524話 女子旅 part2 ⑧ (緑の玉)
ランの唇がサクラの唇に触れそうな程近づいたその時――
ランは外に何かを感じ、ピタリと停止した。
(ひいぃ///)
イケメンドアップご馳走さまです。
ランはサクラに顔を近づけたまま、目は入り口ドアの方を睨んでいる。
(私、助かった?)
″ガタガタッ″
耳をすませば 納屋の扉を開けようとする音。
″サクラ、いるんだろ、開けとくれ″
優しげな声で呼びかけてくるのはおばあさん――いや、ヤマンバだ。
(お前鍵かけたのか?)
サクラの拘束をとかないままでランがヒソヒソとサクラに質問する。
(怖かったから、閂をかけといた)
(そりゃよかった)
さて、これからどうする?
(ランは戦えるの?)
(俺は強いぜ?だけど、今はダメだ)
(なんで?)
(ヤマンバのばーさんはこの家の食い物に相手を封じるまじないをかけてる。オレは家を食ったから、そのまじないと空腹のせいで力が出ねぇ)
なんだ、ランだってマヌケじゃないか。
(サクラ、お前は?なんか食ったか?魔法使いだろ?)
(何も食べてないけど、まだ見習いだから)
(使えねーな)
いやいや、使えないのは君もだよね?
(しゃーねー、あそこから逃げるか)
ランは戦うことは諦めて、逃げる算段をつけ、納屋の天井についている窓を見上げた。
(あんなとこ登れないよ)
(檻から出してもらったんだ。オレが連れてってやるよ)
いや、連れてって喰う気だよね?
逃げても喰われ、残っても喰われる。
どうせ喰われるならイケメンのほうがいいか←?
(時間稼ぎ出来りゃいいんだけどな)
(あっ!)
(何だ?何かあるのか?)
(時間稼ぎ、、それなら出来るよ)
サクラはイシルからもらった3つの玉のうちの1つ、緑の玉を取り出し、その玉に願いを込める。
(私の代わりをお願いね)
緑の玉に魔力を注ぐと、足元に置き、山姥に声をかけた。
「おばあさん、ごめんなさい、薪をしまってたら閂がおりてしまったみたいで、、今開けますね」
そう言って、ランに″行こう″と合図した。
ランはサクラを抱えると、棚を足場にして、ひょいひょいっ、と、音もなく天窓まで到達する。
そこでサクラは外にいるヤマンバにもう一度呼びかけた。
「ああっ!おばあさん、ごめんなさい、薪が崩れちゃって、、片付けるまでもう少し待っててください、まとめちゃいますから」
そう言って、ランに抱えられ、天窓から外へと逃げ出した。
◇
外で待っていたおばあさん、、ヤマンバは、暫く待っても開かない扉に、再び納屋の中のサクラに声をかけた。
「サクラ、まだかい?」
すると、緑の玉がそれに応えて、サクラの声で返事をする。
″ちょっと、もうちょっと″
その返事を聞いて、ヤマンバは再び納屋の外で待った。
しかし、暫く待てども扉が開く気配はない。
「サクラ、まだなのかい!」
ヤマンバに応えて、再びサクラの声を出す緑の玉。
″ちょっと、もうちょっと″
返事はあれど、待てど暮らせど扉は開かず、イライラしてきたヤマンバは、キャラメリゼナッツの扉をガンガンと叩いた。
「何やってんだいサクラ!早くおし!」
″ちょっと、もうちょっと″
……おかしい。
声はするのだが、中で物音はしない。
薪を片付けているというのなら がらがらと音がしても良さそうなものだ。
それに、サクラは先程から同じ返事しか返してこない。
ヤマンバは試しに呼びかける言葉を変えてみた。
「となりの家に囲いが出来たってね」
″ちょっと、もうちょっと″
イマイチかもしれないがそこは″へーぃ(塀)″と答えるべきだろう。
「布団がふっとんだ」
″ちょっと、もうちょっと″
「アルミ缶の上にあるミカン」
″ちょっと、もうちょっと″
「トイレに行っといれ」
″ちょっと、もうちょっと″
やはり、どれも同じ返事、答えになってない。
しかもなんだか ″その駄洒落イマイチだよ?″とバカにされてる気もしてきた。
「サァ~クゥ~ラアァ~!!!」
″ズバアァァン!!″
ヤマンバは人ならざる力をもって、納屋を破壊した。
がらがらと崩れ落ちるアーモンド、クルミ、カシューナッツにヘーゼルナッツ、ピーカンナッツにマカデミア……
そのナッツの欠片、残骸の中に、コロンと緑の玉が転がっていて、サクラの代わりに返事をする。
″ちょっと、もうちょっと″
「謀ったな!!!」
◇
天窓から外への脱出に成功したサクラとラン。
お菓子の家から逃げながら、サクラはランに提案する。
「ラン、二手に別れよう」
「何で?」
ヤマンバから逃れたけど、ランに喰われちゃたまらない。
なんとかここでランから離れてしまいたい。
「時間は稼いだけど、きっとすぐ追ってくると思うんだよね、二手に別れて惑わせた方がいいと思う」
「……」
怪しまれたかな、、変な事は言ってないハズ。
サクラはもうひと押ししてみる。
「逃げるのも隠れるのも一人の方が見つかりにくいと思うんだけど、どうかな?」
しかし、ランから帰ってきたのは意外な言葉だった。
「お前、大丈夫かよ、一人で」
「えっ?」
目を合わせると心配そうにランがサクラを見つめている。
「日が落ちた山はヤマンバだけじゃなく獣だっている。オレは夜目が利くけど、サクラは大丈夫なのか?」
なんで、急にそんな優しい事――
「大丈夫?サクラ」
うぐっ///卑怯なり、イケメンめ!
甘いマスクに甘い言葉、クラクラします。
「オレが守ってやる」
イヤイヤイヤイヤ、惑わされちゃイカン!
サクラはブンブンと頭を横に振り、煩悩を振り払う。
イシルさんが森のお家で待っている。
遅くなったから絶対心配してる。
「オレじゃ、ダメ?」
ちょっぴりキケンな色を含んだランが誘う。
「心配してくれてありがとう、ラン。ダイジョブ!この森は何回か来てるから、うん、逃げきれるよ!」
「じゃあ――」
ランは腰を曲げ、サクラに顔を近づけると――
″カリッ″
牙をたて、サクラの耳を噛んだ。
「いてっ!」
ランがつけた小さな傷。
耳だから出血は少ないが ジンジンする。
ランは唇についた赤い雫を 舌でぺろりと舐め、うっとりと呟いた。
「思った通り……甘い」
血糖値高めです。
「匂いを辿って会いに行くから――」
あっ、マーキングされちゃった。
「ベッドで待ってろよ?」
何ゆえベッドぉ!?
「オレが迎えに行くまで誰にも喰われんな」
やっぱり喰う気か。
とりあえず、今離れられればいいや。
こうしてサクラとランは ヤマンバの手から逃れるべく、二手に別れて山を降り、逃げることになった。
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