489話 サクラの厄日2
サクラ達が酒を飲み始めた頃から 少しずつ他の客が入ってきた。
「オヤジ、オレ、その豚肉のヤツね。あと、鰯煮たヤツ」
昼は常連しか来ないというだけあって、客はカウンターに金を置くと、厨房に入り、自分で味噌汁をよそって着て席に着いた。
オヤジさんは ごはんを丼によそうと、カウンター上の大皿から豚肉と白菜のトロトロ炒めを上にかけ、客に出す。
サクラがさっき食べたヤツ。
見た目は中華丼。
鰯の煮付けは別皿、千切りにしただけのキャベツがついていた。
コップと水と漬け物壷、ドレッシングのようなものがテーブルに置いてある。
客はうまそうに丼をかきこみ、食べ終わると″ごちそうさん″と言って、器をもって、再び厨房へと回った。
客が厨房へ入ると、ジャーっと水の流れる音がする。
オヤジさんは別の客にごはんをよそっているし、他に従業員はいない。
「……もしかして、お客さん自分で洗ってるんですか?」
「はい、営業前にお邪魔してますからね」
オヤジさんは仕込みをしながらついでに常連のために開けてるだけだから、なるべくオヤジさんの手を煩わせないようにと、いつの間にかこのスタイルが定着したそうだ。
「自分の家みたいですね」
「そんな感じです。オヤジさんの料理はなんかホッとするんですよね。だから、独身男性にはありがたいんですよ」
なるほど、わかる。
「如月さん料理とかするんですか?」
「……米は炊きますよ」
しないんですね。
「ここに来ればおかずはありますから」
テイクアウトですか。
サクラは店の様子をながめながら、如月の話を聞いている。
忙しいサラリーマン達は、食べるとすぐに席を立つ。
15人も入れば一杯だろうというカウンターは、入れ替わり立ち替わり人は入ったが、満席にはならず、
サクラは邪魔だからって理由で店を出るタイミングをなくしてしまった。
しかも、一番奥。
出にくい。
サクラは湯呑みの中のにごり酒をある程度呑むと、受け皿に溢された分の酒を湯呑みに継ぎ足した。
湯呑みに継ぎ足して呑んでも、そのまま受け皿から呑んでも問題ない。
(にごり酒、一杯半分もあったな、、大サービスだね、オヤジさん)
酒粕が残っている状態のにごり酒は米が糖化されて甘くとろみがある。
粉雪の舞うような美しい白色。
″こくん、、″
飲み込んだ後も舌の上に甘みが長く残り、優しい味が広がる。
「はう///」
オヤジさんがもう一杯注ごうとするのを サクラが私はもう、と 断った。
オヤジさんは如月にだけ酒を注ぐ。
100ml中、清酒の糖質は3.6gなのに対し、にごり酒は平均9g程と、高めである。
ご飯より糖質が少ないからと、呑みすぎてはいけない。
サクラが一杯楽しむ間に如月は三杯飲み干して、四杯目に突入している。
ペース、早くね?
「でね、その客は、あれこれ
酔ってきてますね如月さん。
「大変ですよね、サービス業は」
「今度来たら追い返してやろうかな」
「いや、ダメでしょ、それ」
「ダメですかね!?」
如月がぐいっ、と 酒をあおる。
わあ、勢いづいてる!
チェイサー入れないと、まずそうだ。
心にも、体にも。
「う~ん、、如月さんがそのお客さんと心中できるなら止めませんけどね」
「は?」
如月が言われた意味が分からずに サクラを見た。
「心中、、ですか?」
「はい」
「一緒に死を選ぶ、、心中?」
「そうですよ」
サクラがグラスに水を入れ 如月に渡す。
「客商売でお客様と喧嘩するってことは、今まで培ってきた信頼やキャリア、全てをかけるってことですよね?情報社会の今、悪評なんてすぐに広まっちゃいますよ。それでもやりたいならどうぞ。そこまで思われたら相手も本望でしょう(笑)」
「うっ、、」
「どうぞ?さらっと流せないくらいなんでしょう?ある意味恋愛と同じくらい熱いですよね」
如月が言葉に詰まる。
「サクラさん、冷たい……」
同調してほしかった如月がちょっと拗ねた。
「如月さんが熱くなりすぎてましたから(笑)水、のんで」
如月がコクりと水を飲む。
「わかりますよ。如月さんの気持ちも。初めて如月さんのお店に入って、私に接客してくれた時、本当に、仕事が好きなんだなってわかりましたもん。作品に対する思いや、プライドも、カッコいいですよ」
「そう///ですか?」
「でも、商売でしょう?」
「はい」
「買ってくれる人、使ってくれる人がいなかったら 作品がかわいそうですよ」
「そう、ですね」
「そのお客さん、オーダーメイドを勧めてみたらどうですか?お客さんのこだわりを一緒に追究したら、凄くいいものが出来るかもしれないですよ?」
「ストレスたまりそうです」
「愚痴なら聞きますから」
ね?と、サクラが笑ってみせると、如月もつられて笑みを見せた。
「ありがとう、サクラさん、、ちょっと、顔洗ってきます」
如月がフラフラとトイレに立った。
サクラは 如月を見送りながらため息をつく。
「うまいこと言うもんだな、あんた」
カウンターの向こうからオヤジさんがサクラに話しかけてきた。
「会社の上司の受け売りですよ。私も昔、同じように熱くなった時に『心中、できる?』って言われて、目が点になりましたから(笑)」
血気盛んな若い頃、隣の部署に嫌なヤツがいて、見た目がチョロいサクラはバカにされてる節があった。
息巻くサクラに、上司は『その人と心中、できる?』と、今みたいに聞いてきた。
急に言われた『心中』の言葉の意味に気をとられて、怒りが引っ込んだ。
サクラの場合は客ではなく、他部署の人間だったが、「相手は君の人生をかけるに価する人かい?」「そんなに熱烈に相手を思うなら止めないよ」と。
あんなヤツのために「すぐキレる」「生意気」「プライドだけは一人前」なんて、会社で思われるのはゴメンだ。
サクラは怒りをのみ込み、心の中でクソヤロウと連発し、キレそうになると、上司の言葉を思い出した。
『心中』は ゴメンだ。
イヤなヤツは自滅する。
そいつは取引先を怒らせて 地方へ飛ばされていった。
サクラの話を聞いて、オヤジさんが口のはしでニヤリと笑った。
無愛想だと聞いていたけど、いい人そう。
お豆腐やさんのシズエさんより表情ある(笑)
シズエさんより少し若いから?
「如月さんって、お酒飲むといつもあんな感じですか?」
「いや。いつもは一人で一杯をチビチビ呑んでるよ」
「えっ!大丈夫ですかね?四杯目ですよ、如月さん」
しかも、1.5杯分ですよ?
「あんな
「オシャレ、ですか?」
「作務衣以外の姿なんて滅多に見ないし、新品だろ、シャツもズボンも。今日のために買ったんだろ」
(そっか、如月さん、そんなに楽しみにしてたんだ)
二週間、如月はこの日を待っていた。
その前サクラは、二週間後と言っておきながら、サクラはひと月半 如月の店に行かなかった(←用事なかった)
合わせたら二か月 如月はサクラを待ってたってことだ。
悪いことしたな。
「友達、いないんですね……」
サクラがしみじみとトイレの方をみつめ、呟く。
「いや、そうじゃねーだろ……」
「それより、梅水晶!作り方、あと、子持ちヤリイカの味つけを教えてくれませんか?」
「……わかった」
(前途多難だな、シンさん……)
オヤジさんは、色気より食い気のサクラに苦笑いしながら、梅水晶の作り方を教えてくれた。
(如月さん、遅いな)
トイレから中々帰ってこない如月を心配して、サクラはチラチラとトイレを伺う。
すると、オヤジさんが 様子を見に行ってくれた。
しばらくすると、オヤジさんが如月を肩に抱えながら戻ってきた。
「如月さん!大丈夫ですか!」
「大丈夫だ、トイレで寝てただけで歩けてる」
如月の変わりにオヤジさんが答え、席に座らせた。
如月は席に着くと くったりとテーブルにうつ伏せる。
「う~ん、、」
「うつ伏せ苦しいですよね、こっち、壁際にきて壁に持たれた方が楽ですよ、席、かわりましょう」
サクラが如月と席を変わろうと立ち上がり、如月を自分にもたせかけた。
「
「立てますか?」
「はい///」
大丈夫、フラフラしてるが、立てるし、ちゃんと返答もする。
「もう帰った方がいいな。シンさんの家はここのすぐ裏だから」
「そうなんですか?」
「ああ、ここから見えてる、裏の緑色のマンションの最上階だよ」
オヤジさんが前掛けを外そうとするのを、サクラが止めた。
「私送っていきます。オヤジさん、仕事ありますよね?」
オヤジさんはちょっと考えてから″頼むよ″と、如月をサクラに委ねた。
「あ、お代と皿洗い……」
「いいよ、シンさんにつけとくから」
「すみません、美味しかったです」
サクラは、ちらり、カウンターを見ると、店のオヤジさんが皿を取りやすいようにカウンター上に置いた。
そして、、
「……勿体ないから」
そう言って如月の残りのにごり酒をぐーっ、と、飲み干す。
店のオヤジがそんなサクラの笑を噛み殺し笑った。
酒、好きなんだな と。
行きますよ、と、如月に肩を貸したたサクラに、オヤジさんが声をかける。
「メニューは日替わりだからまた来な、シンさんと一緒に」
「はい、また是非。ご馳走さまでした」
オヤジは出ていく二人を見送りながら、如月の背にエールを送る。
餌は撒いた。手強そうだが、まあ、頑張れ、と。
フラフラと歩く如月を支えながら表に出たサクラ。
(裏の、緑色のマンション、、)
店の後ろを見上げる。
(マンションって、もしかして、あれ?デカっ!)
この店の日照権奪ってませんかタワーマンション。
あのマンションの最上階って――
(何者なんだ!如月さん!?)
酔っぱらいの帰巣本能は素晴らしい。
如月はフラフラしているだけで、支えは必要だが、ちゃんとお家に帰り着いた。
入り口のオートロックも解除し、鍵も取り出してサクラに渡す。
サクラは鍵を開けると、如月の靴を脱がせ、そのまま玄関で寝そうになる如月を 再び抱えてベッドルームを探す。
部屋はリビングダイニングと作業場もあり、広かったが、なんとかベッドルームをみつけ、如月をベッドへと放り投げた。
「う~ん、、水、、」
「水、ですね」
サクラはキッチンへと向かった。
機能的なキッチンは、美しかった。
オシャレなアイランドキッチンは大理石の作業台があり、コンロが三つもついている。
きれいにしている、というよりは使われた形跡がない。
ああ、勿体ないな、このキッチン。
サクラは冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中には、、
(何もねぇ)
バターに牛乳、卵があるくらい。
ああ、デジャヴ。
ミケちゃんの時もこうだった。
まったく、独身男性ってヤツは、、
しかしここは現世です。
異世界ミケランジェリの保冷庫とは違い、ペットボトルの水も入っていた。
あと、ビール(笑)
冷凍庫も開けてみる。
「あ、ご飯だ」
米は炊いていると言っていた如月。
冷凍された米が小分けにされて ラップにくるまり入っている。
あとは、氷とアイスクリーム(笑)
野菜も食べなきゃと思ったのか、冷凍の野菜が入っていたが、霜の付き方がすごい。いつの?
(おっと、水、水)
物色している場合ではない。
サクラは水を持って 如月の元へと走る。
「如月さん、お水ですよ」
「う~ん、、」
如月が苦しいのか、もどかしそうに、シャツの首回りを引っ張っている。
「わあ!ちぎれます、いま、ボタンを――」
手を伸ばし、如月のシャツのボタンを、プツン、プツンと外してやるサクラ。
如月は、そのサクラの手を掴むと、、
「うわっ!」
ぐいっ、と、ベッドへと引き込んだ。
「ちょ///如月さん!?」
そのままがばっとサクラを抱え込むと、くるりと覆い被さり、組み敷いてしまった。
「
外したボタンから、ほんのり上気した如月の肌が見える。
「
潤んだ瞳がサクラを見つめる。
その瞳が、ふっ、と 愛しそうに微笑んだ。
(ああ、やっぱり、如月さんはイシルさんに似ているな)
サクラは如月の顔に 手を伸ばしていた――
◇◆◇◆◇
イシルはディオの所で作ったクッキーを手に、サクラと待ち合わせの場所に到着した。
砂糖を控え、小麦粉の変わりにアーモンドの粉を使って作った糖質オフクッキー。
(サクラさん、喜んでくれるかな///)
そろそろ帰ってくる時間だ。
いつもの森の、いつも時間。
しかし、その日、
約束の時間が過ぎても
サクラは帰ってこなかった。
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