499話 win-win (ジョーカーの場合)







(チコ、やるじゃん)


ジョーカーは窓の上からチコとラプラスの闘いを感心しながら見守っていた。


見守りながらエールの補助魔法をかける。


ジョーカーの鼓舞によってチコの気分が上がり、闘志は倍増、体力増加、チコの放った魔法の威力がマシマシになり、スピードがあがった。


足の遅いチコが素早く動けているのは ジョーカーの補助魔法エールのおかげだ。


しかし、その何倍にも増した威力をもってしても、古竜ラプラスには 傷ひとつおわせることは出来なかった。


「ふふふ、中々良いな」


それどころか、ラプラスは チコとのキャッチボールを 楽しんでいる。


「では、我も主に敬意を払い、真剣に勝負してやろう」


「へ?」


ラプラスの魔力が膨らみ、その力が体から溢れだしてくる。

全てを飲み込むような 広大な魔力。


(ヤバい!)


「目を見るな!チコ!!」


ジョーカーの叫びも虚しく、チコはラプラスの瞳に捕らえられ、、

チコとラプラスは 二人して別空間へと消えてしまった。


「くそっ、」


ジョーカーは更なる助けを喚ぶべく、『冒険の書――ωσи∂єяℓαи∂――』の表紙に手を置いた。



″春に落葉の雨を降らせ、

夏に凍える雪を喚ぶ、

秋は春風まきおこし、

冬に花々狂い咲く――


常識などものともせぬ、何色にも染まらぬ自由な虹色の道化師よ、

我が呼びかけに応え その姿を現せ――″



ジョーカーの呼びかけに『冒険の書――ωσи∂єяℓαи∂――』が光り、風もないにページがペラペラとめくれる。

あるページに来たところで、一層強い光が輝き、本の中から風が舞い上がった。



″世界の扉は開かれた。

いでよ!狂想の道化師、、マッド!!″


「待たせたね」


ジョーカーに喚び出され、、


本の中から 頭に派手な帽子を被った男が飛び出してきた。


「やあ、ジョーカー、素敵な薔薇園に招待ありがとう。僕を待ってるレディはどこだい?」


狂った帽子屋のマッドは ジョーカーの隣できょろきょろと 薔薇園を見回した。


「いや、相手は女の子じゃなくて――」


すると、空間が歪み、チコを抱えたラプラスが姿を表した。


「え?アイツ?」


「そうだ、、って、何、本に戻ろうとしてんだよ」


見るとマッドは本に片足を突っ込んでいる。


「ヤローの相手はちょっと…… 僕、女の子専門だから」


″ブオンッ″


「「わっ!!」」


光の玉が飛んできて、ジョーカーとマッドは頭を下げ回避した。


″べちゃり″


ラプラスの放った光の玉は ジョーカーとマッドの頭をかすめ、壁にべちゃりとくっついた。

だ。

捕獲する気満々。


「今度はかくれんぼか?鬼は我でよいのか?」


ラプラスの呼びかけに ジョーカーとマッドは窓の下に隠れ、小声で話す。


(なんだよ、既にチコやられてるじゃん!)


(マッド、お前は時間を稼いでくれれば良い、その間にオレは魔方陣の部屋に行って、遠くへ逃げる!)


(えー!自分だけー!?)


(お前らは後で本に呼び戻せるだろ、オレが捕まって従魔契約なんか結んだ日にゃ、全員のオモチャだ!!)


ちらり、ジョーカーとマッドは頭を上げて窓の下を覗き込んだ。

ラプラスがこっちを見て 口の両端を上げてにんまり顔で、おいでおいでと手招きしている。


「あの笑顔やだ~、不気味~」


「つべこべ言わずに行けっ!」


「しょうがないな~次は女の子の前に喚んでよね」


マッドはひらり、窓から飛び降りてラプラスの前に躍り出た。





◇◆◇◆◇





【マッドvsラプラス】



マッドは、ラプラスの前に飛び降りると、頭にかぶった帽子を脱いで、芝居がかった仕草で膝を曲げ、大袈裟にお辞儀をした。


「お初にお目にかかります、古竜様。僕は道化師、帽子屋のマッドでございます」


マッドが帽子を逆さまにし、帽子の中に手を突っ込んで、ふわりと引き抜くと、カラフルな紙吹雪と共に風船やハトが飛び立った。


「ほう、道化師か」


マッドは再び 帽子に手を突っ込み、中からテーブルと椅子のセットを取り出す。


「本日は 僕が古竜様をおもてなしさせていただきますね、ささ、どうぞおかけください。そちらのクマさんもどうぞ」


マッドはラプラスとクマのぬいぐるみのアールを椅子に座らせると、帽子からティーカップを取り出し、ラプラスとアールの前に置いた。

そして、庭の薔薇を一輪拝借する。


マッドが薔薇の花を手に、ぎゅっ、と握りしめ、薔薇の花びらをティーカップに散らすと――


″ふわん″


あたたかい湯気が立ち上ぼり、カップの中の花びらが紅茶へとかわった。


「ローズティーでございます」


「うわあ!すごい!!」


アールが感動してパチパチと手を叩く。


「うむ、良い香りだな」


古竜ラプラスもまんざらではなさそうだ。


マッドは再び帽子に手を突っ込んで、中からお茶請けのお菓子を取り出した。


「お茶菓子は ワンダーランドの『三日月亭』より取り寄せました″マドレーヌ″でございます。ローズのフレーバーティの香りには シンプルな焼き菓子がよく合います、ささ、どうぞ」


(食え!眠りネズミ特性 ねむねむマドレーヌ!)


「わーい、いただきます!」


シェルの形のマドレーヌは みためにもしっとりとしていて、甘いバターの香が立っている。

少しばかりブランデーの香りもする。


アールがマドレーヌを手に取り、ひとくち。


「はむっ、、うん///しっとりふわふわだよ、古竜様」


ラプラスがアールにもマドレーヌを勧められ、手に取った。


「どれ、あむっ、、うむ、良い口どけだな」


(よし!食った)


クマのぬいぐるみのアールは ねむねむマドレーヌをひとつ食べただけて既にうとうとしている。

だが、古竜ラプラスは、マドレーヌを何個も食べているが、一向に寝る気配がない。


(ねむねむマドレーヌ、効かない!?)


「これは良い!気に入ったぞ」


隣のクマのアールは眠ってしまったのに、ラプラスは寝るどころかおかわりを所望してきた。

帽子屋マッドは仕方なく次の手を考える。


(時間を稼げば良いだけだ)


マッドは帽子に手を突っ込み、数枚の紙を取り出した。


「それでは、古竜様、お茶を楽しみながら、物語りでもご覧下さい。『三びきの子ブタ』始まり始まり~」


紙芝居である。


″昔々、あるところに、一匹のお母さんブタが、三匹の子供達と一緒に暮らしておりました。

ある日お母さんは、それぞれ幸せを見つけるようにと家から送り出したのです――″」


マッドが語りだし、ラプラスが紙芝居の絵を見てふむふむと頷く。


「興味深いな。母親が″お一人様″を満喫するために、成人になっても家でダラダラしている子らを追い出すのだな?」


「何故そのようにお思いに?」


「家を建てられるということは、子らはとうに成人しているのだろう。絵から見るに、母ブタは疲れておる。母は痩せておるのに、三匹の子らはサクラのようにぷくぷくだ。母一人働かせている証拠だな。母ブタにも自分の人生を楽しむ権利がある」


三匹の子ぶた、そんな話だっけ?

首を捻りながらも、マッドは先を続ける。


″一番上の兄ブタが家を出たところムギワラを持った男と出会ったので、その人に言いました。


『家を建てるためにそのワラをください』″


「ふっ、安易だな。これだから長男ってやつは、、普段から下の弟を使ってやらせておるから、自分では簡単なことしか出来んのだ」


そうなの?


(……コイツ、やだ。めんどくさい)


早く本に呼び戻してと祈りながら、マッドは紙芝居を続けた。





◇◆◇◆◇





ジョーカーは ラ・マリエの廊下を 魔方陣の部屋目指して走っていた。


同じような廊下に同じような扉。

目印は壁にかかった仮面だけ。


(魔方陣の部屋は最上階、曲がりくねった大きな角の白い山羊の仮面があった場所で、、)


「くそっ、無駄に広いな!この館は!!」


遠くに、逃げる。

その前にサクラに会いたかったが、こうなっては仕方がない。

背に腹はかえられぬ。

まずは我が身が大事だ。

サクラには折を見て会いに来るとしよう。


「あった!白ヤギ仮面!」


ジョーカーは さんざん道に迷った末に、ようやく魔方陣の部屋へとたどり着き、その扉を開けた――


″ガチャリ″


「うわっ!」


ジョーカーが扉に手を掛けると、扉が勝手に押し開いてきて、ジョーカーは廊下に押し返された。


誰かが中から扉を開けたのだ。

ジョーカーはそのまま ころりと転がり、廊下に尻餅をついてしまった。


「いてて、、」


スッ転んだジョーカーの前に手がさしのべられる。

白くて、細い指先。


女の子の手だ。


「大丈夫?」


涼やかで 可愛らしい声。


ジョーカーは 差し出された手をたどり、目線をあげ、女の子の顔を見上げた。


「ごめんなさい、人がいると思わなくて」


膝を曲げてこちらを覗き込み、心配顔で申し訳なさそうにしている女の子は 穏やかな 澄んだ瞳でジョーカーを見つめている。


さらりと長い黒髪に、小さな角が二つ。

鬼の子、オーガ族だ。


「私、ヒナ。あなたは?」


「オレは、、ジョーカー」


ジョーカーは 差し出されたヒナの手を取り立ち上がる。

ヒナはジョーカーを立たせると、にっこりとジョーカーに微笑みをくれた。


「あなたがジョーカーね。ヨーコ様から話は聞いてるわよ。生まれ変わるご主人様を待っているのよね?」


″素敵なことね、きっと会えるわ″ と、ヒナがジョーカーに励ましをくれる。

癒しの波動を感じるのは、ヒナが巫女だからだろう。


(ゆっくりしてる場合じゃなかった!)


ジョーカーはラプラスから逃げている途中だったのを思い出す。


「じゃあ、ヒナ、オレ急ぐから」


そう言って、ジョーカーは魔方陣の部屋の扉のドアノブに手をかける。


″ガチャリ″


今度こそ 扉を開け、中に踏み込む――


(!!)


「わははははは、どこに行くつもりだ、ジョーカー」


魔方陣の中央には 両脇にチコとマッドを抱えたラプラスが立っていた。


「なんでっ!!?」


「我には全て見えておる」


にんまり、口の両端を上げてラプラスが笑う。


「今日も存分に楽しめたぞ。さあ、我が胸に飛び込むが良い」


ラプラスは 両脇に抱えたチコとマッドをドサリと下に落とすと、ジョーカーに手を伸ばしてきた。


「ひいいいいいっ!!」


ジョーカーはラプラスを向いたまま、魔方陣の部屋から後退りしながら飛び出した。

そして、すぐそこにいたヒナの背にぶつかる。


どんなにあがいても 先を見透せる古竜に勝つ力なんて無い。

万事休す、ジョーカーは絶望に満ちた顔でヒナを見上げた。


「ジョーカー?」


ヒナが怪訝そうな顔をしてジョーカーを見る。

そして、部屋から表れたラプラスをも見る。


「さあ!我と従魔契約を結ぼうではないか!」


ジョーカーはふるふると首を横にふるが、恐ろしくて声がでない。

そんなジョーカーの変わりに ヒナが口を開いた。


「ごめんなさい、古竜様」


ヒナは 履き物を揃え、その場に膝を折り正座をすると、姿勢を正してラプラスに向き合った。


「ん?狐の姫の巫女ではないか、何ゆえ謝る」


「はい、この子は古竜様と従魔契約は出来ません」


「何故だ?」


ヒナは怯えるジョーカーを自分の隣に立たせた。


「何故なら、この子は 私と従魔契約を結ぶと先程約束したからです」


「「何っ!?」」


これにラプラスが驚いたが、ジョーカーも驚いた。

そんな約束していない。


ヒナは三ツ指をついたまま、少し伏し目がちに体を傾け、ラプラスに礼を尽くしながら言葉を続ける。


「ドワーフの村のバーガーウルフで働きだしてから、私の周りが少々騒がしくなりまして、

護衛のために白狐と従魔契約を結ぶために『迦寓屋』へ参りました。

が、誰か一匹を選ぶ事が出来ずに帰って参りました。


困り果てていたところ、先程、ジョーカーに会い、お願いしたところ、胸を貸してくれるとの言葉を頂戴しました」


ヒナがジョーカーに、『ね?』と笑いかける。

ジョーカーはコクコクと首を縦に振る。


「お許し 願えませんでしょうか、古竜様」


ヒナが深々と頭を下げる。

地に着くほどに。


ジョーカーも ヒナに習い、隣に膝を追って座ると、同じように頭を下げた。


「うむ、、身の安全のためなら、、仕方なかろう」


「ありがとうございます、古竜様」


ラプラスは渋々了承してくれた。




「助けてくれてオレはありがたいが、いいのか、ヒナ。さっき会ったばかりな上に、オレには待っている主がいるんだぞ」


「それはお互い様なの。私にも48匹の白狐達がいるもの。誰か一匹を選ぶと角が立つでしょう?だから、ジョーカーが引き受けてくれるとありがたいな」


「こういうのをWin-Winの関係って言うんだって」


サクラが言っていた、と、ヒナが両手をピースにして くにっと指を曲げ、ピコピコ動かしてポーズをつくる。


可愛いな、おい。


Win-Win

自分も勝って相手も勝つ。

お互いに得する関係。


ジョーカーはラプラスから逃れられる上に、主を守る修行が出来る。


ヒナは白狐達の中に余計な争いを起こさせることなく 身を守ってもらえる。


「よろしくね、ジョーカー」


かくしてジョーカーは ヒナの従魔となり、無事 ラプラスの手から逃れることが出来たのだった。


















































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