504話 高収入バイト(アイリーンの気持ちとアスの思惑)
マルクスが持ってきた箱の蓋を開け、アスに差し向けると、アスは箱から中身を取り出し、テーブルの上に置いた。
″コトン″
それは、キラキラと輝く宝石をちりばめた――
「綺麗な靴……」
見るものを魅了する、美しい靴。
華奢なヒールが生み出す、繊細なバランスは、履く者を足元から美しく魅せ、格上げしてくれる。
シンデレラの魔法の靴のように。
アイリーンは一目でその靴が気に入ったようだ。
「これを履いてパーティーに出席してほしいのよ」
「あたしが?」
アスがアイリーンににっこり微笑む。
「そう。最近出来たカンパニーと取引を始めたんだけどね、これをブランド化したくて。いい靴でしょ?」
「ええ、素敵……」
「それに、、」
と、アスがチラリとサクラを見る。
「子ブタちゃんじゃ似合わないし」
似合う似合わない以前に履けない。入らない。
入っても歩くどころか立てもしない。
ヒール、折るよ?
「だから
どう?と尋ねるアス。
アイリーンは靴に釘付けになりながらも、すぐにはとびつかない。
アイリーンが疑いの眼差しをアスに向ける。
「それだけ?にしては報酬が高額じゃない?」
提示された金額はアイリーンのバーガーウルフでの給料の三ヶ月分だ。
なにか、ある。
「実はその取引相手が
「……そうね」
納得した!?
「当日のドレスも先方が用意してくれるし、出来れば専属のイメージモデルになって欲しいって」
アイリーンが眉をひそめる。
「あたしに身売りしろってこと?」
「違う違う、それならもっと金積ませるわよ」
積んだらいいんかい!?
「でも、何か隠してる」
「鋭いわね……あと、もう一人、ご指名がいるのよね。靴を履いて出るわけじゃなく、エスコート役に――」
アスは言いにくそうに、伺うような視線をアイリーンに送った。
「
ランを!?うわっ!よりによって アイリーンと犬猿の仲のランを!?
そりゃ見た目的には二人並ぶと華やかだろうけど、いくら高額バイトでも アイリーン、これは、断るんじゃない!?
しかし、アイリーンは意外にもあっさりと了承した。
「いいわよ」
「えっ!いいの!?」
アスではなくサクラが驚いてアイリーンに聞き直す。
「だって単なる
「うふふ♪そう言ってくれると思ったわよ、アンタなら」
「そのかわり、きっちり書面に起こしてよね。やるのは今回一度きり、その先は未定よ。今回はアスの顔をたててあげるけど、顔も知らない相手となんて、本来取引できないもの」
「わかったわ。今書類作っちゃいましょう♪パーティーは
アスがその場で契約書を作成し、アイリーンがつめ、訂正、加筆してゆく。
サクラは不思議に思い、アスに尋ねた。
「よくランがOKしたね」
「アタシと
「そんなに仲良かったっけ?」
「うふ♪飲み仲間よ」
きっとランはアスに弱みを握られたか、借りがあったんだろう。
アスに頼み事する時は気をつけないとダメだぞ?ランよ←弱み:本人(サクラ)
「なんだ、じゃあ私、今回出席しなくていいんだ~」
サクラが お役御免とばかりに万歳する。
が、そうは問屋が卸さない。
「何言ってんの、子ブタちゃんは来てもらわないと。仕事なんだから。ちゃんと観察してその次の目玉を考えてよね。その次は仮面舞踏会よ」
「……あい」
でも壁と同化でいいってことだよね?
アスとの打ち合わせを終え、サクラとアイリーンはラ・マリエを後にした。
「良かったの?相手がランだし、会ったこともない相手と契約なんかして」
「大丈夫よ。契約書も確認したし、アスには世話になってるから」
「そうなの?」
「ええ」
(アスってそんなに面倒見いいんだ……
だよね。いつもなんだかんだ言って皆のフォローしてくれてるもんね)
うん、うん、としみじみしているサクラに、ラ・マリエを振り返ったアイリーンから、アイリーンらしい言葉が帰って来た。
「金持ちは集まるし、個室の部屋で飲めてプライバシーは守られる。何かあったら良いタイミングで従業員が入ってくる。こんなにいい合コン場所なんて、他にないわ」
(お世話ってそれ!!)
「報酬も魅力的だし」
呆れるサクラにアイリーンが″それにさ″と続ける。
「サクラが言ってたハーフリングの村の牧場に、
アイリーンの顔が素に戻る。
家族を思う 穏やかな顔だ。
「ハンナは腰痛持ちだから、ヨーコの『迦寓屋』で温泉に入ってもらって――」
ハンナさんは孤児院の院長さん。
もうおばあちゃんだけど、アイリーンにとってはお母さん。
「みんなで美味しい海鮮食べて、ドワーフ村でバーガー食べてさ、ラ・マリエの水族館に行くのよ
だから、お金ためないとね」
「それなら、私も――」
協力を申し出ようとするサクラの言葉をアイリーンが遮った。
「私が稼いだお金じゃないと意味がないのよ。アイツらに見せてやりたいじゃない?
施しではなく、自分の力で切り開いて行く強さを。
「アイリーン……」
サクラは感極まって、がばっとアイリーンに抱きついた。
「ちょ///サクラ、、」
「ええコや、アイリーンはええコやなぁ~」
あー、泣きそう。
「やめてよ///人が見てる、、」
「ええコや、アイリーン」
サクラはぎゅうぎゅうとアイリーンを抱きしめる。
「もうっ///」
恥ずかしさにサクラをひっぺがしたアイリーンは、嫌がりつつも、ちょっぴり嬉しそうだった。
「協力は、するからね、何でも言ってね、アイリーン」
サクラの言葉にアイリーンがありがとうと笑みを浮かべた。
「じゃあ、早速協力してもらおっかな」
「うん、何?」
引率?遊び相手?小さい子の子守り?
「女子旅の時にさ、カトレア町の騎士達と食事したって言ったじゃない?」
「うん」
たしか、全員既婚者で、楽しくご飯食べて別れたんだよね?
「手紙が来たのよ」
あれ?嫌な予感。
「部下を紹介してくれるんですって」
うわ!来た!!
「そ、そうなんだ~、、よかったね、じゃ!」
サクラは早々に退散しようとする。が、、
″ガシッ″
「ひっ!」
アイリーンが逃すはずもなく――
「協力、してくれるのよね?」
「いや、私は、あの、、」
拒否るサクラに食い下がるアイリーン。
「……ヒナがね、リベラを卒業したいって言ってるのよ」
「ヒナが?」
「うん。兄貴のこともあるし、随分悩んでアタシに相談に来たわよ」
「そっか……」
ヒナはリベラが好きだが、兄のシリュウも好きだから。
(協力してあげたい、でも、後がこわい(←イシルさん)
「シャナを誘えば……」
「シャナはねぇ、今それどころじゃないの」
「シャナ、何かあったの?」
アイリーンが意味ありげに にやりと笑う。
「行ってみればわかるわよ」
◇◆◇◆◇
アスは窓辺に立ち、ラ・マリエの門を通り帰るサクラとアイリーンの後ろ姿を見送る。
アイリーンが振り返り こちらを見たので手を振ったが無視された。
ギルロスの頼みは、ギルロスの依頼主の願いを叶えること。
ギルロスの依頼主はサン・ダウルの次期国王メルリウス。
病弱なメルリウスの願いとは、″生きているうちに腹違いの兄弟の姿を一目見たい″だった。
メルリウスの弟は 母に呪いをかけられたランだ。
そこでアスはパーティーを開き、ランを出席させ、メルリウスに見てもらおうと言うのだ。
ランにはハーフリングの村で 夢魔ジャスミンを捕まえたときの貸しがある。
それに、サクラがいればランは嫌でも来る。
(靴のお披露目も出来て一石二鳥)
呪いの姿を見せたくないと言うランの気持ちも考慮して ランの力が一番満ちる次の満月に決めた。
アスがアイリーンを引っ張り出したのにも訳がある。
(美味しい料理(感情)が食べられそうだわ♪)
パーティーが楽しみだ。
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