508話 シャナの事情








サクラはヨーコの回廊を伝って 釈寓屋かぐやからオーガの村へ渡り、村の入り口のシャナの麺工房を覗いた。


中ではいつものように、職人達が竹を使っての麺作りに精を出している。

しかし、シャナの姿が見当たらない。


「おお、サクラ、いらっしゃい」


見知った職人がサクラを見つけて声をかけてきた。


「シャナは今日休みだから 家にいると思うよ」


「ありがとうございます」


サクラは礼を言い、シャナの家へと向かう。





シャナはオーガの村のすぐ外に 家を建ててもらい住んでいる。

シャナは辞退したのだが、いつまでも工房に寝泊まりでは気が休まらないだろうからという村人の配慮からだ。

村の中ではないのには理由があって……


(あ、来た)


村の外に出て 馬車道をドワーフの村の方へと少し歩き、一本目の小道を森へと入った所で 漂ってきたのは唐辛子の香り。


これがシャナが村の外に住む理由だ。

シャナは激辛料理好き。

家を建てるという話になった時、激辛の匂いで村に迷惑がかからないようにと、シャナの希望で 村の外に家を構えたのだ。

従魔のマーキスが一緒だから、村の外でも危険はない。


シャナの家は二階建てで、外にマーキス専用の小屋もある。

小屋と言っても 鍵などはついておらず、いつでも自由に動ける。

マーキスはシャナと一緒に部屋で寝ているから、村人が気を利かせて作ってくれたようだが、ほぼ未使用だ。


シャナの職種が薬師だから、薬草を置けるように 地下室も作ってあった。


家の前に甕が並び、前庭には縁台のようなものか出してあり、薬草や豆類が干してある。


広さ的には ドワーフの村にある旧イシル邸とおなじくらい。

旧イシル邸みたいな 変なはないけれどね。




サクラは玄関に立ち、ドアをノックした。


″コン、コ……″


ドアを叩いたら、二回目を叩くまでもなく食い気味にドアが開き、中からシャナが顔を出した。


「あ……サクラ、いらっしゃい」


(あれ?)


シャナはサクラの顔を見た瞬間、一瞬だが落胆した様子を見せた。

すぐに笑顔になり 中へと招いてくれたけど……


(誰か 待ってた?)


サクラは不思議に思いながらも お邪魔しますと中へ入る。

1階は入ってすぐにリビングダイニングキッチンになっている。

食卓に二名分の食器が用意されており、コンロには鍋がかかっていて、強烈な匂いを放っていた。


鍋は中央を太極の「陰陽」に見立ててS字で仕切ったもので、赤いスープと白いスープが入っており、薬草、香草、唐辛子、ニンニク、クコの実、ナツメのようなものが浮かんでいる。


(薬膳火鍋だ)


あれに肉をしゃぶしゃぶして食べるのね。


(もしかして、シャナが待っているのは、ミケちゃん!?)


ミケちゃん……

ミケランジェリ。


マーキスを人質に取り、シャナを操って サクラを手に入れようとしていたミケランジェリだ。

今はアスに惚れ込み 『ラ・マリエ』にいる。


シャナは許しを乞う憎きミケランジェリに『激辛料理に100回耐えろ』言い、

ミケランジェリはそれに対して『お前も食える範囲の物で』と言ったため、一緒に激辛料理を食べるというおかしな展開になったのだった。


今日はその日だったのか。

しかし、シャナの様子は 嫌々とかではなく、むしろ好意を持つ者を待つようなそわそわとした雰囲気が伺える。


(アイリーンが言ってた″シャナはそれどころじゃない″って、そういうこと!?)


「来客みたいだから、またくるね」


サクラはお邪魔とばかりに踵を返した。


「いいのよ、来ないかもしれないから」


「え?」


「前回は来なかったわ」


シャナがお茶をいれながら 寂しそうに呟いた。


いくらサクラがにぶちんでもわかる。

シャナはミケランジェリを待っている。


(ミケちゃん、バックレたの!?あのヤロウ、もう激辛料理にへこたれたのか!?)


サクラはあえて独り言をぼやくように、ミケランジェリの近況をシャナに伝える事にした。


「そういえば、最近『ラ・マリエ』は忙しくてさぁ、次のパーティーの準備とかでてんやわんやだったよ」


「そう、大変ね」


シャナ、心ここに在らず。


「何日か前にハーフリングの村から ディオが来てさ、″サラ・ブレッド″の改良の話とか、ディオの店のお菓子を作る魔法具の事とか、パーティーのお菓子の事とか打ち合わせが急に入ったみたいでさ、アスやミケちゃん、てんてこ舞だったよ~」


(それがシャナとの約束を破った理由かはわからないけど、とりあえずそういうことにしといて、今からミケランジェリを呼びに行こう!首に縄をつけてでも引きずって来てやる!)


サクラがなんとか算段をつけようとあれこれ考えていると、シャナがポツリと 一言こぼした。


「ディオって……女?」


そこを気にするんだ!シャナ。


「男です」


どう考えても男の名前だと思うよ?

こりゃ確定だな!!


始まりはどうであれ、相手の事を思いながら料理を作り、一緒に食事をする。

いつしか憎しみから楽しさへ変わっていってもおかしくない。


「これ、ハーフリング村のお土産ね、ディオのお菓子。これ渡しに来ただけだから!じゃあ!!」


「サクラ?お茶を――」


サクラはシャナにディオのクッキーを押しつけると、シャナがひき止めるのも聞かずに シャナの家を飛び出した。


本当はシャナにもうひとつ、現世からのおみやげがあったのだけど、それはまた今度。

急いで『ラ・マリエ』へと向かい、ミケランジェリを連れてこなければ!!


この後、オーガの村の豆腐、醤油、味噌の製造所をまわったイシルと 麺工房で待ち合わせしていたのだが、イシルなら待っててくれるだろう。


「あっ!!」


シャナの家から小道を通り、オーガの村へ戻るために馬車道へと出たところで、サクラはアールを連れているミケランジェリとばったり合った。


「ミケちゃん!!」


「サクちゃん、奇遇じゃないか」


今日もイケメンミケランジェリ。

しかし、今はじっくり鑑賞している場合ではない。


「何で連絡無しに 約束破ったのよ!シャナ 待ってたんだからね!!」


頭ごなしにサクラに怒鳴られたミケランジェリはハテナ顔。


「僕、お手紙渡したよ」


なんの事やらのミケランジェリの変わりに ミケランジェリの従魔、クマのぬいぐるみのアールがサクラに答えた。


「忙しくしていたから、今回はごめんなさいってお手紙をミケランジェリに書かせて、僕が持っていこうとしたら、どうせ帰るからってお狐様が預かってくれて――」


「お狐様?誰?ヨーコ様?」


「ううん、違うよ、男の狐様。長い尻尾が二又にわかれてる――」


月華ゲッカか!!」


ゲッカはシャナにご執心だったから ヤキモチを焼いて手紙を闇に葬ったのだろう。

気持ちはわからんでもないが、駄目だぞ!!

後で言い聞かせなければ……


ミケランジェリは不本意とばかりに ふすんと鼻を鳴らし、サクラにまくし立てる。


「仕方なかろう、アス様にこの身を捧げ、アス様の役に立つ事こそ至高の喜び!!アス様の言うことは何を置いても優先させねばならん!アス様こそ――」


シャナはこの会話についていってるの?

こんな男でいいの?

いいのは顔だけだよ?


「ええい!うるさい!シャナの前では″アス様″禁止!!」


「何故だ!?」


「謝罪する者の態度じゃないでしょ!?」


「激辛料理を100回クリアすれば許してもらえるのだ、どんな態度でも変わらんだろう」


相変わらず考え方最悪だな、ミケちゃんや。

そんなだからモテないんだ!

ミケちゃんにシャナは勿体ないぞ!!


「シャナの前でアスの名前出したら ミケちゃんの悪口アスにいいつけるからね」


こんな事言うと小学生みたいだが仕方ない。


「うぐ、、しかし、、」


サクラはリュックから シャナに渡すはずだった現世からのお土産をミケランジェリに押しつけた。


「これ、″サクラから貰ったから、一緒に食べよう″って シャナに言って謝ってよ」


「……わかった」


とりあえず、納得してくれた。


「アールも辛い料理食べるの?」


「ううん、僕はマーキスと遊ぶんだよ。ボール遊びやお空の旅は楽しいからね」


「そっか」


「僕が一緒じゃないと ミケランジェリはマーキスにツツキ殺されちゃうからね」


マーキスはシャナと離され、監禁された怨みを忘れていない模様。

シャナよりマーキスのほうが手強そうだね、ミケちゃん。


でも、二人きり、顔を付き合わせて食事をしてるから シャナの心が動いたのかな。


「ミケちゃん、シャナの激辛料理は、どう?」


「うむ、シリの穴は相変わらず痛いが、辛さの向こう側に 旨味が見えてきた。ジーンと頭の芯を突き刺すシビレがなんとも心地よくてな、また食べたくなる」


「凄いね!ミケちゃん、激辛料理を極めてきたね!」


一緒に楽しめて何よりだ。


「中々に奥深い。ふわふわと体が浮くような感覚と、川の向こうに花畑が見えて美しいのだ」


あれ?死にそう??


「まあ、、頑張って」


サクラが渡した現世のお土産は レトルトカレー『Ree×50倍(辛さ増強ソースつき)』だった。





◇◆◇◆◇





ミケランジェリとアールを笑顔で見送り、サクラはイシルと待ち合わせの麺工房へと歩く。


″サアアァ……″


(うわっ、雨!?)


空は晴れているのに 細かい雨が降ってきた。

サクラは麺工房へと急いで走る。


パーカーのフードを被ろうとして、さっき釈寓屋かぐやの厨房で あんバターサンドを作るときに脱いで忘れてきたのを思い出した。


(しゃあない、このまま走る!)


霧雨って結構濡れるのよね。

サクラは雨に降られながら走り、オーガの村の門を入った。

麺工房はすぐそこだ。


サクラは麺工房に飛び込む手前で 前から走ってくるイシルを見つけた。


「サクラさん!」


イシルがサクラの方へと走ってくる。

水を弾く魔法でも使っているのか、金の髪の上を水の玉がすべり、水玉を弾きながらキラキラと輝いて見えた。


美しさ倍々マシマシ防水加工イシルさん。


「中に入らないで!!」


「ほえ?」






























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