるのかな、このビルに入っている店で。結構気合の入った格好をしているから、デートだったりして。まあ、邪推はほどほどにして。

「では、僕はここで」

「あのっ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 ビルのなかに入ろうとすると、透き通るようなソプラノの声で彼女は僕を呼び止めた。

「えっと……別に名乗るようなことは」

「本当に……助かったんです、本当に……」

 どこか悲壮な雰囲気を漂わせ始めたから、ここは素直に受け入れることにした。

「……八色太地やいろたいちって言います。それじゃあ、お気をつけて」

「あっ」

 再度彼女は離れる僕を止めようとするけど、僕がエスカレーターに入ったためそれも叶わず。


「……それにしても、綺麗な人だったな」

 そう呟きつつバイト先の、紙の匂い流れる空間に足を踏み入れる。「やいろっちゃんお疲れー。もう出勤?」「はい、別にいつも通りの時間ですよ」とカウンターにいる朝番の先輩と軽く挨拶を交わしてからスタッフルームの扉を開ける。

「あらあ太地クン、もう来たのね。ちょうどよかったわ、話があるの」

 すぐに店長に話しかけられた。僕はロッカーにカバンを置き、制服を取り出す。


「なんですか? 宮内みやうちさん」

「今日の夕方から、面接をするのよ。夜入れる子らしいから、よほどのことがない限り採用しようと思うけど、そうなったら、研修担当、よろしくね」

「……また僕ですか」

「またまたあ。そう言わないでよお太地クン。あなたにしか振れないのだから、よ、ろ、し、く、ね。また女の子らしいから、太地クンのハーレムが広がるわよ」

「……いや、仕事ならやりますよ、宮内さん。それと僕はハーレムを形成した覚えはありません」

「普段女子高生と閉店まで勤務しているのにい? よく言うわねえ。あと、宮内さんじゃなくて、研さんって呼んでいいのよお?」

「女子高生採用したのは宮内さんじゃないですか。遠慮しておきます」


 長々と絡まれそうになったので、名札のバーコードを打刻登録してからそそくさと更衣室に入る。

 ……宮内さん、フルネームは宮内研みやうちけん。戸籍上の性別は、男だ。……口調が口調なだけに、色々な噂が立っているけど、真偽は明らかではない。まあ、仕事はきっちりこなす人だから、どうだっていいのだけど。別に僕らに迷惑をかけているわけでもないし。

 制服に着替え更衣室を出る。


「それより……浦佐うらさはまだ来てないんですか?」

「浦佐さん? まだ来てないわよ」

「そろそろ来ないと危ないですけど……」

 壁掛け時計を見つつ今日一緒のシフトになるはずの後輩のことを話していると、

「ギリギリ間に合ったっす!」

 ドカンと大きな物音を立てつつ、すばしっこい動きの短髪少女がスタッフルームに入ってきた。その左手には、すぐ近くにある大手家電量販店のレジ袋が提げられている。


「……浦佐、もう少し静かに入れよ」

「すみません、でも今日はお気に入りのブランドが新作ゲームを発売する日だったんで、初回生産限定版を手に入れるために色々回ってたっす!」

 ドンガラガッシャンと効果音をつけてもいいような騒がしさで、彼女も打刻を切って更衣室に入り制服に着替える。黄色のポロシャツがストンと膨らみなく落ちる様子は、ある種絶景だ。さっき会った人と比べると、尚更。……まだ高校生だから。

「よし……。じゃあ、始めようか」

 ちっこくてすばしっこくて、ボーイッシュな短い髪をして、しかも口調が「っす」の彼女は、後輩の浦佐操うらさみさお。高校三年生だ。……ゲームへの愛情がとにかく極端で、その行動はたまに常軌を逸する。

 僕はやれやれといったようにして、宮内さんと浦佐と輪を作り、出勤前の夕礼を始めた。

 ……今日も、うちのバイト先、ブックターミナル新宿店は平和だな。ははは。

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