530話 女子旅 part2 ⑭ (ハイドンの場合2) ★
ヨーコとヒナが東と北の討伐に出向いた後、ハイドンは辺りに気を配りながらも サイラスと話すサクラとアイリーンを観察する。
待機中の隊員や冒険者達も チラチラとその様子を見ている。
いや、見ているのはアイリーンをだろう。
(あれじゃサクラはいい引き立て役じゃないか)
ちょっとぽっちゃりのサクラが隣にいるおかげでアイリーンが余計華奢に見える。
「でも、ニュクテレテウスに姿を変えらた人って、中身までは変わらないんですよね?」
サイラスに質問するサクラ。
「喋れないんですか?」
「魔物に変えられたら喋れないね」
「なんか、合図とか決めとけばいいんじゃないですか?」
「ニュクテレテウスは意外と賢いのよ。直ぐ真似しちゃうわよ」
アイリーンがサイラスの代わりに答える。
「そうなんだ~」
(なんだ?サクラはニュクテレテウスを知らないのか?)
どこにでもいるわりとメジャーな魔物なはずだが?
サクラの国が島国だとしてもいるだろうよ。
「サイラス、ちょっといいか、」
「ああ」
サイラスがカトレア隊の部下に呼ばれ、ちょっとごめんね、とサクラとアイリーンから離れると、周りの野郎共の色めき立つ空気が強くなった。
我先にと二人に近づこうとする野郎共に対し、ハイドンは鋭い視線を送る。
ハイドンの睨みに、ギクリ、男共が立ち止まり、スゴスゴと帰っていった。
(大人しく待機してろ!まったく)
そんなまわりにお構い無く、サクラとアイリーンは暢気にお喋り続行。
「ニュクテレテウスが真似できないような合図にすれば?」
「例えば?」
「例えば、、」
サクラは左手の人差し指をスッと前に出して歌い出す。
「♪1、2、3~の 4の2の5――」
歌いながら手の指を数字の分だけ素早く立てたり曲げたりする。
「3、1、4の2の4の2の5♪」
ぱっぱっぱっ、と、口から出る数字を指を立てて変化させた。
合図のように手の形がかわり、やりきったサクラが満足そうにドヤ顔をする。
なんだそれ。
「……何それ」
ハイドンの疑問をアイリーンが聞いてくれた。
「何って、手遊びだよ?こっちの世界にはないの?」
(こっちの世界?アザミ野街にはってことか?)
アイリーンもサクラに教えてもらいながらやってみている。
「結構難しいのね、、5→3に行くときとか、4と2の連続とか、、」
「片手より両手でやった方が簡単なんだよ、何故か」
二人してきゃっきゃと手遊びだ。
一応、戦地なんだがな、お二人さん?
「手遊びならキツネ、とか、ハトとか、カニ、とかならあるけど」
アイリーンが指でキツネの形を作る。
「影絵かぁ。じゃあこれは?これ、出来る?」
サクラは掌を上に向け、小指と薬指を交差させた。
そこに中指を折り曲げて薬指に引っかけ、薬指の下で人差し指と親指を合わせた。
「カエル」
「ぶっ、むっちむちのカエルね」
アイリーンが吹き出して笑う。
「反対向きもあるよ」
今度は手の甲を上にして親指を立てて、人差し指をクロスし、クロスした指に中指を引っかける。
これがカエルの目。
そこに薬指と小指を伸ばしてくっつけ、口を作るのだ。
が、ムチムチサクラの手ではうまく出来ない。
「つ、つる、、」
「指が太すぎるのよ、短いし」
「こっちのカエルの方が難しいんだよ」
サクラがアイリーン向きに カエルの口をくわっと開けて見せた。
アイリーンも教えてもらってカエルを作る。
「この指を、こう、下にまわして、、」
「ちょ、、引っ張んないでよ!痛いでしょ!!まったく、雑なんだから」
「案外不器用?アイリーン」
「サクラの世界の手遊びが複雑なのよっ!!アタシのせいじゃないわ」
(サクラの世界?)
まただ。
どういう事だ?おかしな言い方をする。
今どきの流行りか?
(しかし、なんというか、、)
アイリーンがさっきまでと全然違う。
口は悪いし、態度も雑だが、サクラに対しての愛情を感じる。
心から笑っているのがわかる。
これがアイリーンの素なのだろう。
(引き合いに利用されてる訳じゃないんだな、サクラは)
むしろ、アイリーンはサクラの雰囲気に巻き込まれている気がする。
そこにいるのは年相応の、飾らない無邪気なアイリーンの姿。
ハイドンには 素のアイリーンの方が何倍も魅力的に見えた。
ふと、ハイドンは素のアイリーンを見て、何か既視感を憶える。
(誰かに、似ている)
頭を巡らせ、その誰かを思い出す。
あれは、何年前だったか……
(あ、、)
思い出した。
もう10年以上前になる。
まだハイドンが隊長になる前で、アザミ野の街を巡回していた頃だ。
質ものや盗品も扱ってるような、キナ臭い古道具屋だったが、孤児院から雑用に来ていた少年が、結構な目利きと評判になり、ハイドンも見かけたことがあった。
孤児なんて沢山いるし、その時はさして気にもしなかったが、自分に子供が出来てからは、どうしているかとたまに思い出すようになった。
その時の少年にそっくりだ。
年の頃も同じだろう。
(女の子だったのか)
顔を汚し、小汚ない格好をしていたのはカモフラージュだったのだろう。
利発そうだが、目深にかぶった帽子から覗く瞳は 暗く、敵意に満ち、世を斜に見ているようだった。
だが、今のアイリーンは――
「そんな複雑な合図、ニュクテレテウスじゃなくたって出来ないし、モタモタしてるうちにやられちゃうじゃない」
バカね、と 笑う。
「そっか」
二人して、笑う。
(心から笑えるような場所にいるんだな)
ハイドンはほっこり、和やかな気分になった。
「他には?ないの?」
「う~ん、、三回まわって″わん″とか?」
「真似できちゃわない?ニュクテレテウス」
「いや、一回でも、二回でも、四回以上でもダメ。きっちり三回まわって″わん″」
「それならイケるかしら」
アイリーンがサクラ同意する。
止めてやれ、そんな屈辱的な合図、隊員達の心が折れる。
″シュルシュルシュル……″
その時、西の方で発煙筒が上がった。
ハイドンは意識を仕事モードへと切り替える。
今度は『緑』のみ。
回復要員要請の合図だ。
「回復班B!!」
ハイドンは指示を飛ばし、人員を確認する。
「サイラス!チッ、、」
回復部隊B班は直ぐにでもイケるが、肝心のサイラスがいない。
大人数を転移させるには、サイラスを中心に 三人で魔法を発動させなくては無理だ。
「何やってんだ、アイツ」
「ハイドンさん」
「あ″あ?」
イライラして呼び掛けられた方を向くと、アイリーンが上目使いでハイドンを見上げていた。
あざとい。
が、可愛い。
「私、行きましょうか?」
「は?」
「回復魔法、得意なんです♪」
え?いや、は?
あざとい顔して何のおねだりかと思えば、戦地に赴く、と。
「いや、行かせるわけないだろう!危険だ。鬼の娘だって行かせる気はなかったんだ。それに、サイラスが帰ってこん事には行くも何も――」
「大丈夫です」
アイリーンはにこやかに返事をすると、目を伏せて心で呼び寄びかけた。
″ナイツ″
アイリーンの呼びかけに応え、風と共にそこに現れたのは――
(スターウルフ!?)
ハイドンは驚く。
(こいつがアイリーンの、従魔!?)
オオカミにしては小柄だが、スピードがあり身のこなしが軽いスターウルフは Cランクの魔物。
森に紛れる
角の生えた額の毛のまわりが十字に白く、星の瞬きように見えるため スターウルフと呼ばれている。
冒険者でもない小娘が従えられるはずがない。
(しかも、プライドが高くて従えるのは難しい魔物のはずだが?)
「ナイツ、お願いね」
アイリーンがスターウルフをひと撫ですると、ナイツは遠吠えで仲間を呼んだ。
ハイドンの目の前に 風と共にスターウルフの群れが現れる。
(おいおい、群れのリーダーかよ!!)
スターウルフの軍団、Aクラス!圧巻だ。
こんなのと戦いたくはない。
「私が皆さんを西まで送ります」
「いや、だが、、」
スターウルフが従魔なら ニュクテレテウスから逃げることは出来るだろう。
というか、アイリーンだけで制圧出来てしまうのでは?
「行かせてあげてください、ハイドンさん。アイリーンはそのために来たんですから」
サクラが何故か、アイリーンが行くのが当然とばかりに、うんうん、と進言してきた。
なんなんだ一体!何があっても知らんぞ!?
「わかった。が、危ないことはするなよ」
「はい♪」
しかし、スターウルフは野郎を乗せるのが嫌なようで、グルグルと唸り、野郎共を威嚇している。
「なにやってるのかな?あなたたち、ダメでしょ?」
アイリーンは可愛いペットを『こらっ』と可愛く怒る。
その手にはムチが召喚されていた。
(あれは、、ミスリルのムチか!?)
どこまでも底知れない。
アイリーンは鞭を奮ったわけではないが、スターウルフ達は″キューン″とおとなしくなり、地に伏せた。
隊長達は恐る恐るスターウルフにまたがる。
「じゃ、行ってきま~す♪」
アイリーンはスターウルフに回復部隊を乗せ、先頭きって西の討伐地へと援護に行ってしまった。
(男でなくても いい指揮官になれるな、あれは)
正直、喉から手が出るほど欲しい人材だ。
「なあ、サクラ」
「なんですか、ハイドンさん」
「アイリーンがこのために来たって、何だ?」
たしか、カトレアに行く筈だったとか……
討伐目的で来たわけではないだろう。
「アイリーンは婚カツ中なんですよ」
「は?」
「西には今日カトレアで会う筈だった合コン相手がいるんです。さっきサイラスさんから聞きました」
「はぁ!?」
戦地で、見合い!?
「戦地なら人柄が出るから、一緒に食事なんかするより見極めるのにいいそうですよ~」
ハイドンもサイラスも既婚者だからアイリーンの射程範囲外である。
「有望な人がいたら紹介してあげてくださいね、ハイドンさん」
アイリーン……
あんなのに釣り合う男がうちにいるのか?
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