488話 サクラの厄日







如月の和小物やさんの前で 如月に呼び止められたサクラ。

前回店に来た時に サクラはオーガの村の祭りに行きたいがために、如月と交わした『小指の約束』のおかげで 如月のお昼につきあうことになった。

心臓は捧げたくない(←382話『指切拳万』参照)


「何食べたいですか?」


如月がサクラにウキウキと聞いてくる。


(サクッと食べて早く帰ろう)


立ち食い蕎麦屋にしませんか?と言いたいところだが、そうはいくまい。


よく知らない人と食事をする時は 相手に任せることにしている。

相手が体質的に食べられないものや苦手なもの、好みがわからないからだ。


「えっと、、お任せします」


「女性を連れていけるような小洒落たところは知らないんですよ、私」


いやいや、如月さん、デートじゃないんですから。

コジャレた店なんて時間がかかるよね?

コースランチとかゴメンです。

早く帰りたい。


「そういうところは私もあんまり得意じゃないですよ。ファミレス――」


おっと、ファミレスは話が弾んでしまう!

危ない、危ないよ、ドリンクバー。


「――とかじゃなくて、定食みたいなのがいいですね」


初志貫徹させていただきます。

もともと定食屋に行こうと思ってましたから。

ラーメン屋とか定食屋って、長居できないでしょう?

料理が出てくるのも早い。

しかも、もう少ししたらお昼時でオフィス内から昼を食べにわんさと人が出てくるからね、居座れない。

うん。これで行こう。


「それなら、私の行きつけの店でいいですか?店のオヤジは無愛想ですが、味は悪くないんです」


「はい」


如月さん、行きつけの店とかあるんだ(←失礼)



こっちです、と、如月がサクラを連れて歩く。

一緒に外を歩いてみてわかったけど、如月は結構目を引く。

背は高いし、顔もイケメンなんですよ、このお方。

イシルさん程ではないけれど。


(あの人と比べちゃイカンな)


異世界の住人はイケメン揃い、あれに慣れてはイケマセン。

次元が違います。



駅前からオフィス街とは反対の裏路地へと入る。

古い木造建てが多く、錆び付いた看板、裏寂しい感じの小路。


そこは、小さな飲み屋街になっていて、スナックやバーといった、年期の入った店が並んでいた。


『昭和』を思わせる小路。

なんだか、懐かしい雰囲気。


サクラは 明るいオフィス街の近くにこんなところがあったんだ、と、キョロキョロしてしまう。

空いてる店、あるの?


「ここです」


如月が一軒の店の前で止まった。

木造建ての店で、スライド式の引き戸は木の格子に下半分磨りガラス、上は透明ガラス。

中を覗くと、コの字型のカウンターがあり、丸椅子が並んでいた。

テーブル席はない。


(深○食堂、、的な雰囲気の店だな)


しかし、暖簾も提灯も出てないよ?

如月は構わずガラガラ、と、引戸を横にスライドさせ、中に入った。


「オヤジさん、いる?」


如月が声をかけると むっつりとしたオヤジさんが 置くから顔を覗かせた。

仕込み中なのか、如月を確認すると 無言でまた作業に戻る。


「どうぞ、佐倉サクラさん」


いいの?


「、、お邪魔します」


如月に促されてサクラは一番奥の丸椅子に座り、中をキョロキョロみまわした。

メニュー、ないよ?

その代わり、カウンターの上には 今出来たであろう家庭的なおにしめ料理が湯気を上げて並んでいる。


『厚揚げのふくめ煮』『焼きナスの醤油浸し』『白菜と豚肉のとろみ炒め』『鰯の煮付け』『おでん』『エビチリ』『ポテトサラダ』『ゴーヤチャンプル』『鳥の南蛮漬け』


うわあ、どれも美味しそう!


「ここは昼はオヤジさんが仕込みをして、夕方から夜まではおかみさんが店を回してるんですよ。遅く出来た子供がまだ手がかかるみたいでね」


「今営業前ですよね?」


「それでも常連客は来るんです。を目当てにね」


今は誰もいないけどね。


「サクラさん呑めますか?」


え?呑むんですか?如月さん。昼間っから?


「呑めません」


呑めるけど、飲みません。


「一杯も?」


「はい、お茶でお願いします」


飲むもんか!


「如月さんはどうぞ、折角のお休みなんですから」


「じゃあ、いただきます」


如月がオヤジさんに手を上げると、オヤジさんが先づけを持ってきてサクラと如月の前に置いた。


そして、サクラにはグラスに緑茶を、如月には湯呑みが。


(湯呑み、、日本酒?)


湯呑みの下には受け皿が置かれている。

オヤジさんは酒瓶を持ってくると、ゆっくりと上下にゆらしてから 如月の湯呑みに酒を注いだ。


″トクトクトクトク……″


少しとろみのある乳白色の液体。


(濁り酒だ!)


甘い香りがする。


″トクトクトクトク……″


なみなみと親父さんが湯呑みに酒を注いでいく。

ああ、もりこぼしのための受け皿か。


湯呑み一杯になり、表面張力により、湯呑みの淵にこんもりとドーム型に濁り酒が盛り上がる。


(ここで、ストップ?)


溢さず呑めるか、店と客の粋な駆け引き。

しかし、親爺さんは 湯呑みから溢れるのも構わずに 濁り酒を注いだ。


″ぶわっ″


こんもりと美しい表面が、、決壊し、ぶわっと外へと流れ出す。

その流れの、美しいこと!!


(うわ///美味しそう)


もりこぼしは、お酒を存分に楽しんでもらいたいという親爺さんからのおもてなしの心だ。


(あれ?)


注がれた酒をうっとりと眺めていたら、サクラの目の前にも 小皿と湯呑みが出てきた。

サクラは顔を上げ、なんで?と 親爺さんを見る。


「呑めるんだろ」


「えっ!?」


「そういう顔してたぜ、今」


バレてる!!


「そうなんですか?佐倉サクラさん」


「いや、あの、ノメルンデスガ、自制しててですね……」


もごもご言いながらも チラリと注がれた濁り酒を見てしまうサクラ。


「一杯くらいつきやってやれ。シンさんが人を連れてくるなんて珍しいんだ」


さん?如月さんの事?


「う~、、」


このオヤジさん、断りづらい!

というか、、呑みたい。


「じゃあ、一杯だけ……」


今日は米食わなければいい。

白米のかわりに濁り酒だ(←この考えはイケマセン)


言葉とは裏腹に嬉しそうな顔のサクラに、オヤジさんがフッと笑い、サクラの湯呑みに濁り酒を注いだ。


「あの、半分で、、」


オヤジさんは構わずにトクトクと……


「いや、あの、そこまでで、、」


美しい盛り上がり、、


「ホントに、要りませんから、、」


オヤジさんがニヤリと笑って、更に注ぐ。

ああっ!溢れたあぁ!!


「呑めなければシンさんが呑むさ」


そう言って、奥の調理場に戻っていった。

くそう、タダ者じゃねぇ!あのオヤジ。


「乾杯です、佐倉サクラさん」


カチンと湯呑みを合わせるわけにもいかず、お互い下皿ごと手にもってちょいっと上にあげ、ひとくち。


″ゴクン″


ふわっ、と、甘い香りとまろやかな舌触り。

クリーミーな口当たりで、普通の日本酒より、お米本来の旨味をより感じる。


「はぁ///」


美味しい!しみるわぁ~


先づけは三種類。


「梅水晶ですね、これ」


サメの軟骨を茹でて、千切りにしたものと刻んだ梅干しを合えたものだ。

火を通したサメの軟骨が水晶のように半透明で美しい。


″はむっ、、コリッ″


梅の酸味とサメ軟骨のこりこりとした食感。


「んふっ///」


そこに出汁の風味が合わさり、お酒のツマミに最高です!

ナイスチョイス!オヤジさん!


(これ、好きだろうな、、イシルさん)


オヤジさんに後でレシピ聞いてみよう。


二種目は つくん、と とんがった小さなヤリイカがひとつ。

なかにはびっしりと粒々したものが入っている。


(子持ちヤリイカだ)


ひとくちで食べてしまうのが勿体なくて、弾力のあるイカを噛みちぎる。


″はぐっ、プチっ″


むぎゅっ、むぎゅっ、

ぷちぷちっ、ぷちぷちっ、


「はううっ///」


何て贅沢!

ちょい濃いめの子持ちヤリイカの甘辛煮。

ヤリイカの頭の部分に子持ちししゃもの卵がパンパンにつまってる!

シビレマス!オヤジさん!これも聞いて帰ろう。

冷凍で売ってるはずだ、子持ちヤリイカ。

魚介好きのランのために、お土産として味つけを聞いて帰るのだ。


そして、三種目。


(フライドポテト?)


これは普通かな。


″はぐっ、ほくっ″


「んっ!?」


揚げたて、ほっくりフライドポテト。

しかし、サクラが驚いたのはそこじゃない。


「里芋!?」


「美味しいでしょう?」


「はい!」


ほっくり、もっちり、ねっとり。

里芋のフライドポテトは、軽く塩がふってあり、里芋の本来の甘みが生きている。


やっぱりタダ者じゃねぇ!オヤジさん。


「はうぅ///」


「食べてる時の佐倉サクラさんは幸せそうですね///」


「だって、美味しいですよ!?『味は悪くない』って、失礼ですよ如月さん!」


あはは、と、如月が笑う。

まあ、謙遜だったんだろうけどね。


「さて、何を食べますか?」


如月がサクラに大皿料理を進めてくる。

ヤベェ、どれも美味しそう。

どれも食べてみたい。


「盛り合わせにします?」


「はい!」


決められないサクラに、如月がオヤジさんを呼ぶ。

オヤジさんは、サクラに好きなものを聞いて、大皿からちょっとずつ取り分けてくれた。


さすがに全種類は食べられない。


「如月さんは『シンさん』なんですね」


料理を楽しみながらサクラは先ほど店のオヤジさんが如月の事を″シンさん″と呼ぶのを聞いて、世間話的に如月に話をふった。


豚肉と白菜のとろみ炒めは中華風。

だけど、あっさり、ダシの香り。

白菜トロトロ。

豚肉もトロトロ。

がかかってトロトロづくし。


如月はふられた会話に 目の前のにごり酒を見つめながら、口をひらく。


「……『シン』ですが、、読み方が、本当は、、」


如月がちょっともじもじしながら言葉を続けた。


「こ、、こころ です」


え?


「こころ、なんです」


ココロちゃん!?


如月が 少し驚いているサクラに何か言われる前に喋りだした。


「嫌いなんですよね、名前。その、、女の子みたいでしょ?だから、大人になってからはシン、と呼ばせてます」


ああ、コンプレックスですね、わかります。

不用意に言わなくてよかったよ、傷つけるところだった。


私も、よくからかわれました。

私の場合は、名前負けだ。


「でも、佐倉サクラさんには、ちゃんと名前言いたくて……」


何で?数少ないトモダチだから?


「素敵な名前じゃないですか。如月さんにぴったりですよ」


「えっ?そうですか?」


笑われるかと思っていた如月はホッとしてサクラを見る。


「ええ、だって、如月さんの作品には ちゃんと『心』がこもってるの、わかりますから。名前通りですね!」


佐倉サクラさん///」


励ませたかな?と、この話を終りにするために、サクラはゴーヤチャンプルを口にする。


「ん~!ゴーヤチャンプル、ゴーヤの苦味がいいですね~!」


天然サクラ、如月の心を撃ち抜く決定打を打ったことも知らずに。





◇◆◇◆◇





その頃 ディオのお菓子やさんに押しかけたイシルは、焼き上がったクッキーを取り出すためにオーブンを開けた。


ふわん、と、甘いメイプルの香りが立ちこめる。


「熱っつ、、」


その際、鉄板に軽く手を当ててしまい、指に火傷をおってしまった。


「何しとんねん、ホレ」


ディオがあきれながらイシルにミトン(鍋つかみ)を手渡す。


「すみません」


イシルは回復魔法を自分でかけ、ミトンをはめて 焼けたクッキーを取り出した。


(いつもはこんなヘマしないのに……)


幸せな甘い香りに包まれているのに、なんだか、不吉だ。











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