510話 雨 (アイリーンの婿取物語 6)
″サアアァ……″
突然の雨に アイリーンは慌てて木の下に駆け込んだ。
「やだ、もう」
服についた雨粒を手で払う。
バーガーウルフの制服は 防水の魔法がかけられているから、雨は服の上を滑り、弾かれた雫がパラパラと地に跳ね落ちた。
アイリーンは木の陰から空を見上げる。
いくら防水加工されているからといえ、雨の中、濡れたくはない。
天気雨だし すぐに止むだろうと 待つことにした。
いや、それ以前に店に戻りたくない。
アイリーンは とん、と 背を木に持たせかけ、見るとも無しに さわさわと降る雨を見つめながら思考する。
(はぁ、嫌になっちゃう)
今日のバーガーウルフのメンバーは、サンミの娘でサンミにそっくりなドワーフのミディー、オーガ族のヒナ、それに、ラ・マリエの集落から、新しく入ったアルバイトのロージーとテアの二人組にアイリーンを入れ、五人で仕事をまわしていた。
事の発端はロージーの指輪。
仕事に入る前、ロージーは休憩室でイーサンから貰ったと 指輪をウキウキ見せびらかしていた。
はて、ロージーの彼氏は『イーサン』ではなく『ケベック』だったと思うんだけど、、別れたのかな?
どうでもいいけど。顔も知らないし。
テアはロージーの指輪を見て『素敵』『羨ましい』『センスが良い』と、ベタ褒めだ。
花の王冠をイメージした指輪は 14kローズゴールドで、中心にピンクトルマリンを据え、回りをキュービックジルコニアが輝く3つのデイジーをあしらったリング。
アイリーンは昔の癖(←質屋にいた)で、すぐに値踏みしてしまう。
2万¥といったとこかな。
プレゼントとしては良い値段だ。
イーサンは本気なのだろう、本命でなければアイリーンなら受け取らない。
(そんな大事なもん仕事場に持ってくんなよ、失くしたらどうすんだ)
そう思ったけど言わなかった。
今まで思ったことをすぐに口にして険悪になり、職を転々としたからだ。
ここは居心地が良くて辞めたくはない。
しかし、ロージーは 指輪をしたまま仕事に入ろうとし、流石にアイリーンは口を出さずにいられなかった。
アイリーンは天使の微笑みを作り ロージーに進言する。
「大事なものなんだから、仕事中はしまっておいたほうがいいんじゃない?汚れるわよ」
指輪が汚れるのを心配した訳じゃない、食品を扱うのに不衛生だし、そんなゴテゴテのデザインの指輪じゃ色々引っ掛かって邪魔でしょ?
しかし、ロージーは アイリーンが妬みからそう言ったのだと思い、勝ち誇ったような視線をアイリーンにぶつけてきた。
面倒臭い。
こちらはなんとも思ってないのに勝手にライバル視してくるんだから。
「『オレだと思って肌身離さず持っててほしい』って言われたんだもの」
「そう」
アイリーンはあえてにこやかにロージーに返事をする。
(ああ、そうですか、だったら首から下げとけよ)
前ならそう口に出してた。
オトナになったな(←違う)
アイリーンはそれ以上は言わずに仕事に入った。
カウンターにはアイリーンとロージーが入り接客をし、ミディーがフライヤーとグリルを担当、ヒナがバーガーを作成し、まだ慣れないテアが 仕事を見ながら料理担当とカウンターを繋ぐフォローに入っていた。
カウンターのロージーの前の男の客が親しげな様子でロージーに話しかける。
「似合うね、制服」
「ありがとう///」
ロージーが可愛らしく頬を赤くする。
てことは、これが指輪をくれたイーサン?
冒険者風の、結構がっしりした ザ・体育会系 みたいな男だ。
あんな繊細で女の子が好きそうな物を選ぶようには見えない。(←失礼)
「注文は?何にする?ケベック、ご馳走するわよ」
(ケベック?イーサンじゃなくて?)
アイリーンは思わずロージーを見た。
ロージーは指輪をした手に自分の手を重ねて隠している。
(二股か!!だったらよっぽど外しときなさいよね!指輪!!)
ロージーの手元を見ていたら視線を感じて アイリーンは顔をあげる。
すると、アイリーンを見ているケベックと目があった。
(やばっ)
アイリーンはすぐに 何事もなかったように目を反らし、目の前の客に集中する。
前もこれで揉めたことがある。
彼女の職場に来た彼氏が アイリーンに見惚れて喧嘩になり、最終的に『アイリーンが色目を使った』事になってしまったのだ。
よく、ある。
「ちょっとケベック、注文は!?」
「はぁ///へ?、何だ?ロージー」
「注・文!!」
うわあ、こっち見るなケベック!
ロージーの声に苛立ちが見えるし、睨んでるじゃん!!
ケベックが去ってから少し後、今度はおとなしい感じの優男がロージーの前に現れた。
「指輪、してくれてるんだね、ロージー」
こいつがイーサンか。
顔は良いほうだが、身なりからして金持ちそうには見えない。
普通の独身男性。
冒険者でも商人でもなさそうだ。
見た目に反して手がゴツい。
使い込んでいる手だ。
爪が平べったくて器用そう。
服に木屑がついているけど、大工の体格でもない。
ほりもの師とか、かご編み職人あたり?
(指輪、頑張って買ったんだろうな……)
そんなことをしみじみ思ってたら イーサンと目があった。
(うげっ)
アイリーンは不自然に見えないように目をそらす。
ああ、まただ……
イーサンはこっち見て 惚けてるし、ロージーの睨む視線がアイリーンに刺さる。
ギリギリと歯軋りまできこえてきそうだ。
(接客業なんだからこっち見てないで客見て笑えよ、ロージー)
ああ、面倒臭い。
シカトしよ。
事はそれだけではなかった。
珍しく昼前に店が落ち着いてきたのでロージーが休憩に入り、
ロージーの代わりにテアがカウンターに入った。
バーガーウルフは開店から昼までが一番忙しいのだが、今日は特に午前中客が多く、食材が足らなくなってきた。
「今日は思ったよりバーガーが出てるね」
ミディーが保冷庫を開け、在庫を確認しながら呟く。
「ちょいと
丁度ロージーが休憩から帰ってきたので、ミディーがそうロージーに声をかけた。
「はい、ミディーさん、大丈夫です」
力仕事は大抵サミーかミディ、リズ、スノーのドワーフ組がかってでてくれる。
ミディーはロージーにフライヤーを任せて 食材を取りに裏へとまわった。
ミディーがいなくなると、ロージーはあからさまにふてくされた態度でフライヤーの前でコロッケとポテトを揚げていた。
「ロージー、調理中は指輪外したほうがいいわ」
「……」
アイリーンの忠告に ツーンとロージーがシカトを決め込む。
「貴女のためよ、指輪は金属だから熱が伝わったら火傷するから」
「……」
それでもきかない。
「ロ――――」
「うるさいわね!私の勝手でしょ!人の男に色目使って―――」
ロージーがアイリーンを振り向いた瞬間――
″ガシャ――――ン″
フライヤーの中に突っ込んであるコロッケをすくう網の柄の金具に ロージーの指輪の花びらの部分が引っ掛かり、跳ねた。
それに伴い、高熱の油が 隣に立つヒナめがけて跳ねる。
「キャッ!!」
「ヒナ!!!」
ピシャリとヒナに油がかかり、慌ててアイリーンがヒナに駆け寄った。
「ヒナ!大丈夫!?火傷は!!?」
アイリーンは癒しの水魔法を作り出し、ヒナに火傷がないか探した。
「だ、大丈夫です。服にかかっただけですから」
リズの作ったバーガーウルフの制服は、完全防水、火耐性、裂傷耐性、防汚、抗菌、耐圧、通気性に優れ、柔らかくて動きやすい。
(助かった……)
制服のおかげでヒナに怪我はなかった。
「……だから外せって言ったでしょ」
圧し殺したようなアイリーンの低い声がロージーにかかる。
が、ロージーはたじろぎながらも反論してきた。
「な、なによ、怪我しなかったんだからいいじゃない」
「服にかかったから助かったのよ、顔にかかったらどうすんの!」
それでもロージーは謝らずに開き直った。
「あんた治癒魔法使えるでしょ?怪我しても治せるじゃない」
″ぶちっ″
アイリーンの中で、何かが、キレた。
「そうね」
″ガツッ″
アイリーンがロージーの後頭部を押さえる。
「なっ、、何を――」
「アタシが治癒してあげるから」
「え……?」
「頭、突っ込んでみる?」
アイリーンは ゾッとするほど美しい嗤いを浮かべると、掴んでいるロージーの頭を ぐいっとフライヤーへと傾けた。
「ヒッ!!」
アイリーンの行動に 客を含め、その場にいる全員が凍りつく。
テアは呆然として動けないし、ロージー本人も抵抗はしているが、アイリーンの気迫に体が硬直して、突っ張ることしか出来ずにいた。
「ダメっ!アイリーン、、ミディさん!ミディーさんっっ!!」
ヒナがアイリーンに抱きつき、止めようとするも 止まらず、ミディーに助けを求め、ミディーが何事かと走り込んできて、その有り様を見てぎょっとした。
「何やってんだい!?」
「言ってもわかんなきゃ体験してみれば良い」
ロージーの頭をグイグイ押し込もうとするアイリーン。
目が据わっている。
「ヒイイッ!!」
「やめな!アイリーン!」
ミディーは持っていた食材をテアに押し付けると、力任せにアイリーンをひっぺがした。
「アタシがその腐った性根を叩き直してやる!!」
騒動の後、アイリーンは ミディーにお使いを頼まれ、モルガンの家にバーガーを届けに出された。
昼休憩を含め、頭を冷やしてこい、と。
(はぁ……)
間違ったことはしていない。
恥ずべき事はしていない。
だけど、やりすぎた。
公衆の面前で、やらかした。
アイリーンは ぼんやりと雨を見つめる。
(ここにも 居られないかな……)
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