第6話 朱の唇

温泉旅館というものは初めて訪れた。もしかしたら小さな頃に両親に連れられて来ていたかもしれなくとも、覚えていなければ初めてと言って良いだろう。


門をくぐると池や松、灯籠などが美しい日本庭園が広がっている。有彦は池の中に泳ぐ錦鯉に興味津々だ。


奥に控える大きな二階立ての日本家屋が旅館であろう。玄関入ってすぐのロビーはやや近代的、欧風な作りだった。


俺達は客人扱いだからチェックインの必要はなさそうである。時子が着物の初老の女性ーー…恐らく女将から鍵を受け取っている。


「さあ、まずお部屋にご案内しましょう。お風呂に入って旅の疲れを癒して下さいね」


疲れたのは先程のハーピーとのバトルでなのだが…板張りの廊下を進み、二階にある和室の一つに通される。俺と有彦が同室、アンジェラは隣の部屋を宛がわれる。20畳ほどの広々した部屋だ。


時子は俺達に鍵を渡してくれた。そのまま去ろうとするので一応呼び止める。


「有栖川さん、退治して欲しいバケモンはあのハーピーでいいんだな?」


すると、彼女は漆黒の艶髪を揺らして振り向き。


「ええ…勿論ですわ。あの醜悪な存在を、一刻もはやく、消し去ってくださいませ。九条さん、期待してますよ。」


その微笑みは。

唇の朱さと相まって、何故か恐ろしい。


俺はそれ以上時子に話しかけることが出来なかった。


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