531話 女子旅 part2 ⑮ (サクラとハイドンとしし汁)




白衣の天使、ナイチンゲールと成るべく、アイリーンは西へと行ってしまってから――




「あんた、、サクラは討伐行きたいとか言わないでくれよ」


「私、何にも出来ないんで 行っても邪魔になるかと」


「そうか」


「ハイドンさんは私に構わずお仕事続けてください」


よかった。

サクラは他の三人と違い、常識人のようだ。


「まあ、俺から離れるな。じきにここにもニュクテレテウスが追い込まれてやってくるからな」


「ありがとうござます。あ、でも、いざとなったら従魔を呼びますから、気になさらずに」


「なんだ、サクラも従魔持ちか」


「ええ、まあ。あんまり呼びたくはないんですが……」


「ん?扱いにくいのか?」


呼びたくない従魔って何だよ、そんなの契約解消すりゃいいだろうに。


「いえ、アイリーンと相性が悪いんです」


「アイリーンと?」


なんだ?スターウルフの天敵なんていたっけな?

火熊イグニス=ウルススか?


「でも、ほんと、危なくなったら呼ぶんで大丈夫です。呼ばないと怒るし」


主人を怒る従魔???


″くぅ~″


話の途中でサクラが鳴いた。


″きゅう~″


もとい、サクラの腹の虫が鳴いた。


「……すみません///」


ははっ、と ハイドンは笑ってしまう。

色気より食い気。

なんともおかしな空気を作る女だ。


アイリーンが素になるのもわかる。


何というか、平和すぎる。

警戒心を持たないのか?


ハイドンはサクラの国『ジパング』の名を聞いたことがない。

ということは、結構遠くから来たのだろう。

ここまで良く無事に来れたものだ。


イシルもこんなサクラといると素になれるのだろう。


ハイドンは 自然と、サクラの頭を撫でていた。

ポンポン、と、犬のパピィにするように。


「カトレアで何か食う気だったんだな、悪かったな、こんな日にあたっちまって」


「いえ、ハイドンさんのせいでは///」


サクラがちょっと恥ずかしそうに首をすくめる。

あはは、可愛いな。

たしか、たき火には 鍋がかかっていた筈。


「よしよし。炊き出しがあった筈だから、食わせてやろう。おいで、パ、、サクラ」


ハイドンはサクラをたき火の方へと連れて行った。


たき火の前には大きな鍋がかかり、調理担当の男がついていた。

が、他に人はおらず、鍋の中では野菜と肉が煮えている。


ふわあ、と サクラの顔がゆるんだ。

今にもとびつきそうで、ハイドンは犬のパピィに言うように″待て″と言いそうになった。


「イノシシの煮込みだ。定番で悪いが、イノシシは山で調達しやすいし、精がつくからな、体もあったまる」


「野営の定番なんですか~、うひ///人生二回目ですよ、イノシシ肉~」


「ん?まあ、そうだ。二回目?イノシシ鍋が?」


サクラがコクコクと頷く。

やはり、少しおかしい。


イノシシ鍋は野営の定番だが、日常、家庭でもよく作られる一般的な料理だ。

ドワーフの村だってそうだろうし、ジパングからの旅の途中、ドワーフの来るまでに口にしていても良さそうなものだ。

それを食べたことがない、と?


「サクラは貴族出身なのか?」


「いいえ?」


だよな、そんな風には見えない。


ハイドンは 火の番をして鍋のそばにいる男に話しかけた。


「今日の料理担当はお前か、ミケーレ」


「すみません、ハイドンさん」


ハイドンの呼び掛けに調理担当の男ミケーレがすまなそうに謝った。

ミケーレは料理があまり得意じゃないからだ。

仕方ない、料理は持ち回り、野営の時は腹のたしにたなればいい。

本業は別にあるのだから。


(味の保証は出来ないな)


「サクラ、ちょっと食ってみろ」


ハイドンがサクラにお玉を差し向ける。

味見してみろという意味だ。


ハイドンの意を理解して、サクラがお玉から 直に猪鍋の味を見た。


″クイッ、、″


「……」

「……」

「……」


サクラが 猪鍋のスープを口に含んだまま飲み込めずにいる。


「……」

「……」

「……」


ちょっぴり涙目で そのままハイドンを見つめて……


「……すみません」

「……不味いか?」


申し訳なさそうなミケーレと伺うハイドンの言葉が被る。


サクラはハイドンを見つめたまま心で叫ぶ。


『ししじるししなべしししちゅー

いじょうしししょくししょくしんさいんししょくずみ

しんあんしちしょくしちしゅちゅうのししゅ――!!!』


″ごくん″


なんとか飲み込み、精一杯のフォローの言葉をのべた。


「や、、野性味溢れる味ですね」


相手を傷つけない言葉。

人間が出来ている。

ハイドンも サクラに続き、ひと口味見した。


″ごくん″


「うん、不味い」

「すみません」


サクラが配慮した言葉を ハイドンがかわりに呟き、ミケーレが申し訳なさそうに小さくなった。


「すまんな、俺達は慣れてるが、サクラは食えそうにないか。テントにパンがあるから、干し肉とチーズをはさんでやろう」


しかし、サクラはそれを断り、意外なことを提案してきた。


「いえ、もしよければ、この鍋、私が味を整えましょうか?」


「やってくれるんですか~!?」


サクラの申し出にミケーレが飛びつく。


「いや、客人にそんな事やらせられん」


「でも、勿体ないですよ、イノシシ鍋」


不味いせいか、売れゆきもよろしくない。


「せっかくもらった命、美味しくいただかないとイノシシに悪いですよ」


「命……」


「それに、いつ食べられなくなるかわからないですからね!」


「食べられなくなる?」


「そうです!病気になって食べ物を制限されて食べられなくなる。歯が悪くなって噛めなくなり、食べられなくなる。突然アレルギーになって食べられなくなる。種が絶滅して食べられなくなる、、」


なんか、スイッチ入ってる。


「理由は色々あるけれど、今、食べられる時、食べたいものを、美味しく食べるべきです!!」


サクラは普通だと思っていたのだが、食に対しては人が変わるようだ。

変な、女。


「うむ、じゃあ、、頼もうかな」


「私の国の味付けで良いですか?」


「これ以下はありえんだろう」


「ハイドンさん……」


ハイドン、ミケーレをぶった斬り。







ミケーレの作った猪鍋は、イノシシ独特の臭みがある上に、薄いスープ、、というか、水炊きに近い状態で、ミケーレが本当に料理が苦手なのが伺えた。


「肉の臭みを消したい時は 香りの強い物を一緒に煮込むといいんですよ」


「オレ、ハーブとかよくわかんなくて」


「食べたことある野菜ならわかりますよね?ハーブでなくてもいいんです。例えば、ニンニクとか、玉ねぎを多く入れるとか。セロリも香りが強いでしょう?そういう香味野菜ですね」


「あ、それならわかる」


「トマトもそうですよ~熱を加えると味が凝縮されますから、肉の臭いを隠してくれます」


「成る程、トマト煮込みか!大好きだ」


サクラはリュックに手を入れて中を探り、中から食材を取り出した。


「今回は、すみません、私の国の料理ですから、馴染みないと思いますが、、」


サクラがカバンから生姜、ネギ、ゴボウを取り出して行く。

食材がカバンに入っているわけではなく、カバンで見えないように隠しながら中で銀色魔法を発動させ、イシルのキッチンから材料を拝借するサクラ。


(ん?)


ハイドンはそこに魔力の流れを感じた。

サクラの説明を熱心に聞き、野菜を刻むミケーレは気づいていないが、キラリ、キラッ、と、星の輝きのようなものが 微かにサクラの鞄から漏れているのに気がついた。


(何だ?あの魔力の色は)


始めて見る星の瞬きのような銀色の魔力。

あれが、サクラの力?


サクラは食材をぶっ混むと、という、サクラの国の調味料らしきものを溶き入れ、木の蓋をして、鍋に魔法で圧をかけた。


「サクラは重力魔法が使えるのか」


「はい。体重を量らなきゃいけないので」


「?」


圧をかけて料理時間を短縮ってわけか。

面白い魔法の使い方をする。

それは普通の生活魔法だった。


(さっきの銀色の輝きは見間違いか?)


そう思っていると、鍋の下の方でキラリ、また小さな輝きが見えた。

サクラがなにやら小さく呟いている。


「早送り、、早送り、、」


(魔法?)


サクラがこっそり魔法を使っていた。


「倍速再生1.4倍、さらに押すと1.8倍、セリフギリギリ聞き取れる」


(何言ってるんだ?)


「コマ送りで飛ばしちゃう?いいや、一気に最後まで、リモコンぽちぽち……」


(何だ?この魔法は!?)


時魔法ヘイストのように見えるが、ことわりが違う。

鍋の時だけが進んでいる。


(何て器用な魔法の使い方をするんだ!?)


少ない魔力で高等魔法!?

しかも、たかが料理に……


「できました!」


サクラが鍋の蓋を開けると、ふわん、と柔らかい香りが 湯気と共に解放された。

















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