505話 エリザとソフィアの行儀見習い3 (ルーシーの場合)







ダフォディルの街のとある貴族の屋敷――

ちょっとしたサロンが開かれ、ルーシーは女友達と優雅にお茶を飲んでいた。


今日はエリザの兄、カール・キャンベルもここに来ているはず。


「ルーシー様 今日もご機嫌麗しく」

「ルーシー様、こちらお召し上がりになりまして?」

「ルーシー様――」

「ルーシー様――」


「うふふ、皆さまそんなに一度にお声がけいただいても わたくしの体は一つしかありませんのよ?」


ダフォディルの街に一人帰ってきたルーシーは エリザが帰ってこないのを良いことに、自分の取り巻きを着実に増やしていた。


エリザの兄、カールの理想に少しでも近づくために、ショートカットだった髪を伸ばし始め、ピンクに染めあげ、可愛らしく身なりを整え、可憐に振る舞う。

元気で子供っぽかった言葉遣いも改め、楚々そそとしたか弱いイメージで――




カールがサロンに入ってきたのがわかった。

カールはルーシーの後ろ姿を見つめて、はっとした様子をみせた。

ルーシーの装いに別人とわかっていても目が離せないでいる。


(ふふん///)


わかっている。

自分と誰を重ねているのか、ルーシーにはわかっている。

自分がそう錯覚させているのだから。


(カール様の心を掴めるのなら、、、アイリーンの真似だってなんだってやってやる!)


取り巻き令嬢の一人がそっとルーシーに耳打ちする。


「ルーシー様、今 カール様がルーシー様を見つめていらしてよ?」


「キャンベル家のカール様だけではありませんわ、代々騎士隊長を務めるフォード家の次男ジョシュア様も、楽隊のフィンレー様も、ルーシー様の姿を目で追ってますわ」


当然よ!なんて、思っていても言わない。


「それは私ではなく、私と一緒にいる皆様を見つめてらっしゃるのですわ」


「あま、ルーシー様ったら、ご謙遜を、、」


今までエリザの陰にかくされて 二番手に甘んじていたけれど、やっと出番が回ってきた。


(今度は私の番よ、エリザ――)


ルーシーは取り巻きの一人、ライラに目配せをした。

すると、ライラは扇を口元にあて、内緒話をする姿勢をとった。


「そう言えば、皆様お聞きになりました?」


お嬢様方は興味津々、ライラの内緒話に耳を傾ける。


「デイール家のクリスタ様が ローズ商会のアス様のお屋敷『ラ・マリエ』に行かれたんですけれど、そこで信じられないものを見たと……」


「何かしら」


ライラの瞳が意地悪く輝く。


「エリザ様の事ですけれど――」


エリザの陰口。

ライラのその口調から悪口の気配を感じとり、他のお嬢様方の扇子で隠された口元も、喋りたくてうずうずと嗤いに歪んでいる。


「私も聞きましたわ」

「何?何ですの?」


ライラは勿体つけながら、皆の好奇心をつつくような話し方で喋りだした。


「何でも、召し使いの格好をして 重いバケツを運んでいたそうですわ」

「私が聞いたのはそれはもう見る陰もなく 疲れた顔で、自慢の髪を整えもせずに みすぼらしかったと」


″まあ!″ ″なんてこと″ ″殿方の部屋に入り掃除を″ ″イヤらしい″ と 皆口々に 大袈裟に騒ぎ立てる。


「ルーシー様はエリザ様とご一緒に『ラ・マリエ』にいらっしゃりましたでしょう?いかがでした?」


「それは、、」


ルーシーは困り顔を作り、慈愛に満ちた瞳で話し出した。


「エリザ様は学ばれるためにそうしてらっしゃるのですわ。土にまみれて農民の真似事のようなこともなさってましたし、、」


肝心なのは、悪口に聞こえない 情報提供。

自らは聖女でいなければならない。


「農民!!」

「あの気高きエリザ様が!?」

「いくらなんでも、、」


「無理もありませんわ、エルフに魅入ってしまわれて、正体を失くしてしまわれたのですもの。貴族のプライドも 忘れてしまわれたのね、おかわいそうに」


「まあ!エルフに惑わされた、と」

「ダフォディルの貴族でありながら、そのような、、」


人の心を手っ取り早く掴むのは 同じ敵を作ること。

頂点にいたエリザは格好の餌食。


エリザは家柄のおかげで憧れ、羨望、はあったが、気の強い性格からして、ルーシーのように妬んでいた者も少なくない。


「エリザ様は大人になられたのですね……」


(チッ、空気の読めないヤツがいたわね)


「貴女はそう思うの?アナベル」


「え?」


「エリザ様が大人になられた、と?」


ルーシーがアナベルに笑いかける。

が、目の奥が笑っておらず、アナベルはたじろいだ。


「いえ、私、、」


ルーシーは自分の胸に刺してあるブローチを外すと、アナベルの胸にそれを近づける。


「このブローチ、私よりもアナベル様の方が似合いそうですわね」


「いえ、あの、、そんな、、」


ルーシーは アナベルの胸にブローチを飾る時、まわりに気づかれないように アナベルの胸を チクリ と 刺した。


(っ!!)


アナベルは胸に小さな痛みを感じた。

が、少し顔をしかめただけで声を抑える。


「やっぱり、私よりもお似合いでしてよ?」


聖母のような顔をしてアナベルから離れるルーシーに、周りが″お優しい″ ″素敵!″ と 囃し立てた。


「ありがとう、ございます、、ルーシー様。ルーシー様が一番でございます」


ルーシーを敵に回せば ここにいる他のお嬢様方を敵に回す事になる。

アナベルは それを悟り、口を閉ざした。


嘘の友達、嘘の笑い、嘘の言葉――


エリザは近寄りがたかったけれど、真っ直ぐだった。

優しくはなかったけれど、陰険ではなかった。

わがままで気位は高かったけれど、公正だった。


(エリザ様、、帰ってきてよ)


そんな暗い気持ちになるアナベルに畳み掛けるように、もうひとつの噂が飛び込んできた。


「大変!大変ですわよ!皆様!」


「どうなさったの、マルシア様、そんなに慌てて、はしたない」


ルーシーの取り巻きの一人、マルシア。

まだ少し子供っぽく、駆け込んできたのをルーシーが少しイラッとして嗜める。

自分の周りには 優雅な者を置きたいのに。


「たった今、聞きましたの、その、、あの、、」


「アナベル、マルシア様に水を差し上げて」


「は、はい」


アナベルはルーシーにマルシアに水を差し出した。


マルシアは水を飲み、ひと息つくと、全員の顔を見回し、今得たばかりの情報を 神妙な顔で話した。


「エリザの、、


エリザの婚約が決まったそうよ」


「「!!?」」


「相手は、、辺境伯、御歳88歳!!」


(やった!!)


ルーシーは心でガッツポーズを決める。

エリザがダフォディルからいなくなる!!





◇◆◇◆◇





ソフィアが『ラ・マリエ』の図書室から二人部屋に戻ると、エリザの女家庭教師カヴァネスモリーナが来ていた。


エリザに手紙を持ってきたのか、エリザは机に座り、姿勢を正して書状を呼んでいた。


手紙を読み終えると、エリザは凛とした顔でモリーナを見る。


「わかったわ」


「承諾なさるんですか!?」


「私に選ぶ権利はありませんもの」


「エリザお嬢様……」


モリーナのほうが辛そうな顔をしている。

エリザはといえば、椅子にキチッと座ったまま、話しは終わりとばかりに、窓の外を眺める。


モリーナは一礼すると、ソフィアに″エリザをお願い″と、出ていってしまった。


「エリザ、、一体――」


心配して声をかけるソフィアに エリザは手紙を差し出してきた。


「読んで、いいの?」


「ええ」


ソフィアはエリザから手紙を受け取り目を通した。


(!!?)


そこには、エリザの婚約の決定が記されていた。


「エリザ……」


「……」


「エリザ、受けたの、これ……」


よく知らない国の、国境を守る伯爵家の所に――

祖父程も 年の離れた相手の元に――


「なんて顔してるのよ、ソフィア」


エリザが諦めた顔をして笑う。


「だって、、」


好きな人、いるよね、エリザ


「すぐにってわけじゃないんだし」


「だって、、」


自分を導いてくれた素敵な人だって


「夢見る時間は終わりよ」


ソフィアはエリザに後ろから抱きつく。


「何で貴女が泣くの?」


「うぐっ、、だって、、ぐすっ」


エリザがくすりと笑う。


「さっきから″だって″しか言ってないよ、ソフィア」


そう言って、エリザに抱きつくソフィアの腕に手を添えて、静かに 涙を流した。





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