500話 500回記念特別編《異世界への扉 4》ー前編ー







その日サクラは 森のイシルの家に一人で留守番することになっていた。


「そうだ、サクラさん、これ」


出掛けに イシルがサクラに一冊の本を渡してきた。

サクラは その本の表紙に書かれている題名を 指でなぞりながら ゆっくりと読み上げる。


「ぼう、、け、ん、の、しょ、、わん、ダー、ら、ん、ど……」


″冒険の書――ωσи∂єяℓαи∂――″


「ワンダーランドの本!もう出来たんですね!」


ジョーカーの持つ本の翻訳版だ。


「はい。今日はサクラさん一人だから、集中してゆっくり読めるでしょう」


「ありがとうございます、イシルさん」


「では、行ってきますね」


「行ってらっしゃい」


サクラは玄関でイシルを見送ると、本を胸に抱え、リビングのソファーに座った。


(そう言えばイシルさん、今日はどこに出掛けたんだろう?)


いつも何をしに行くのか言ってから行くのに、今日はどこへ出掛けるのかも聞かなかった。

行き先は教えてくれなかったけど、イシルさんにもプライベートはある。


それはサクラとて同じ事。

いくらイシルさんが好きでも一人でいたい時だってある。


サクラは一人を満喫すべく、靴を脱ぎ、ソファーにゴロリと寝っ転がった。


そして、本の表紙を見つめる。


「うふふふふ///」


新しい本は、スッキリと新鮮で、凛とした清潔感のある匂いがして、背筋がピッと伸びるような気持ちになる。

同時に、ワクワクとした高揚感がわき起こった。


異世界の文字もだいぶ読めるようになった。

この中に どんな世界が広がっているのか、どんな出会いが待っているのか。


異世界への扉を開く旅。


サクラは本の表紙を開いた――





そらあおみわたり、くもひとついお天気てんきです。


(おおっ!読めるぞ♪)


もりみどり青々あおあおかがやき、さわやかなかぜあそんでいます。


もりなかとおみちゆるやかな勾配こうばいせながら どこまでもつづいていました。





(ここ、見覚えがある)


サクラは辺りをキョロキョロと見回す。

すると、後方の森の中に、扉のついた大きな木を発見した。


(やっぱり、あった!)


ウサギ穴の出口だ。

やはりここはワンダーランド。

ワンダーランドの世界はよみがえり、住人の望み通りに また この本を手にした子供達と会えるのだ。


(さて、誰に会いに行こうかな……)


お礼をしたい人は山ほどいる。

ここから一番近そうなのは、やはり『三日月亭』の眠りネズミのレムさんと三月ウサギのマーチだろうか?


しかし困った。

あの時は蜂と黄金虫にいいようにもてあそばれて、連れられていったから、場所がよくわからない。


困り果てていると、前方からこちらに向かって走ってくる 馬に乗った人影が見えた。


(あの人に聞いてみよう)


「すみませーん!」


サクラは両手を上げて手をブンブン振り回す。

人影が近づくにつれ、サクラは違和感を覚えた。


(あれ!?人じゃ、ない)


走ってくるのは確かに馬のようだが、馬の顔ではなかった。

下半身は馬なのに、上半身が人なのだ。


(ケンタウロス!!)


感動!!

ファンタジーの世界の住人を目の当たりに出来るなんて!

しかも、優しい瞳のイケメンです。

上半身は肩当てと腕当てのみ。

こんがり日に焼けた小麦色の体が 腰の辺りまでむき出しで、、


(ゴックン)


肝心なところから下は馬でした。

馬、、ていうか、尻尾や耳の感じからして、ロバ?


「お帰り、サクラ」


ロバの体のケンタウロスは 優しい笑顔を浮かべてサクラに呼びかけた。

日焼けした小麦色の肌に白い歯が光って爽やかですね!オニイサン、ごちそうさまです。


「あの、オニイサンはなにゆえ私の名前をご存じで?」


「嫌だなぁ、サクラ、僕だよ」


誰だよ。

ロバの獣人に知り合いなんぞおらんよ?


(ん?ロバ?)


ワンダーランドでロバと言えば ケロッグさんが乗っていたロバくらい。

もしかして……


「ロシナンテ?」


「うん///」


サクラは訳がわからず狼狽える。

前に会った時、ロシナンテは普通にロバだったよ?


「どうして、、そんな姿に、、」


「これ?これはサクラの物語だからさ」


「へ?」


「前にサクラが来た鏡の国はアリスが作った世界だったけど、今ここはサクラの世界。サクラが思い描く僕の姿なんだよ」


言われてみれば、文字も左右逆の鏡の世界ではない。

本を開いたひとの数だけ、その人の″ロシナンテ″が存在する。


「私の、、」


サクラの作り上げた、、

サクラの欲望にまみれたロシナンテ!?


「カッコいい?」


ロシナンテがちょっと恥ずかしそうにサクラに聞いてくる。

ぐはっ///かわいい。クリーンヒット!


「うん///カッコいいよ、ロシナンテ」


自分で作り出しといてテレるな私!!


「会いた○○○よ、サクラ」


甘い雰囲気が漂いそうな場面ですが、

はて?ロシナンテの言葉がわからない。


「サクラはまだ文字がよくわからないんだったね。これは過去形だよ。過去形の場合、たいていの動詞の原形に、『ed』をつけるんだ。


walk → walked


簡単でしょ?

でも、たまに、

study → studiedとか、

stop → stoppedとか、とったり、重ねたりするのがあるから気をつけて」


「わかった」


いまのをふまえて、ロシナンテの言葉を思い出すと、Want→

Wantedになっていて、


″会いた″だ。


「私も、会いたかったよ、ロシナンテ」


サクラは過去形をマスターし、そのご褒美に ロシナンテがプレゼントをくれた。


「リュックに入れておくからね」


なんだろ、楽しみだな


「じゃあ、乗って、サクラ、三日月亭まで連れていってあげる」


ロシナンテは胸当てから伸びる手綱をサクラに差し出した。


「あ、そっか、一人じゃ乗れないんだったね」


ロシナンテはサクラに近づき、腰を抱くと、ふわり、サクラの体を持ち上げ、自分の背に乗せた。


「お手数お掛け致します///」


「しっかり捕まって!サクラ」


そのまま サクラの手を掴み、自分の胴に巻きつかせる。


「ロロロ、ロシ、ロシ、、」


「前もしがみついてたでしょ?」


いや、前は毛皮だったけれど今は裸ですよ、裸!!


サクラが体を起こし、離れようとすると、ロシナンテは、馬のように前足を上げ、地を蹴り、凄い勢いで走り出した。


(ひいぃぃぃっ!!)


結局サクラはロシナンテに抱きつく羽目になってしまった。


サクラは己に言い聞かせる。


″夢の中、頭の中、空想なのだから、これは浮気ではない!″


だけど、、


(イシルさん、ごめんなさい~~~~!!!)





サクラはロシナンテのおかげで 逸足とびに三日月亭へとたどり着いた。


「大丈夫?サクラ、疲れた?」


ロシナンテが心配顔でサクラを背中からおろしてくれる。

疲れました。いろんな意味で。


理想のスベスベ人肌ありがとう。

程好く締まった筋肉ありがとう。

エロい腰回りありがとう!!!


ただれたオトナでごめんね、ロシナンテ。

よそ様でノーマルなロシナンテに再現してもらってくれ。



相変わらず、この辺りはいい匂いが漂っている。

三月ウサギのマーチがお菓子でも焼いているのかな?


″コンコン″


三日月亭のドアをノックすると、″はーい″ と 眠りネズミのレムの声がした。


″ガチャリ″


ドアが開いて 顔を出したのは、ネズミのアニマルパーカーをかぶった ちょっぴり眠そうな顔をした少年(←イケメン)だった。


「いらっしゃい、サクラ!」


多分、コレ、レムさんだ。

想定内。大丈夫。服、着てる。


「あっ!サクラ、ワンダーランドが本になったから、早速来てくれたんだね!第一号だよ」


レムの後ろでは 派手な帽子をかぶった帽子屋マッドが お茶をいれているところだった。


マッドはもともとイケメンだから、前に会った時とかわり無い。

想定内。大丈夫。服、着てる。


「お菓子が出来上がるタイミングで来るなんて、サクラらしいね」


コックコートに長い髪をなびかせて、ピョコンと長い耳を揺らしながら、ちょっと小生意気そうな少年(←やっぱりイケメン)が お菓子のトレイを手にキッチンからダイニングに出てきた。


この特長は この店のマーチさん。

マーチにはやっぱりコックコート!やったー!服、着てるー!!

私の思考にも、恥じらいと常識が備わってたよ。


そして、マーチの持つトレイには山盛りのドーナツがつまれている。


ケーキ生地のふわふわケーキドーナツに、パン生地のイーストドーナツ。

チョコがけに、ナッツをまぶしたもの、カラフルチョコスプレーなんて、見た目に心が踊ります。


シュー生地のくっしゅりフレンチ・クルーラー。

半分に切って生クリームとフルーツを挟んだのもあるじゃない!?

パリブレスト風ですね!贅沢ウレイシ♪


ミルクをたっぷり使ったクッキータイプのオールドファッションは、外はサクサク中はソフトなたまらん食感!

生地にココア入りもあって、ダブルチョコとかやる気ですな!


チュロスやベニエもありますね~

チュロスは ひゅっとねじってあり、かじると断面が星形。カリカリ、クニッとした生地が砂糖とシナモンにまみれている。


ベニエは四角いドーナツ。

雪のようなパウダーシュガーがまぶしてあり、かる~くて、ふわっふわの、もっちもち。

揚げたてを食べたら 虜になっちゃうこと間違いなし!!


ワンダーランドの食べ物は糖質関係なしだから、思う存分食べられる。

偉いゾ!私!

素敵よ!私の欲望!!


ドーナツの登場に狂喜乱舞していると、ダイニングの三日月のソファーの影から声が聞がした。


「ペンダントはちゃんと受け取ったのねん?サクラ」


声はすれども姿はみせず、このしゃべり方は、、


「チェシャ猫さん?」


サクラの呼びかけに 金と銀の瞳が空に浮かび上がった。

次に表れたのはにんまりと嗤う口。


そして、ぼんやりと人の輪郭が浮かびあがり、徐々にその姿を濃くしていく。

輪郭だけでもイケメンだ。


チェシャ猫は黒っぽいのを身に纏っているようだから、裸ではない。

裸ではないが、黒ガムテープを縦横に体に巻いたようなその服は――


T.M.Rev○luti○n!?

ナマ足魅惑の ホットリッミト!!


(なんじゃそりゃ――――!!!)


エロっ!!

これがチラリズム!?

憎い、、己の欲望が憎い!!

これが私の望みかッ!!


「ポーズはこうなのねん」


チェシャ猫は両手を肩の高さまで上げて、ムキ、ムキ、と、力こぶを作るポーズを取る。


「ヤメテ///」


サクラ以外誰も見ていないのだが、心の中を見せつけられているようで大変はずい。

己の心と向き合うって、こんなに苦しいものなのかっ(←違う)


「違ったのん?こう?」


今度は足を開いて仁王立ちし、両手を前に伸ばしてパーのままクロス。


「いや///だから、、」


カッコいいけどさ、

体の線モロ出しですッ!!


「じゃあ、こっちねん♪」


チェシャ猫はサクラに背を向け 手を上で組み、腰を捻ってクイッとお尻を横に振るポーズを作ると、誘うような瞳でサクラを見返った。


ああ、もう、どうとでもしてくれ、プリケツごちそうさまです。





折角天気もいいのだから、外でお茶しようということになり、サクラ達はドーナツとお茶セットを持って表へと出た。


「さあ、サクラ、どれが食べたい?」


マッドがドーナツを一つ手に取り、サクラにドーナツを差し向ける。


「僕のが食べたいよね?」


そうすると、チェシャ猫も負けじとサクラにドーナツを差し向ける。


「オレのオススメがうまいのねん。サクラはきっと、これがたべたいのん」


「無理強いするなよ、マッド、チェシャ猫。あさ!サクラ、オレのが食べたいだろ?」


「結局レムも強要してるじゃないか!オレが作ったんだ!どれも美味しいに決まってる。サクラ、全部食べていいんだ、どれから食べたい?」

マーチがドーナツのトレイを差し出し、サクラに見せつけた。


「ちょと聞いていいかな」


「「?」」


「食べたい=want to eatの″want″は『望む』『欲しい』を表す言葉でしょ?″hope″″wish″も同じように『望む』『欲しい』を表すけど、この場合は使わないの?」


「ああ、サクラは書き文字がよくわからないのねん」


チェシャ猫がサクラの質問に答えてくれる。


「want・hope・wishは、ニュアンスがちょっとずつ違うのねん。

簡単に言えば、

″want″は純粋な願望・欲求を表しているのん。

″hope″は実現できることを期待して望む『希望する』ニュアンスで、

″wish″は実現できそうもないことを望む『願う』ニュアンスが強いのん」


「成る程」


「僕はサクラが欲しいよ」


マッドが背後からサクラにすり寄ってくる。


(ひっ///)


耳に息をかけないでよ、マッドさん、相変わらずのっぷり、絶好調ですね!

欲求丸出し、マッドの希望は″want″です。


「サクラがいれば楽しいだろうな、、サクラ、ずっとここにいればいいのに」


それは現実不可能、マーチの願い″wish″


「今日は愉しくお茶、飲もう、ね?一緒に」


レムの希望。

今は別れを考えずに楽しみたいという希望の″hope″


「そうそう、それであってるのん。よくできましたねん♪」


サクラは言葉の微妙なニュアンスをマスターし、そのご褒美に チェシャ猫がご褒美をくれた。


「ご褒美はリュックに入れておいたのねん」


「何だろう、楽しみだな♪」


それぞれが手に紅茶のカップを持つ。


「では、改めて、「「ワンダーランド解放ありがとう!サクラ」」


「私も、あの時協力してくれてありがとう!」


「「イタダキマス」」


紅茶での乾杯が終わり、サクラは待望のドーナツを手に取ろうとした。

狙うは生クリームたっぷりフレンチクルーラー。


しかし、ドーナツに手が届きそうになった瞬間、ひゅっと風が横切り、サクラの体が宙に浮いた。


「うわっ!!」


何かと思えば、風を斬って現れ、サクラを空へと抱えあげたのは、あの時イシルを助けに結婚式場に送ってくれた、卵肌婦人のとこの若いツバメだった。


「お久しぶりですね、サクラさん」


「ツバメさん!」


ツバメが嬉しそうに話を続ける。


「やっぱりまた会えましたね。ワンダーランドの解放、ありがとうございます」


「私、何もしてませんよ。解放したのはアリスです。アリスが自分で選んだことですから」


「相変わらず謙遜を、、貴女は 相手が飛びたがって、一番高いところに来た瞬間に一緒に飛んでくれるんです」


「私は飛べませんよ」


ツバメはサクラを抱いてスイスイ飛びながら ふふふと笑う。


「はい。貴女は一緒にジャンプするだけで、直ぐに着地してしまいます。そして、相手が高く飛ぶのを見まもってくれる――」


「いやいや、買い被りすぎですよ」


「そんな貴女が好きですよ、僕は」


「///ありがとうございます」


そんな会話をしていると、早くも目下に卵肌婦人の館が見えてきた。


「もっと長くお話しししていたいですが、館についてしまいましたね、、もっとゆっくり飛べば良かったかな……」


卵肌婦人がお待ちです、と ツバメがサクラを地におろす。

そして、あの日と同じように、サクラの額に″祝福のキス″をくれた。


うくう///欲求不満か!私は!!

誉められたいのか?

必要とされたいのか??

触れ合いたいのか!?

そしてドーナツ食えんかった!!




サクラは卵は 卵肌婦人の前へと通される。


「良く来たなサクラ」


卵肌婦人、相変わらず真っ白つるつる卵肌。

美肌ですね。


「卵肌婦人、お久し――」


「アトス!ポルトス!アラミス!サクラを捕らえよ!!」


「へ?」


サクラは挨拶もそこそこに、イケメン三銃士に押さえ込まれてしまった。


(何?何?何~~~~!?)













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