511話 天泣<てんきゅう>(アイリーンの婿取物語 7)







″カラン、、コロン、、″


ぱしゃぱしゃと水をはじきなから、軽い足音がする。


″カラン、、コロン、、″


木の下で雨を凌ぐアイリーンに向かって、傘を差した 人物が歩いて来た。


パタパタと傘が雨を弾く音が近づく――


大きな番傘の上を雨粒が滑り、流れ落ちる。

下駄を履いた羽織り姿の男は、アイリーンの前まで来ると、そっと傘を差しかけてきた。


傘に隠れた男の顔の下半分が見える。

が、その男は 面をかぶっていた。


「……顔隠したってわかるわよ」


それは 白い狐面――


「何しに来たのよ」


「……アイリーンが 泣いておるから」


くぐもった声は誰だかわからない。

でも、アイリーンはすぐにわかった。


テンコだ。


「泣いてなんかないわよ」


「心が、泣いておる」


「……」


「我の天が泣いておる」


「っ///」


アイリーンは木の下から出て歩き出した。

テンコはそれを追いかけて アイリーンに傘を差す。


さわさわと降り注ぐ天気雨は 雲もないのに 止む気配はない。

傘に当たる雨音だけが パタパタと鳴り、雫の粒が水晶の玉のように落ちて行く。


「何なのよ、そのお面」


後ろから傘をさしかけるテンコに、振り向かないでアイリーンが声をかける。


「一人でいたいかと思うて……」


「……」


「見られたくないじゃろ、そんな顔……」


「……」


「でも、濡れたら風邪をひくじゃろうし……」


「……」


「我を人と思わねばよいから。我は只の狐……」


「……」


「でも、狐の姿だと傘は差せぬから……」


ぴたり、アイリーンの足が止まり、後ろを歩くテンコも止まる。


「よく喋る狐ね」


「あう、、」


アイリーンが振り向き、テンコのほうに ぐいっ、と 傘を押し返した。


「アイリーン、、」


「……あんたが濡れるでしょ」


そして、テンコの隣に並んで 一緒に歩き出す。


「取りなさいよ、そのお面」


「うむ、、」


つたないけれど、テンコの優しさがじんわりと アイリーンの心に染み込む。


この雨のように――





◇◆◇◆◇





″あむっ″


警備隊駐屯所で、ランはおにぎりにかぶりつく。


″カリッ、ふわっ″


まわりがこんがりと焼かれた焼おにぎり。

亜空間ボックスに入れてあったから 出来立て焼き立てほっかほか。


包まれたアルミホイルを剥いた瞬間から 焦がされた醤油の香りが漂い、食欲をそそる。


米は麦じゃなく、サクラが現世から持ってきた


サクラの住む世界の『米』という穀物と、こんにゃくから生まれた米粒状加工食品をブレンドしたもので、『米』の糖質を33%カットしてくれるとか。


中に入っているのは 脂ののった シャケのほぐし。


朝からイシルがグリルでじりじり、じっくりと焼いたシャケの身は柔らかく、ふっくらとしていて脂のりがいい。


シャケの身に箸を立て、骨を入れないよう身を少しほぐして 炊きたてご飯に入れ、おにぎりを握る。


そのまま醤油をつけるとおにぎりが崩れてしまう。

特に作りたてのおにぎりは崩れやすいから、表面を焼き固める。

醤油を塗るし、シャケは甘塩がかかっているから、おにぎりに塩はしない。


表面が固くなり、まわりがこんがりしてきらた醤油をつける。


焦がさないよう、香ばしくなるまで火加減をみながら 焼き上げる。

良い色になったら ひっくり返して裏側焼く。


意外と世話のかかる子なんです 焼おにぎり。


″ほふっ、、″


甘みのある米に、少しミルクっぽい匂いのするこんにゃく米。

かじると、カリカリに焼かれたコーティングの中にはふんわりとした米に、醤油の塩気とシャケの脂の旨みが染み込んで、テラテラと輝き、米に染み込み馴染んでいる。


「うまっ、、」


(醤油って甘みがあるんだな……)


ランは猫舌だけど、あったか旨いものは好きだ。

出来立て熱々だからこそ 食材の持つ旨みが香りと共に引き立ち、喉を通り 胃に落ちる。


焼おにぎりは 焼きたてあったかカリカリもおいしいが、出来立てをアルミに包み、弁当にして持っていくと、

香ばしさはそのままに、まわりがしっとりして、また違ったお餅のような味わいを楽しめる。


どちらで食べても美味しいように、朝からイシルが作ってくれた。


(飼い慣らされてんな……オレ)


イシルにがっちり胃袋を掴まれているのは サクラだけではないってことだ。


焼おにぎりと一緒に持たされたアルミを開くと――


(唐揚げ♪)


ランの大好きな肉!

鳥の唐揚げだ。

でも、、


「何で串に刺さってんの?」


か・ら・あ・げ・坊(棒)!

手で持って食べられるように、ゴロゴロと串団子のように刺さった唐揚げ。

ランはそのビジュアルに笑ってしまった。

箸を使わずとも、手を汚さないようにという、

弁当箱も箸も洗わずに済むというイシルの主婦的感覚にも。


そして、同じく串に刺さった焼き野菜。

白い玉ねぎ、赤いパプリカ、緑のズッキーニ、オレンジの人参、、

野菜も食えよの主張宜しく、彩り大変美しい。


「……捨てるのは勿体ないからな」


イシルの言うことを素直に聞くのはシャクだから、ランは自分にそう言い訳し、ちゃんと野菜にかぶりついた。


唐揚げで口直ししながら、肉と野菜を交互にはむはむ。

美味しくいただいてごちそうさまでした。


(ちょっと足りねーかな)


食べ終わったランは、物足りなくて バーガーウルフにハンバーガーを買いに出た。





晴れているのにパラパラと細かい雨が降っている。


天泣てんきゅう


上空に雲がなく晴れているのに雨が降る。

天気雨の事だ。


(ん?)


雨のせいか、バーガーウルフは客が少なかった。

そして、ランは そこで珍しいものを目にする。


「……何やってんだ、お前ら」


カウンターの向こう、バーガーウルフの店の中で、ヒナとアルバイトの女が お互いの髪を掴み合い、揉めていた。















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